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【悲報】退魔師JKに拾われた俺、生霊のまま同棲することになりました  作者: 秋夜紙魚


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第6話

 フォーブル観海寺は二階建ての賃貸アパートである。

 古式ゆかしき風貌は、見た目通りの築年数を誇るが、不思議なことにガタが来ているような箇所は見られないのが特徴だ。


 全部屋の間取りは等しく、全て1R、六畳一間。風呂無し、ペットはオーケー。駐車場はなく、敷金礼金無し。家賃は要相談。


「ということで、しばらくはこの部屋を使いなさい」


 病院から帰った雅兎が銀に案内されたのは、里見の隣の部屋だった。

 幽霊とはいえ生霊である以上、人間らしい生活を送った方が良いだろうという銀の判断だ。


「色々と不便な事があったら、言って頂戴。それと、家賃については貸しで良いから、また元の身体に戻った時にでも、払ってくれれば良いわ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」


 銀はニコニコと笑った。


「銀」


 と、背後から声がかかる。

 銀が半歩ずれると、そこには里見が立っていた。

 学校帰りなのだろう。左手には、近所のスーパーの買い物袋を提げている。


「その人」


 里見の視線が雅兎に向けられた。


「後で説明するわ。ちょっと出てくるから、何か困ったら呼んで頂戴ね」

「絶対に呼ばない」


 笑顔で里見に手を振ると、銀は颯爽と去って行った。


 室内に取り残された雅兎と、玄関で立ち尽くす里見。

 二人して見つめ合ってしまう。


「えっと」


 女子高生を相手にして、会話を繋ぐスキルなど雅兎には無い。

 あったとすれば、男臭く寂しい青春は送ってこなかったはずだと自嘲する。


「ご飯」


 会話の切り口は、里見からだった。

 彼女は腕に下げていたビニール袋を持ち上げて言った。


「ご飯、いります?」

「あ、うん。いる」

「なら、わたしの部屋に」

「うん」


   ◇ ◇ ◇


 里見の部屋で夕飯をお相伴に預かった雅兎が、お腹を撫でながら人心地ついているタイミングで銀が訪れた。

 銀は手短に雅兎の現状と、これから里見の仕事を手伝う由を説明する。


「断る」


 しかし、里見は即答で銀の提案を蹴り飛ばした。


「……危ない、から」


 もっともな理由だけに、雅兎も反論が出来ない。

 里見が妖怪と戦っている場面を雅兎は実際に見ているし、相手取った妖怪というものがどれだけ危険な存在であるのかも、彼なりに把握していたからだ。


 口を噤んでしまった雅兎に代わって、銀が説得を試みる。


「まあまあ、そう言わずに連れて行ってくれないかしら。なに、物騒な事が起こったら、物陰にでも隠れてもらえばいいから」

「そういう問題じゃない」


 里見は頑なに、拒否を貫く。

 確かに、雅兎のような非力な存在が同行することは危険極まりない。


 しかし果たして、それだけが理由なのか。

 里見の表情を見た雅兎は、どうにも何か別の理由があるのではないかと、そう思えてしまった。


「わたしの仕事は、……え?」


 ドサッ。

 突然の土下座。雅兎の予想外の行動に、里見は面を食らって言葉を詰まらせた。


「頼む、キミの仕事、手伝わせて欲しい」


 雅兎は思った。僕にはもう、これしかないと。

 切れそうな、細い、細い糸。何が何でも、手放すわけにはいかないと。


「…………」


 眉尻を下げて、答えに窮する里見。

 聞こえてきたため息は、銀のものだ。


「里見、貴方も頑固ね」

「当たり前じゃない。……だって、危険で、それにこの人は、」

「その危険を、踏む必要があるのよ」

「……どういう事?」


 頭をあげなさい、と銀が雅兎の肩を叩いた。

 雅兎は緩慢な動作で頭を上げて、里見の目を見つめた。彼女は目を伏せていたから、二人の視線が交わることは無かった。


「さっき、こういう事例に詳しい人をあたってみたのよ。その結果、柴石君は事故の際、何かしらの力を手に入れたのではないか、との推論に至った」

「力?」


 里見が怪訝そうに言うと、銀は頷いた。


「古来より、得てして死の淵に瀕した人間には特別な力が宿ると言われているわ。柴石君が元の身体に戻れない理由が、もしかしたら発現してしまったそれによるものではないかと思われるの。……もっとも、本来は死の間際に目覚めて、窮地から脱するのがセオリーなんだろうけれどね」

