医療部隊と魔導部隊の二重奏~セリエルさんの受難を添えて~ 6
闘技場で散々傷の消毒をし、準備した脱脂綿を使い終えた所で医務室に戻ってきました。
「今日の受診者の一覧は?」
「ここに」
「今日の訓練実施者と同一の次の訓練日は…」
「三日後ですね」
「そこで全員の傷の確認。シエルの納品している消毒薬と経過の比較を」
「「はい」」
戻るなり、医療部隊のお三方がそんなやり取りを行う。
あ。やっぱり記録を取ってたのね。
「ユーリちゃん、君は今から救急箱の補充だよ」
「あい、フォルしゃん」
ぼへーっとそんな三人を見ていると、フォルさんに連れられて一度奥の薬剤室へと入る。
使用した器具を洗浄・乾燥をしてくれる小型の魔導機械にセットをしてから、いつもの棚で使った消毒薬と脱脂綿の補充。器具を回収して、最終確認をしつつ救急箱にしまって最後にゴミ捨て。
「…不思議だね。シエルの消毒薬は極々普通の消毒薬に見えるのに、ユーリちゃんの使った消毒薬はまだ真珠色の光が残ってるみたいだ」
「う?」
「セリエル医師に聞いてみようかな」
そんな会話を交わしつつフォルさんと医務室に戻ると、セリエルさんとシエルさんを中心に何やら話し合っていた。
「…終わったか」
「あい」
「ユーリ、セリエル殿の評価を聞きなさい」
ヴィンセントさんが私達に気付いて声を掛けて来た。
セリエルさんの前に設置されていた丸椅子にえっちらおっちら座ると、セリエルさんが頭を撫でてくれた。
「お疲れだったな」
「お疲れさまです」
撫でられたのが素直に嬉しくて、頬が思わず緩んでしまう。
「光属性の魔力の実践での解放と操作の評価は優。…次の“循環”まで、自身が使用する消毒薬のみ今日と同じく使用を認める」
「!」
淡々と告げられた評価は思い掛けずにとても良いもので、更に顔全体が緩んだ。
「ーーー…ただし、くれぐれも使用に際して心得を忘れる事のない様に。理解と能力があるだけにより注意し、気を引き締めておけ」
そこに加えられた一言に、ハッとして顔も引き締める。
それはフォルさんと、側で見ていたリシューさんもだった。
そんな私達を見て、セリエルさんの「以上だ」と告げて話を切り上げた。
「次は…一度防御術についての能力を見たい。そういう意味では医療部隊の指導員は付いていなくても良い。寧ろ魔導部隊の領域に入るだろう」
「「了解した」」
セリエルさんがヴィンセントさんとシェリファスさんに次回予定を伝えると、二人が同意する。
フォルさんとリシューさんも頷いていた。
「…ユーリ、魔導部隊の指導員のリシューはこの後、夕飯の席で改めて紹介しよう。次回から医療部隊の研修は丸一日に延長。午後は基本闘技場等での実習とし、そこからフォルと共に監督に入る」
「よろしくお願いしましゅ」
「シエル。次回の来城までに書類部隊にセリエル殿と同じ申請書を正式に提出しておくから受け取り忘れのない様に。セリエル殿と同じく指導に入る時には入城時にそちらの提示をしてくれ」
「了解です」
更にシェリファスさんから私に、ヴィンセントさんからシエルさんに伝達事項が伝えられれば今日の予定は終了の空気が流れ出す。
「他に何かないか?」
ヴィンセントさんが纏めに入れば、フォルさんが小さく手を上げる。
「ちょっとした疑問なんですが…」
そのままさっきの薬剤室での疑問をセリエルさんに伝えるフォルさん。
「薬が時間と共に徐々に薬効が落ちるのと原理は同じだ。まして魔大陸には光属性の魔力が無い。天界よりも減りが早いだろう。それと、ユーリの特性が治癒にある事も大きい。得意なモノの添加はより大きな効果を発揮しやすい」
「「「成程」」」
それに迷いなく判断を下して説明するセリエルさんに、医療部隊の三人が納得する。
それと同時にシエルさんが口を開く。
「やっぱりオレ、ユーリちゃんの上達状況によっては輸入も視野に入れよ。…リュシエル様の所に一、二本卸せば元は取れそうだし」
「…遅かれ早かれ、天界への繋ぎは必要になる。繋ぎとしてはこれ以上無いだろう」
「医療部隊にとっても同職の天使族、それもヴィンセント隊長クラスは魅力的でしょ?」
「この上なく、な」
「セリエル様が後見についてて、魔大陸生まれ、北の魔王城関係者となれば手荒な事はされない。特にリュシエル様はまんまユーリちゃんが大きくなったタイプの優しい女性だから」
「「「「「「怒られる大天使」」」」」」
シエルさんが天界側の今後を口にするとセリエルさんが頷き、更に続ければ北の魔王城の六人も頷く。
何か、私が今後怒られる事が前提で納得されているのが非常に解せない。どういう事なの。
フォルさんの疑問が解消した事で時間的にも正式に業務終了となり、挨拶をして医務室を後にする。
医療部隊の三人はもう少しお仕事との事なので、そのままお別れ。
今、側にいるのは魔導部隊の三人とセリエルさん、シエルさん、ルートヴィヒ少年。
「シエルしゃんはお仕事へーき?」
「今日は北の魔王城に納品したら天界に帰る予定だったからねぇ。明日の朝一で帰ればいいし、問題ないぞー」
「じゃあ、一緒にご飯ねー」
そう、私達が向かっているのは調理部隊の本拠地、食堂。
もうね、お腹空いてるから表情はにっこにっこしてる。
お腹の虫も相変わらずで、ぐーすか自己主張中。
その所為か、シエルさんが微妙に肩を震わせていた。
本人的には笑いを噛み殺しているつもりらしい。
「ボクもお腹空いたなぁ」
「ルゥにーしゃまの分は大盛りでお願いしましゅ!」
「それは嬉しいな」
ルートヴィヒ少年と繋いだ手をぶんぶん振りつつ、上機嫌で進む事約十分。
徐々に夕飯のいい匂いが近付いてきた。
今日は魚介系かな?
