59 本日の予定その1 ドラゴンに会ってみたら
食堂に入るなりアルフ少年の兄馬鹿は今日も絶好調だった。
パーカーのフードも被って見せればテンションアゲアゲだったので、その元気は仕事で使ってもらうべく応援すれば爽やか満面笑顔が返ってきた。
…くっ。アルフ少年、可愛いな。
その後ろで三馬鹿トリオの兄さん達は奇行に走ってそれぞれが周囲に物理的にツッコミを入れられていた。いつものお約束ですな。今日も元気な調理部隊で何よりです。
なんて事を経て、ツェンさんとニコニコ笑顔で朝食を済ませ。
本日の朝食は、具沢山でほうれん草ペーストが生み出す鮮やかな緑が美しいクリームスープとバターロールの様な丸パン、そしてカットフルーツが添えられていた。
ツェンさんはカットフルーツの代わりに特大ソーセージが三本乗ったボリュームのあるサラダプレートだったけど。丸パンに至っては山になってたし。
私には無かったソーセージを一口くれたツェンさん、超いい人。
今日も美味しく完食したら、頭まで撫でてくれた。
これがやっぱりもの凄く気持ち良くて、ふにゃんと力が抜けそうだった。
ツェンさん、ゴッドハンド!
そんなツェンさんへの好感度はますます鰻登り状態でやって参りました、獣舎!
と思ったら、ツェンさんから敷地に入る前にストップが掛かった。
「ちょっと騎獣に会うだけならいいんだけど、今日は程々騎獣部隊の敷地を歩き回る予定だからね。危ないから靴を履き替えようか」
そんな言葉と共に、敷地入口の靴箱からツェンさんが取り出しましたのは、私サイズの小さな白いゴム長ことゴム製の長靴。
「カラフ副隊長にお願いしておいたらいつもの黒じゃなくて白で渡されて何でだろうと思ってたんだけど、きっとユーリちゃんがこの格好で来るのが分かってたからだね」
言われた通りに履き替えると、ツェンさんがそんな風に言って笑った。
グリップが利いたゴム長は滑る心配が無くてとても安定してる。歩いた時にちょっとカポカポ音がするけど。ツェンさんが歩くと音がしないのに何でだろう。
そんな事を考えつつ騎獣部隊の敷地内へ入ると、朝ごはんが終わったらしい獣舎ではちょっぴり聞きかじった通りに騎獣達がお昼寝モードで寛いでいるのが少しだけ見えた。
すれ違うお世話している騎獣部隊の隊員さん達に朝の挨拶をしつつ、ツェンさんに続いて獣舎の奥へ奥へと進んで行く。
「ツェン、ここじゃ!」
「あぁ、隊長。おはようございます」
「ヤハルたいちょ、おはようございましゅ」
「おはよう。ユーリもよく来たのぅ」
他の獣舎よりも一際大きな獣舎の前、お城探検の時に出会ったじい様がいた。騎獣部隊隊長のヤハルさんだ。
まずはご挨拶っと。
そしてヤハルさんのお隣には、外警部隊とは違う騎士服姿の四十代くらいのおじ様の姿。
何と言うか装備を着けてはいるが、外警部隊に比べると凄く身軽というか。
対照的にマントは凄く長くて、きっちりした長い黒手袋も格好良い。
「ソフィエ隊長もおはようございます。今日はいかがなさいました?」
「おはよう、ツェン。…………エスメリディアスの状況を確認しに、な」
おじ様に穏やかな笑顔で挨拶をするツェンさんに、おじ様も答える。
それにヤハルさんもツェンさんもあぁ、と頷いている。
何やら通じ合っている三人だけれど、私には全く意味不明でして。
思わずコテンと首を傾げてしまった。
「ユーリちゃん、こちらは機動部隊のソフィエ隊長だよ。エスメリディアスはソフィエ隊長の相棒であるそれは綺麗な水色のドラゴンなんだよ」
「ソフィエたいちょ、おはようございましゅ。それとはじめまちて。ユーリでしゅ」
「あぁ、おはよう。機動部隊隊長のソフィエだ」
ツェンさんの紹介で取り敢えず自己紹介したけど、おじ様…ソフィエさんのお顔はどこか晴れない。
「ソフィエたいちょのどらごんしゃん、病気?」
「いや、エスメリディアス自身は元気だ。ただ、卵が生まれているのだが…少し思わしくなくてな」
「?」
「……前回も上手く孵化できませんでしたからね。少し精神的に弱っているようですし、我々も目を配ってはいるのですが」
そうか。卵を抱えるお母さんなのか。つまり、エスメリディアスは雌ドラゴンなのね。
話を聞くに、過去にも卵を産んでいるけど生まれなかったのか…。
……凄く、不安だろうな。
「ヤハルたいちょ、ボク、入ってだいじょぶ?」
「卵を産んでいるのが二頭いるが、まだギリギリ孵化前だしの。奥にいる二頭にやたら近付こうとさえしなければ問題ないと返答が来てるから、入って大丈夫じゃ」
「寧ろ人の子がドラゴンに会いに来る事が珍しいから長老達がノリノリでしたよね」
状況的に入ったらマズイんじゃないかと確認すると、ヤハルさんとツェンさんが笑顔で答えてくれた。
「先に入らせて貰うぞ」
「はい、勿論どうぞ」
そんな中、ソフィエさんが先に獣舎の扉を開けて入っていく。
ヒラリと翻った長い黒いマント、格好良い…!
