第9話
屋敷の中は、雅兎が思っていたよりも暗かった。
廊下の窓のカーテンは全て締め切られており、僅かな隙間から漏れる光だけが道標となっている。
「どうして開いていたんだ?」
後ろ手で扉を閉め、ずんずんと進んでいく里見に雅兎は尋ねた。
里見は「当たり前ですよ」と言わんばかりの顔で振り返る。
「そもそも、開いてないと小学生たちも入ろうとはしないし、中で幽霊が出たなんて噂も立たないんじゃないですか?」
「なるほど」
「どうしてだか、この屋敷の持ち主が閉めても、閉めても、鍵が開いてしまうみたいです。合鍵を疑ったみたいだけど、壊す予定の家の鍵を変えるなんて無意味だし、そのままにしているみたいですね」
「誰か住み着いているってことかな?」
「その可能性は高いけれど、どうも違うみたいですよ」
「って言うと?」
「もうすでに、中は散々に調べ尽くしたそうです。それでも原因がわからないから、銀の元、ひいてはわたしの所へ依頼が来ました」
「ふーん……」
屋敷の内部は、洋館特有の重厚な空気を漂わせていた。
目が慣れてきたおかげで、その雰囲気がより鮮明に感じられる。
「肝試しスポットとしては、確かに雰囲気あるなぁ」
今にもクラシックが流れてきそうなムードだ。
キョロキョロと辺りを見回しながら、雅兎はポツリと呟いた。
「でも……違うな」
「そういえば、柴石さん」
「うん?」
「なんだか、さっきの女の子に心当たりがあったようですけど」
それはたぶん、純粋な疑問なのだろう。
雅兎は頷いて答えた。
「うん。一年くらい前に、あの子とこの屋敷に入った事があるんだ」
「……もしかして、柴石さん」
チャキッ。
いつの間にか、里見の手には黒い刀身の刀が握られていた。
その目は、まるで生ゴミを見るかのような冷ややかさを帯びている。
「あ、あのー、観海寺さん? 何か勘違いをしておりませんか?」
「別に。柴石さんが小学生の女の子を拉致したっていう話ですよね?」
「違うから! ちゃんと家主の許可をもらったから! むしろ招待されたぐらいだから!」
両手を広げて、雅兎は精一杯首を横に振った。
「この近くで泣いているあの子を見つけて! 困り果てていたら、ここの家主のおばあさんが『うちにおいで』って誘ってくれたんだよ!」
雅兎の必死な弁明に納得したのか、里見の手から刀が消失した。
彼女は腰に手を当て、「早く言ってくださいよ」と呟く。
「いや、いやいや。観海寺さんがせっかちすぎるんでしょうが」
「即断即決するタイプなんです」
あっけらかんと言う里見。
確かに、これまでの行動を振り返れば納得できる。美点ではあるけれど、今後はきちんと話を聞いて欲しいものだ。
「まあいいです。進みましょう」
それから二人は暗い廊下を進んだ。
迷うこと無く突き進んでいく里見には、明確な目的地があるようだった。
「何処へ?」
「幽霊が出るって噂。決まって、廊下の一番奥の部屋らしいです」
「ふーん……」
頷きつつも、雅兎の中で何かが引っかかった。
廊下の一番奥の部屋。それは、一年前に彼が訪れた場所そのものだったからだ。
暖炉のある大きなリビングで、老婦人お手製の夕食をごちそうになった記憶が蘇る。
そうこうしているうちに、二人は一番奥の扉の前に辿り着いた。
里見は躊躇なく手を伸ばし、そのままの勢いで開け放つ。
ギィィィ……。
錆びついた蝶番が悲鳴を上げる。
奥の部屋は、廊下よりもずっと深い闇に包まれていた。
「お?」
ひんやりとした感触が服の中に走る。
見ると、魂が服の中でぶるぶると震えていた。
「お前、魂なのに幽霊怖いのな」
雅兎は苦笑しながら、ぽんぽんと膨らみを叩いた。
「……呑気なところ悪いけれど、お出ましみたいですよ」
里見の声と同時だった。
ボッ、と室内に青白い炎が灯る。
宙に浮いた人魂のような炎が、闇を妖しく照らし出す。
その光の中に、二つのシルエットが浮かび上がった。
「人形?」
雅兎が目を凝らすと、それは空中に浮かぶアンティークドールだった。
可愛らしくデフォルメされた二体の人形が、ゆらりゆらりと近づいて来る。
服の中で魂が暴れだす。
冷たさとこそばゆさが恐怖を煽り、雅兎の背筋も震えた。
「か、観海寺さん」
「…………」
里見は無言で人形を見据えている。
やがて、手を伸ばせば届く距離で、人形たちはピタリと静止した。
雅兎と里見、そして二つの人形が見つめ合う。
一分ほどの沈黙。
ボッ。
もう一体、人形が増えた。里見は動じない。
ボッ。
さらにもう一体。雅兎の身体がビクリと跳ねる。
人形は次々と増殖し、その数は瞬く間に二桁になった。
それでも里見は身震いひとつしない。雅兎も、何もしてこないと分かれば恐怖は薄れ、懐に隠れていた魂もちらりと顔を覗かせた。
「……ふう。出てきなさい」
里見がため息交じりに告げる。
すると、部屋の奥から、今までの人形よりもずっと大きな影が現れた。
「……等身大の、人形?」
雅兎は呟く。
今まで現れていた人形たちのどれよりもリアリティがあり、精巧な造りだ。
美しい金色の長い髪。透き通ったブルーの瞳。
現代風のラフな服装がアンバランスで、不思議な魅力を醸し出している。
「――ねえ」
その人形は、二人を見渡すように首を動かし、声を発した。
「しゃ、喋った!?」
驚く雅兎に、里見は「当たり前でしょ」と言わんばかりの視線を送る。
「って、人形じゃ、ない?」
青い火の玉だけの薄暗い部屋だから見間違えたが、よく見ればそれは生身の人間だった。
人形と見紛うほどに美しい顔立ちをした、金髪の女性。
「驚かないのね、貴方は」
「まあ、驚かせるのが目的だって最初からわかっていたから。何かしら怪我をしたって話は聞かなかったし、神隠しに遭った子も居ない。となれば、噂が仮に本当だとして、その目的は単なる悪戯か脅かしだろうって」
「なるほど。この地区には退魔師もどきが居るって聞いていたけど、貴方の事なのね」
金髪の女性は、優雅にカーテシーのような礼をした。
「私はサツキ。見ての通り、魔法使いよ」
「でしょうね」
新たな単語の登場に、雅兎の頭はさらに混乱する。
「ま、魔法使いって」
「幽霊がいるんだから、魔法使いだっていますよ」
「……これ以上無いくらい説得力のある説明、ありがとう」
雅兎が妙な感動を覚えていると、サツキから不敵な笑い声が飛んできた。
「退魔師さん、わかっているようだけど、私は人に危害を加えるつもりがない。だから、お引取り願ってもよろしくて?」
「残念だけど、依頼元はここの持ち主から。幽霊が出るって噂が立ってちゃ困るようなのよ。だから、貴方こそお引取り願ってもいい?」
一歩間違えれば、斬り合いになりそうな緊張感。
サツキからは、「どうぞかかってきなさい」という傲慢な自信が溢れている。
その均衡をぶち壊したのは、里見の一言だった。
「尻尾を巻いて国に帰りなさい、田舎者の魔法使い」
挑発的な言葉に、サツキの眉がピクリと跳ね上がる。
「後悔するわよ」
「そちらがね」
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