ガヤガヤと賑わう食堂の入口をくぐると、アルフ少年が爽やか笑顔で迎えてくれる。
「にーに、ただいまー!」
「おかえり、ユーリ。…随分大所帯だなぁ」
「あい!」
「用意しとくから席を確保して来い」
「あ、一人前大盛りでしゅ!」
「任せろ」
短く会話し、食事の手配をした所でホールを見回す。
「あそこが空いてましゅ」
勝手知ったる食堂だもの。八人掛けのテーブルの位置はお手の物。
ルートヴィヒ少年の手を引いて目的のテーブルを確保すると、シェリファスさんとアルガさん、セリエルさんとシエルさんを座席確保の為に座らせておく。
並びは魔導部隊の三人とその向かいに天使族二人とルートヴィヒ少年、私。
ルートヴィヒ少年とリシューさんと配膳口に向かうと、アルフ少年と共にオルディマさんも準備に加わっていた。
「ユーリちゃん、おかえり。簡易椅子を先に持って行きなね」
「オルしゃん、ただいまです。あい、わかりました」
オルディマさんにも笑顔で出迎えられ、出された指示に直ぐに従う。
とは言っても、裏口に既に立て掛けて置いてあったので本当に持って行くだけだった。ありがたい。
座席に戻って椅子の横に立て掛けておく。
配膳口に再び戻ると、今度は食事の準備が整って受け渡しする所だった。
「一人二つ持てるかい?」
「「大丈夫です」」
「そう。なら、後二つはこちらで持って行くから。ユーリちゃんはちょっと待ってね」
「あい!」
オルディマさんの言葉に従ってルートヴィヒ少年とリシューさんが先に席へと料理を運ぶのを見送ると、アルフ少年がホールに出て来た。
「ほら、ユーリの飯な」
「わーい!」
「じゃ、運ぶぞー」
先に私のお盆を下ろして持たせてくれたアルフ少年が残りの二枚を慣れた手つきで持ち上げ、歩き出す。
「お後二人前、お待たせしましたー。こちら大盛りで」
「あ、それボクのだ」
「!」
アルフ少年が笑顔で配膳していると、大盛りに手を上げたルートヴィヒ少年の声を聞いてビックリした表情になった。
慣れた反応に、ルートヴィヒ少年が作り笑顔。
「え。大盛り、そっちの人じゃなくてアンタなの?」
…だったんだけど。
アルフ少年がルートヴィヒ少年と隣のシエルさんを見比べて言葉を発すると、予想を裏切る驚きの理由にルートヴィヒ少年が目を丸くする。
「にーに、ルゥにーしゃまはこれからも来るから覚えてねー」
「そっか、分かった。ヴィンセント隊長が言ってたお前の新しい兄ちゃんだな。飯大盛りってちゃんと覚えとく」
ニッコリ笑ってアルフ少年に伝えると、アルフ少年もニッコリ笑って頷いた。
そのまま持って来た食事を指定された通りに置くと、私のお盆をテーブルに乗せてその前に簡易椅子を設置し、更には慣れた様子で私を抱き上げて座らせてくれる。
「んじゃ、ごゆっくり!」
用が済むとまだ幼さの残る笑顔で言い残し、颯爽と厨房に戻って行くアルフ少年。
その後ろ姿をみつつ、ルートヴィヒ少年が自然に微笑む。
「ボクの自慢のにーになのよー」
そんなルートヴィヒ少年にえっへんと胸を張って言うと、お腹の虫も一緒にぎゅるんと同意した。
「…そっか。可愛い弟にもなりそうだね」
そう言って小さく笑ったルートヴィヒ少年の笑顔はどこかはにかんだ笑顔にも見えた。
「北の魔王城の食堂、すげー」
「ホント、美味しそうだなぁ」
改めて揃った食事を見て、シエルさんとルートヴィヒ少年がそんな声を上げた。
本日の夕飯は、魚介でも海老中心。
どどん! と山盛りの海老と烏賊のガーリックシュリンプを主菜に、南瓜と蓮根とベーコンのサラダ、海老のビスク、丸パン。
大盛りをお願いしたルートヴィヒ少年は、他の人の三倍量が乗ってます。これが北の魔王城の大盛りの定量。
…ルートヴィヒ少年、見た目だけだと凄く細いもんなぁ。隣のシエルさんとセリエルさんが大柄だから余計にアルフ少年も驚いただろうな。
あの体の一体どこに入るんだろう?
「いっただっきまーしゅ!」
それはともかく、元気一杯食事の挨拶をして、早速スープを一口。
濃厚な海老出汁の旨味に、優しいトマトの甘みと酸味、香味野菜の香りと旨味。
あー、幸せ…。
「ユーリちゃん、ウットリしてるなぁ」
「見た目を裏切らないどころか更に美味しいなぁ」
「って、こっちは凄ぇ勢いだな!」
ルートヴィヒ少年の健啖家ぶりは相変わらずで、綺麗に良く食べる。見てて気持ちいい。いっぱい食べる君が好きっ。
ガーリックシュリンプはプリプリの海老と程良い柔らかさの烏賊のコラボレーションで全く飽きず。
サラダはホクホクの南瓜とシャキシャキに炒められた蓮根がベーコンの旨味と程良い塩気を纏って優しいお味。
そして今日もふっくら美味しいパン。
頑張って働いて良かった!