一人婚約破棄ビジネスを始めようとしたら、婚約破棄詐欺に遭いました
「えー、君との婚約を破棄する。……こんな感じですか? ニコル店長」
店員のアル君がしぶしぶという感じで言った。
「チッチッチ。もうちょっと突き放すような感じで言ってよ。アル君」
私は立てた人差し指を左右に動かした。
この街角の洋服店にいるのは、私ニコルとアル君の二人だけ。
今はお客さんがいないから、こういうことをやっていられる。
「そんなことを言われましても。大体何なんですか。『一人婚約破棄ビジネス』って」
「流行ると思うんだけどなあ」
元の世界の記憶からすると。
そう。私は異世界転生者。
服が好きで前世ではアパレルショップに就職したけれど、残念なことに超絶ブラック企業に入ってしまった。
過労が祟って倒れると、この中世ヨーロッパ風の世界に転生した。
二度目の人生では、自分の店を持ちたかった。
だから一生懸命頑張って、26歳で小さな洋服店を構えた。
それから3年。仕事一筋のまま29歳を迎えた。
だけど店の売り上げはイマイチで、別のビジネスの導入を画策している。
元の世界では、婚約破棄の物語が流行っていた。
それに一人結婚式がちょっとしたブームになっていた。
その二つを組み合わせて、婚約破棄を突き付けられるシチュエーションを体験できる『一人婚約破棄ビジネス』を始めたら、結構な副収入を見込めるのではと思っている。
「うーん。僕の理解を超えています」
こちらの世界の人であるアル君に理解できないのも無理はない。
でもアル君は23歳と若く見た目も良い。彼から婚約破棄を突き付けられるシチュエーションを味わってみたい女性はきっといる。
アル君を雇ったのはお店を立ち上げたときだ。
それから3年間、二人だけでお店を切り盛りしてきた。
彼は一生懸命働いてくれている。
見た目だけでなく、性格もとっても良い子だ。
だけど恋人がいる気配はない。
私は仕事一筋で一生独身だと思うけれど、アル君にいい女性ができたら紹介してねと、何度か言ったことがある。
でもある君は、その度にちょっと寂しそうな顔をする。
なぜだろう。
「僕はこれまで通りこのお店で働ければいいです。……店長と二人で」
アル君がうつむいて言った。
「もう。そんな覇気のないこと言わないでよ。ゆくゆくは従業員を増やして二号店だって出したい。それにもっと多くアル君にお給料を払ってあげたいと思っているんだから」
そのためにも『一人婚約破棄ビジネス』を軌道に乗せないと。
「アル君、何かいいアイデアはある?」
「……婚約破棄じゃなくて、婚約するときのシチュエーションの方を充実させるとか」
「例えば?」
「指輪を贈るとか」
「あっ、いいかも」
わたしはポンと手を打った。
「……指輪、用意してあります」
「へえ。準備がいいね」
「持ってきます」
アル君が店の奥に行くと、指輪を入れてあるとおぼしき箱を手に載せて戻ってきた。
ふと、おかしいことに気付いた。
一人婚約破棄ビジネスの話をしたのは今日になってから。
それなのに、なんで指輪が用意してあるんだろう。
首を傾げていると、アル君が私の前に立った。
なんだか緊張してきた。
ただのビジネスの予行演習なのに、なぜかドキドキする。
「……ニコル店長」
アル君が箱を開いた。
やはり中には指輪が入っている。
「僕と婚約して下さるなら、この指輪を受け取って下さい」
ニコルが指輪の入った箱を差し出してきた。
「……はい。喜んで」
私はポッとなりながら、指輪の箱を受け取った。
それっきり、なんだか二人とも黙り込んでしまった。
「……こ、この後、アル君は婚約破棄を宣言するんだよね?」
沈黙が気まずくて、私はすがるように言った。
「……婚約は、破棄しません」
「……え?」
「……破棄しません」
アル君は、夕日のように真っ赤な顔で私を見つめている。
「……も、もう。何言ってるの。それにしても素敵な指輪だね」
私は箱から指輪を取り出して眺めた。
すると、指輪のリングの内側に字が彫られていることに気付いた。
『愛してる。ニコル』
それを見た瞬間、胸の奥でトクンと音が鳴った気がした。




