医療部隊と魔導部隊の二重奏~セリエルさんの受難を添えて~ 7
幸せな夕飯タイムが終わった所で取り敢えずお盆を片付け、その横で手早く人数分のお茶を用意してお盆に乗せて持って行く。
零さない様にプルプルしながらゆっくり運んでいたら、ルートヴィヒ少年が助けてくれた。
お茶のお盆が届くとリシューさんがそれを受け取って配ってくれる。
その間にルートヴィヒ少年が私の簡易椅子をさっきまで自分が座っていた所に置いて座らせてくれてから自身も座った。
魔導部隊の三人に近くなりました。
そんなこんなでまずは皆で食後の一服。
「…さて、本題に入ろう」
一息入れた所で、シェリファスさんが口を開いた。
「改めて、魔導部隊隊長のシェリファスだ。副隊長のアルガと、指導員になるリシュー」
「ユーリでしゅ」
シェリファスさんは前にも会ってるから知ってる。
相変わらず色素の薄い長い金髪を緩く束ね、額には瞳の色と同じエメラルドのサークレット。エルフの様な美貌が目の保養。
アルガさんは焦茶の髪と瞳の色。額にはルビーのサークレット。穏やかそうだけど熱い一面も持っていそうな良い意味で男らしいタイプの人かな。
リシューさんは灰色の髪に藍色の瞳。額にはサファイアのサークレット。
どちらかと言えば物静かなタイプに見える。
全員が身軽な騎士服。但し、装備は軽装。
他に共通してるのは額に付けている細身かつ宝石が一つだけのシンプルなサークレットとマントくらい。
魔導部隊って名前だけ聞くと、あの良く映画なんかで出てくる黒くてフードがついてる長衣と杖なイメージなんだけど。
そこはやっぱり外勤部隊に数えられるだけあって戦闘のし易さが重視されてるのかな?
「我々の役割は二つある。その一つであるユーリの魔術使用の際の監督は指導員のリシューが担う。医療部隊での実技実践のタイミングで主に会う事になるだろう」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
さっきまでに聞いたのと同じ説明を聞き、リシューさんと改めてご挨拶。
リシューさんは分かるんだけど、もう一つって何だろう。
「ーーー…そして私とアルガが担うのは、ユーリ、君に掛けられている封印魔術の解読が主になる」
「……え?」
続いて告げられたシェリファスさんの言葉は直前の疑問を即座に解決した。
けれど、初耳なその内容に思わず呆然とする。
それは同席している魔導部隊以外の三人も同じだった。
「少し前に、ヴァスと対面しているな?」
「…あい。書類部隊のお仕事の時に」
「あの男は非常に有能な諜報だ。初対面の相手だろうと必ず可能な限りの調査を掛ける事が出来る。全く不審感も違和感も与えずに、な」
おぉう…あの迷子事件の短時間で、そんなに色々探られていたのか。全く気付いてなかったよ。
流石は情報部隊隊長…!
