63 本日の予定その5 いっそ怒鳴られたほうがマシでした
医療部隊の診察が終わり、身体的異常がない事が確認されまして。
そのままフォルさんからリシューさんへとパスされて、魔導部隊の診察も受けているユーリでございます。
何と言うか、バクスさんが扱う医療魔術の診察とは全く違う感覚がする。
医療魔術は全身の血の巡りを感じるんだけど、魔術回路ってやっぱりおへその下の丹田辺りを中心にしているみたい。他にいくつかスポット…ツボのような位置があるみたいでそこを巡っているというか。
そんな事を考察していると、一通り確認したシェリファスさんがアルガさんと交代した。
「ヴィンセント」
そのままヴィンセントさんを呼んで、少し離れて二人が何かを話し始める。
「…うん、魔力も回路・魔力量ともに異常はないね。というか、それがおかしいんだけど」
「う?」
二人に視線を向けつつ何だろうと思っていると、アルガさんも確認を終えたらしく頷いてくれたんだけど。
その言葉が凄く引っかかる。
「ユーリちゃんは孵化させた時にはあわや魔力を使い切る所だったんだよ」
「いわゆる『魔力切れ』という症状だね」
アルガさんとリシューさんが説明してくれる。
そうか、あの疲労感はその『魔力切れ』とやらを起こしかけていた故なのか。
「バクス、医療部隊として『魔力切れ』についてこの子に説明してあげてくれるかな?」
「…『魔力切れ』は、その名の通り魔力を使い切る事で起こる肉体的異常の総称だね。症状としては軽度でひどい倦怠感もしくは眠気。重度な場合は意識障害を起こす。つまり、下手すれば命の危険があるとても怖い事なんだよ」
え。
『魔力切れ』ってそんなに危険だったの?
「魔大陸は土地自体がとても強い魔力を有しているからね。そこに住むにはその魔力から身を守る為にもある程度の魔力を持っていなければならない。『魔力切れ』はその魔力まで使い果たした状態なんだよ。だから危険とされる。でもこれは魔族…人型にのみ当てはまる症状で、魔獣達には確認されていない。彼らはそうなる前に本能的に危険を察知して魔力が使えなくなるから」
「そんな『魔力切れ』を起こすと普通ならまず医療部隊か魔導部隊の専門応急処置と治療を受けて、三日から一週間は魔力不足の倦怠感や嘔吐、発熱とお付き合いをする事になるはずなんだ」
「ところがユーリちゃんは元気いっぱい。それどころか普段通りの魔力量が完全回復してるんだよね。さて、これはどういう事かな? っていうのが今の隊長達の話し合いだね」
アルガさんとバクスさんが交互に説明してくれる。
あっはっはーと二人共笑っているけれど、やっぱりめっちゃ怒ってる。
いや、私はそんな『魔力切れ』なんて知らなかったんだけど。だからこそそんな危険行為を普通にやらかしてた訳で。
うん、そりゃあお説教案件にもなりますわ。とほほ。
「リシュー、セリエル殿にお願いして午後一に魔力の基礎講義を差し込め。光属性の魔力による防御術も勿論大事だとは思うけど、それよりも命に関わる一番大事な事だから」
「了解です、副隊長」
〈その話、ワシ等も聞けるかの〉
「赤いおじいちゃま」
思わず納得してると、アルガさんからリシューさんに副隊長命令が発動していた。
すみません、お世話掛けます。
と、そこへヤハルさんとツェンさん、ソフィエさんと話していた赤い長老ドラゴンが首を伸ばして話に加わってきた。
〈知らんかったとは言え、“竜の愛し子”を命の危険に曝しとったんじゃ。こんな事が二度と無い様にワシ等も聞いとかんといかん気がするもんでな〉
「そうですね。もしドラゴンの皆さんが許してくださるのであれば、こちらの竜舎で講義をさせて頂いても? そうすればその間にでもセリエル殿…天使族の医師に白い子竜の事も聞けますし」
〈うむ、無理に子らに近付こうとさえされなければ問題あるまい〉
「ご安心下さい。この北の魔王城でそんな愚かな隊員など基本的におりませんので。ましてやこの状況ではセリエル殿の方へソフィエ隊長も同席なさるでしょうし、万が一にもそんな暴挙を許す筈もありませんよ」
「医療部隊からもユーリちゃんの体調の急変があってもいいようにフォルを参加させておきますので」
気付けばそんなやり取りが交わされ、大人達と竜の間で話が纏まり。
そこまで終えた所で、竜舎の入口が開く。
「失礼します! 医療部隊からのお客様がお見えですが……」
そこにいたのは、案内役らしい騎獣部隊と医療部隊の二人に付き添われたセリエルさんとルートヴィヒ少年、シエルさんだった。
『待って(まし)た』
その姿を見るなり、北の魔王城の大人達が一瞬でスンッと真顔になり、異口同音にそう告げた。
同時にリシューさんの拘束がガッチリと強化された。
アッー!