「さて、ユーリも入るかの」
「あい!」
ヤハルさんの言葉に元気いっぱい返事してソフィエさんに続くと、扉を入った途端、左右に存在感たっぷりな
話に聞いていた通り四色色とりどりのドラゴンがそこにはいた。
ざっと数えて三十頭はいるだろうか。
「ほわぁー…」
思わず左右を見渡し、想像通りの色とりどりな西洋のドラゴンな姿とそれ以上の迫力に思わず変な声が出る。
というか、この状況をうまく言葉に表せる語彙が吹っ飛んだ。
「かっこいいねぇ」
うっとりしつつ、取り敢えずどうにか浮かんだ言葉を口にすると、一瞬の間を置いて笑い声が広がった。
…ん? あれ??
ヤハルさんとツェンさんはまだ分かる。
だけどもっとたくさんの声というか…何か、声に似た響く音というか…。
〈格好良い、か。人型の子よ、思いがけない褒め言葉をありがとう〉
「…どらごん、しゃべった!?」
違和感に首を傾げていると、一番近くにいた焦げ茶色のドラゴンが首を下げて顔を近付けて来ただけでなく話しかけてきた。
これには思わず驚いて叫ぶと、すぐ後ろにいたヤハルさんとツェンさんが爆笑する。
「ドラゴンは総じて長命な種族じゃからの。ある程度生きたモノは竜体でも人語を理解して話せる様になるんじゃ」
「ユーリちゃんの驚きは新鮮ですねぇ」
この二人、わざと黙ってたみたい。
一人はわわわ驚き、慌てる私を見てドラゴン達も楽しそうにしている。
〈そうだな。ここに来る人型は総じて大人になってから故、我らと意思疎通することに然程驚かぬ〉
〈人型の子は斯様に愛らしいか。良い反応だ〉
入口付近にいた、赤や青、緑、黄土色のドラゴン達も首を下ろして近付けてくる。
その目は…ヤハルさんの様な好々爺にとても近い。
成程、これが話に出ていた長老達と見た!
「はじめまちて。ユーリでしゅ。おじいちゃま達の鱗に触ってもいいでしゅか?」
それにしても、これだけ好感度高い反応してくれるのなら何だかいけそうな気がするー!
ユーリ、いっきまーす!!
〈我等の鱗に興味があるか。良いぞ〉
〈その小さなお手々で触ってみるが良い〉
限界近くまで首を下ろしてくれる入口すぐ近くの四頭にそっと手を伸ばす。
他のドラゴン達は興味津々にこちらを見ているか、全く興味無さそうにして寝る体勢になっているかで近付いてこない。
触れたドラゴンの鱗はヒンヤリしているのに不思議な熱を感じさせた。
ただ冷たいだけではなく、しっかり生き物としての熱も持つ不思議な温度。
〈おや。人型の子、そなた『竜の愛し子』か〉
〈古の、盟友と同じ手を持つか〉
〈これは珍しい。いつ以来じゃ?〉
〈長生きするもんじゃのぅ。面白い〉
その言葉に、ヤハルさんとツェンさんが息を呑む音が聞こえた。
傍観していたドラゴン達も長老達の言葉に何やら騒ぎ出す。
〈若いの達も折角だからこの小さなお手々に触れて貰うが良い。我等よりも希少な存在よ〉
〈『竜の愛し子』は…初代の北の魔王以来の出現か〉
〈まさかまたお目に掛かれるとは思わなんだ〉
〈ツェンの『魔性の手』よりも心地よいぞ?〉
…何だか凄く触れちゃいけない内容が聞こえた気がする。
何、私、まだ何か珍しいもの持ってるの?(白目)
思わず長老達を見回していると、いつの間にか他のドラゴン達が一斉に私を見てた。
ひぇ、視線の圧力ぅ…!
取り敢えず、近付くとドラゴン達も近付いてくれたのでめっちゃ撫でました。
興味無さそうにしてたドラゴンまで態々近くに来てくれたから、顔近くではなく脚だったり翼だったりしたけど。
ツェンさんに撫でられた騎獣並みにウットリするドラゴンもいてちょっと嬉しかったけど、逆にその威力を見てしまったが故に『竜の愛し子』なる呼称の正体がとても気になる…!
いや、でも気にしちゃいけない。この辺はヤハルさんとツェンさんに丸投げしよっと。
たっぷり堪能したドラゴンの感触は、年齢ごとで微妙に異なる大きな鱗のツルツル感と不思議な温度感がとても最高でした。まる!