「その際、君の記憶喪失は演技ではない確信と同時に微かな封印魔術の引っ掛かりを拾って来た。ヴァスの手に余るモノだとの判断から、魔導部隊の我々にお鉢が回って来た訳だ。それを受け、今日、改めて我々が側で確認を兼ねて同行させて貰っていた訳だが」
成程、セリエルさんは体のいい口実だった訳だ。
勿論、天使族の知識に興味を引かれていたのは嘘じゃないだろうけど、態々魔導部隊のトップ二人が揃って来る必要はあまり無い。
「…ざっと見ただけでも相当根深く、手強い。間違いなくとんでもない術者が背後に付いている。恐らく、東領でも上位も上位だ。その両手首の守護輪を主体に、ユーリ自身に外から中から絡み付いている。何が性質が悪いかと言うと、確かに封印が主体なんだが守護である事も間違いない事だ。この術式を解く為にユーリ自身に一つでも害を加えようモノならばこちらに牙を向けて来てもおかしくない。よくもまぁ、ここまで複雑かつ面倒な術式を組み上げたモノだといっそ感心さえする」
「もっと言うと、一つ解き方を間違えると下手をすると二度と解けなくなる可能性すらありますね」
そんな二人の評価に、思わず両手首の金の腕輪を見る。
「恐らく、解読だけでも年単位で掛かる。それが今日の我々が下した評価だと伝えておく」
「出来るだけ早く解読出来る様に我々も努力する。随時状況の確認と説明をしていこうね」
「…あい」
二人の言葉に頷きつつ、そっと右手で左手首の腕輪を撫でる。指に伝わるツルリとした滑らかな金属の感触。
この腕輪が、ユーリの記憶の鍵になるのだろうか。
食後のお茶を全員が飲み終わった所で、今日の予定は完全に終了だった。
席を立ち、食堂を出た所で私はこの場に残るのでここで
他の面々とお別れ。
魔導部隊の三人はこの後部隊の執務室に戻り、セリエルさんとルートヴィヒ少年、シエルさんはそれぞれ拠点であるお家に帰るんだそうな。
「お疲れさまでしゅ。今日はありがとうございまちた」
挨拶をし、ここまで一緒だった六人を手を振って見送る。
見えなくなるまで見送った所で食堂に入ると、入口のすぐ側にいつの間にかディルナンさんが立っていた。
「たいちょ…。えと…あのねー…」
「…お疲れさん。色々あって疲れただろう」
何を話せばいいのか分からず言葉に詰まっていると、ディルナンさんが抱き上げてポンポンと背中を軽く叩いてくれた。
…多分、さっきの会話をディルナンさんも聞いていたんだろうな。
「焦るな。先ずは目の前の事から一つずつ、だ」
それに私が上手く説明出来なくても、遅かれ早かれディルナンさんには必ず話が回ってくるのだろう。
だからディルナンさんも無理に聞こうとしていない。
私の謎が解ければ同時にまた新たな謎が生まれる。
それに比例して一つ、また一つと背負うモノが増えていく。
それはディルナンさんも同じ事。
だけど、ユーリを守る為には私だけが持つ情報を今はまだ外には出せない。
結局、信用はしても信頼は出来ていないんだ。
それがまだ割り切れなくて、だからこそ申し訳なくて、自然と涙が溢れていた。
「おーおー、相変わらず泣くのが下手くそだな、お前は」
涙も鼻水もドバドバ出てますけど、何か?
って言うか、上手い泣き方って逆にどんなですか??
抱え上げられたまま厨房に入り、ペーパータオルで顔中を拭き取られる。
いい感じにペーパータオルが諸々の水分で柔らかくなった所で鼻までかまされた。
「夜に…暗い時間に悩むと碌な事を考えないモンだ。悩むなら昼間の明るい時間に悩め。それと一人で無駄に抱え込むくらいなら周りに相談しろ。お前の周りに相談一つ聞けない懐の狭いヤツはいないだろう?」
苦笑しつつディルナンさんがそんな事を言った。
やだ、イケメン。知ってた。
「隊長、そのままユーリへばり付けとけ。こっちは問題ねぇ」
「そうそう。たまにはユーリちゃん甘やかしてもいいじゃないですか」
「まだ業務中だと言い張るなら、そのままそっちで事務作業でもしてろ」
更にはシュナスさん、オルディマさん、オッジさんにまで気を遣われる。
ディルナンさんに一言も口を挟ませないのが凄い。
これにはディルナンさんが三人に肩をすくめて見せ、そのまま言葉に従って事務スペースに私を抱えて更に移動した。
その際、途中にすれ違った面々に揃いも揃って頭を撫でられる。
「明日にはいつも通りの飯大好き元気っ子に戻れよ」
コアラよろしくへばり付いたままの私を他所に、ディルナンさんはそれ以上私を構う事なくこの体勢のまま事務作業を始めた。
何だか泣いてた所為か、頭も上手く働いていない。
だからこそ下手に構われるよりもこの対応が本当にありがたい。
皆様のお言葉に甘えて思考を放棄し、このままディルナンさんに甘えておく事にした。
そのまま半分以上寝かかって、この後いつも以上にお世話になったけれど、子供故の事情という事で許して貰えた。
本当に申し訳ない。
あれ? 私の大人成分、本当にどこ行っちゃったの…。