「―――……つまり、ユーリが全くの無知が故に無茶をしたお陰で無事に卵は孵化したが、北の魔王城含め魔大陸でほぼ初の白竜の誕生という訳か」
「奇跡的に全て無事だったが、それは結果論でな。…先日のセリエル殿の言葉の意味をイヤと言う程に実感した」
「目の前でやらかしてるのを止めるどころか近付く事さえできなくてな。本人がしっかり自覚しない限り、このままでは間違いなく命に関わる」
「それでお説教が必要だとは思うが、やたら叱る事もできずに取り敢えずユーリの診断を優先して今に至る、と」
私がリシューさんに拘束されているのを横目に、話し合いを中断したヴィンセントさんとシェリファスさんからの状況説明を受けたセリエルさんが状況を把握する。
その間にリシューさんは立ち上がり、しっかり私を抱っこしております。
そんな説明を一緒に聞いていたルートヴィヒ少年は凄く心配そうな表情で私に視線を向けてくるし、シエルさんは呆れたと言うか、やっぱりと言うか、そんな視線を向けてきた。
「それにしても、あれだけ高度な知識を持っていてまさかそんな基礎中の基礎が抜けているのか。まずは早急に一度魔術の知識自体の徹底確認と必要教育の見直しを実施するしかあるまい」
「それは、魔導部隊が請け負おう」
「明日、部隊長会議がある。ディルナンを含めて日程を直近で指定しよう」
セリエルさんの溜息交じりの言葉にシェリファスさんとヴィンセントさんが苦い顔で答えていた。
そこまで三人が話し終えた所で、セリエルさんの視線が私へと向かった。
「リシュー…だったか。ユーリをこちらへ」
「はい」
声を掛けられたリシューさんが一切の迷いなく私をセリエルさんに渡す。
そのまますぐに抱っこから地面に降ろされ、セリエルさんが私の目線に近くなるように片膝をついた。
お、おう。いよいよお説教か……。
「ユーリ」
「あい!」
名前を呼ばれたので返事をする。
そのままドキドキ緊張しながらセリエルさんの言葉を待ってたんだけど。
「何を考えてそんな行動に移した?」
飛んできたのは叱責の言葉ではなく、淡々としたそんな質問だった。
これは、状況説明を私からしろって事でいいのよね?