「……なんだか、微妙に貶してないですか?」


 雅兎の言葉を、銀は華麗にスルーした。


「無意識の内に力を使っている状態が持続している。そのせいで肉体とのリンクが上手くいかない可能性がある。柴石君は、その辺り、思い当たる節はない?」


 残念ながら、そういった力について、雅兎にはとんと心当たりがなかった。

 事故に遭遇するまでの人生において、当たり前のように平凡な暮らしをしていたし、幽霊や妖怪などという存在が実在している事も、今回の一件から知ったくらいだ。


「あ、でも……」


 一度だけ、雅兎が小学六年生の時分、体験した不思議な事件があった。

 その事を告げようとした雅兎の声は、被せられた銀の声に阻まれ、喉の奥へと仕舞われていった。


「ま、大体の目星は付いているのだけど」


 銀はおもむろに立ち上がると、折りたたまれた扇子を取り出した。

 その先端を、雅兎の右肩の上に乗せる。


 そして、にこりと笑った。


 シュッ!  刹那、室内に鋭い風が走った。


「って」


 右頬に小さな痛みが走る。

 雅兎が指先を頬へ持って行くと、ぬるりとした感触があった。

 人差し指と中指には、真っ赤な血が付着している。


「わわ、き、き、切ってるっ!?」

「うるさいわねぇ。大した怪我じゃないわ」

「いや、大した怪我じゃないって、えっ、血こんなに出てるのにっ」


 味方を見つけようと里見の方を向くが、彼女は顎に手を当てて「なるほど」と頷いているだけだ。


「意味がわからないのは僕だけですかっ。そ、それより早く手当を……て、あ、……れ? 何の、手当だ?」

「ね? つまりこういう事よ。柴石君、もう一度右頬を触ってみなさい」


 きょとん、とした様子の雅兎は、銀に言われるがまま、右頬に左手を持っていった。


 ――ない。

 そこにあるのは、いつもとなんら変わりのない、滑らかな雅兎の頬だ。傷跡どころか、痛みさえ消えている。


「――超人的な、回復能力」

「ええ、昨晩、切断された脚を復活させたのもこの能力に起因するのでしょうね」


 二人の会話に、雅兎はついていけていなかった。

 ようやく、「頬を斬られた」という事実と、「一瞬で治った」という結果が脳内で結びつく。


「まあ……その回復能力がどういった作用で肉体との接続を途絶してしまっているのかは、わからないけれどね。曖昧な状態で発動してしまった力は、本来の効果とは全く別のものとなる場合もあるし」


 銀は困ったものよね、と言いたげな顔で息を吐いた。


「昨晩、柴石さんの右脚はいつの間にか生えていました」

「そう……だった、ね」


 ぎこちない動作で、雅兎は頷いた。

 里見は次に銀の方を向いて、「これが理由?」と問うた。


「過酷な環境に身を置かれた時、人間は眠っていた生存本能を目覚めさせる事が多々ある。刺激を与える事で、柴石君の目覚めつつ有る力を、無理やりたたき起こしてあげるの」

「そして、力を使いこなす事で肉体との間の壁を取り除く?」

「ええ」

「無茶苦茶ね」


 銀の発言を、里見は一蹴した。


「いくら回復系統の力があるとわかっていても、それがもしもの時に使えるかなんて、わからない。本当に消滅してしまうかもしれない。現場に立って、無事でいられる保証なんて、どこにもないじゃない」

「虎穴に入らずんば虎児を得ず。危険とわかっていても、今のところ考えられる最有力の可能性があるのなら、賭けてみるべきなのよ。それに、」


 そこで一区切りおいた銀は、扇子を広げて口元を隠す。

 鋭利な視線が、里見を貫いた。


「貴方は、贖罪の機会を欲していたのではなくて?」

「……もういい。今日は出てって」


 冷たい拒絶。

 銀は肩をすくめ、素直に部屋を出て行った。雅兎もどうしようかと考えた挙句、宛てがわれた部屋に戻る事にした。


 雅兎が部屋を出る直前、背後から微かに聞こえたのは、里見の独り言だった。


「絶対に駄目」


 それは、彼女の強固な意思表示。

 聞き直すなんて出来る雰囲気ではなかった。


 立ち止まる事なく廊下に出た雅兎は、聞こえてきた言葉を一人で反芻する。


「絶対に駄目、か」


 里見なりの優しさなのかもしれない。

 けれど、雅兎にも引くことが出来ない理由がある。一分でも、一秒でも早く肉体へと戻る必要があった。雅兎の帰りを待つ人たちがいるのだ。


「っし」


 パンッ、と頬を叩いて、雅兎は自分自身を奮い立たせる。

 とにかく、可能性がそこにしかない以上、なんとしても里見に付いて行こうと雅兎は決めた。


 その為にも、今、雅兎が取るべき行動は一つ。


「寝るか」


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