小首を傾げつつも、自分の行動を思い返してみる。
「んと……ドラゴンのママさん達の近くに行ったら、卵の中からキレイな光が見えたんでしゅ。それを赤いおじいちゃまに伝えたら水色のママしゃんが泣き出して」
そう、力強い朱色の光と。
とても弱々しい、今にも消えてしまいそうな真っ白い光。
でも、その光は確かにそこにあって。弱々しくも懸命に光を放っていた。
「もうすぐ生まれる予定だって確認して。午後にセリエルしゃんとシエルしゃんが来るのは分かってたし、だったらそれまでならボクでも助けられるかもしれないと思って。だから水色のママしゃんと機動部隊のソフィエ隊長にお願いしてみまちた。でもボクじゃできない事だったりわからない事ばっかりだったから騎獣部隊のヤハル隊長とツェン副隊長に医療部隊と魔導部隊に行ってもらったでしゅ」
実行するにあたって、取り敢えず報連相だよなーってあの時は気軽に考えてたんだよな。
想定外だったのは来てくれた大人達が全く近付けなくなっていた事と、私が『魔力切れ』について無知だった事。
……いや、『魔力切れ』を知っていても私はやらかしていたかもしれない。
「どうにか孵化したのを見て、眠くなっちゃったでしゅ。だから、ちょっとお昼寝と思ってそのまま寝ちゃったでしゅ」
何も考えずに能天気に寝ちゃった私に、呼び出された大人達は完全に振り回されてる訳で。その節は多大なるご迷惑をお掛けしました。はい。
「起きたら、赤いおじいちゃまがこっちに連れて来てくれて。そしたら医療部隊と魔導部隊のみんなが笑顔で怒ってまちた……」
良かれと思ってやったんだけど、話を聞けば聞くほど私の行動がどれだけ軽率だったか思い知った。
ヴィンセントさんとシェリファスさんは感情的に怒ったりする事なく、きちんと叱らなければとセリエルさんが来るまでそれは保留になり。
何よりも優先して私の無事を確認してくれて。
大人達のそんな理性的な対応が余計に私の未熟さ、稚拙さを浮き彫りにしていて。
しょぼんとするしかないよね。
「ユーリ。……例えば、ルゥがユーリと全く同じ事態に陥ったとしよう。ユーリはヴィンセント殿の立場だ」
私の話が終わったのを少しの間で感じ取ったのか、セリエルさんがそんな言葉で話を切り出してきた。
「あの、のほほんとした笑顔で『ボク、ちょっと治療してきます!』とさっさと行動に移すだろうな。その際、『あ、報連相だけはしとかないとマズイかー』と一通りの状況だけは伝えて来たとする」
「師匠、ヒドイ」
「流石はセリエル殿。よく分かっている」
セリエルさんの唐突な説明に、ほんの少し唇を尖らせるルートヴィヒ少年と感心したヴィンセントさんがツッコミを入れる。
最もそれは、セリエルさんに黙殺されたけど。
「駆けつけてみたら、確かにルゥは治療をしていた。但し、自分の命を危険に曝してだ。目の前まで来ているのに状況的に何にも手を出せない。見ているしかできない」
「っ!」
セリエルさんの言葉に、その状況を想像してみる。
最悪だった。
「……あぁ、なんならその助けられない状況にいるのはあのちょっとやそっとじゃ死にそうにないルゥではなく、生まれたばかりの白竜でもいいぞ」
「~~~っ!!」
淡々と、セリエルさんは突き付けてくる。
声を荒げる事もない。怒気や殺気として突き付けてくる訳でもない。
ただただ、その状況を想像させるためだけに感情を一切込めずに言葉だけを。
守ってくれる立場の人達が私と同じ立場にいたなら、ただただ自分の弱さを突き付けられる絶望感が強い。
けれど、私が守るべき立場にいるもっと弱い立場の存在がその立場にいたのなら……。
それと同じ事を、私はしでかしていたんだ。
迷惑を掛けたどころじゃない。精神的苦痛をこれでもかと周囲に与えていたんだ。
気付けば、ボロボロと泣いていた。
無様にも、涙どころか鼻水まで流して、しゃくり上げていた。
「―――……よく考える事だ。自分の行動だけでなく、それを周りがどう捉えるかも」
そう告げたセリエルさんの言葉は、胸の奥深くに突き刺さった。