最終話
観海寺里見は、ここ最近、「わからない事だらけである」と考えていた。
元々、彼女と座敷わらしの瞳子を含め、数人しか暮らしていなかったはずのアパートに、いつの間にか二人も住人が増えていたのだ。
保護者である銀から理由は聞いたものの、いまいち釈然としない。それもそのはず、里見は二人の事を知っていたからだ。
まず、サツキと名乗る外国人。
彼女は幽霊事件を企てた人物で、里見の記憶ではズタボロにして国へ追い返したはずだった。
しかし、彼女は同じアパートに住み着き、何やら甲斐甲斐しく里見の世話を焼いてくる。
もう一人は、クォーターの吸血鬼ことアリシア。
彼女もまた、神隠し事件の首謀者。一度は敗北した里見だったが、銀率いる強襲第二班に取り押さえられ、連行されたはずだ。
そんな彼女は今、暗い部屋でゲームに明け暮れる引き篭もりと化している。
玄関先にて。
暮れゆく秋を象徴する銀杏の葉を掃きながら、里見はどうにもやきもきとする気持ちに憂鬱さを感じていた。
「ごきげんよう」
そこへ銀が現れる。いつものように綺羅びやかなドレス姿で、胡散臭い空気を漂わせている。
「最近見ないと思ったら」
「ちょっと野暮用でね。調子はどう?」
「別に、風邪とかはひいてないけど」
「そう。ならよかったわ」
銀はそう言って、アパートの階段を上がる。
そんな銀を里見がぼうっと眺めていると、銀は階段の中腹で振り返った。
「そういえば、今日から引っ越してくる人がいるから、仲良くしてあげてね。貴方の隣の部屋よ」
「え、あ。うん。わかった」
また住人が増えるのか。
里見は小さくため息をついた。あまり人付き合いが得意ではないのだ。
と、そこで引越し業者のトラックがアパートの前で停まった。
里見は軒先から少し離れ、次々と運び込まれていく荷物の山を眺めた。
業者に混じって、私服姿で作業を眺める青年が一人。
頼りなさそうな顔をした青年だ。
里見はおそらくあれが新しい住人だろうと当たりをつけ、何の妖怪だろうかと考えた。霊力をあまり感じないな、とも思った。
里見はポケットから携帯電話を取り出して、時間を確認した。
携帯に付けられた狛犬のキーホルダーが、チリンと軽く揺れた。
◇ ◇ ◇
「おかえりなさい」
運び込まれた荷物を整理していた雅兎に、声がかかった。
玄関先には案の定銀が居て、雅兎は「ははは」と苦笑した。
「疲れました」
「お疲れ様」
雅兎が見たこともない、柔和な笑みを銀は浮かべた。
――能力を発動した後、里見はすぐに意識を取り戻した。
同時に、雅兎の魂は元の肉体へと戻っていった。
里見の一件が解決した瞬間に気が緩み、不完全に発動してしまっていた能力が開放されたのではないかと、銀は推測した。
魂が肉体へと戻った雅兎の帰還を、千代も亜李州も泣いて喜んだ。
それからしばらくして、雅兎は退院し、実家で落ち着いた生活を送っていた。 けれど、彼には気がかりな事がずっとあった。
里見がどうなったか、である。
雅兎としてはベストを尽くした自信があったが、現状の彼女を見ないことには安心ができない。
しかし、フォーブル観海寺を訪れる為に必要な、あとほんの少しだけの勇気が、彼にはなかった。
そんなもやもやとした生活を送っていた雅兎の元に、一通の手紙が届いた。
差出人は「観海寺銀」
「これ、お兄ちゃんの同級生からだよ」
そう言って手紙を持ってきた亜李州はどこか不服そうであったが、雅兎は手紙の封を引きちぎるようにして開け、中身に目を通した。
そして、今に至る。
「滞納分の家賃を払えって……さすがに『え?』って思いましたよ」
「ふふ、ごめんなさい。適切な言葉が思い浮かばなかったの。……でも、わざわざ引っ越してくる必要なんてなかったのよ? 浜脇さんも亀川さんも、心配しているんじゃなくて?」
「まあ、それなりに。でも、僕自身が望んだ事でしたから。……あ、あとあいつの事も、ありがとうございました」
雅兎の言う「あいつ」とは、彼についてまわっていた、あの相棒のことだ。
銀からの手紙には「魂ちゃんはきちんと、川へ送り届けてきたわよ」と書かれていた。
「ああ、別に良いわよ」
二人はそのまま部屋の外に出て、階段の上からアパートの周囲を掃除する里見に目を向けた。
「里見、どうです?」
雅兎の質問に、銀は「問題はないわ」と答えた。
「災厄が目覚めるまでの予測年数が飛躍的に伸びた。研究班は驚いていたけれど、自分たちの技術に間違いはないって躍起になってくれて……里見の処分は当面の間『未定』、という結論が出たわ」
「そっか」
雅兎が再びここを訪れて、初めて見せた安堵の表情に銀は微笑んだ。
そこで、里見が二人の視線に気づいて顔を上げた。
首を傾げる里見に手を振る銀。
そして、里見と雅兎の目が合った。
里見は一瞬固まると、不思議そうに首を傾けながら階段を上がってきた。
「銀、その人」
「ああ、はじめましてね。さっき言った、引っ越してくる人よ」
銀からの紹介を受けた雅兎は、笑いながら言った。
「柴石雅兎。大学三年生です。キミは?」
里見は、雅兎の薄い青色の瞳に一瞬見とれたが、ハッとなると首を横に振り、「ごめんなさい」と前置きした。
「わたしは観海寺里見。そこの高校の一年生です」
はじめまして。
笑い合う二人。
銀が「それじゃあ、わたしは行くわね」と言い残して二人に背を向けた。
「あ」
と、雅兎の声。同時にカランッ、と軽い音が響いた。
雅兎がパーカーのポケットに入れていた携帯電話を落とした音だった。
里見はそれを拾い上げると、自分もポケットから携帯電話を取り出した。
「わたしと同じ機種ですね。それに色も」
「本当だ」
その事でまた、二人は笑った。
「そうだ。……これ、引っ越しのお祝いに」
と、里見は反対のポケットからマスコットの付いたストラップを取り出した。
雅兎はそれを感慨深い表情で受け取り、「普通は逆だけどね」と笑った。
里見のこの行動に深い考えはない。
単純に、同じ機種だから取り間違えてしまわないようにという気遣いだ。
けれど、それでも雅兎は嬉しさを抑えきれず、緩む表情を必死で律した。
銀はそんな二人を残して、階段を降りる。
逆に階段を上がってきた瞳子が、銀の脇を通り抜けた。
「おおっ? その姿は兄ちゃんなのよ!」
階上から聞こえてくる賑やかな声は、さながらBGMだ。
そこで、不意に銀の服の中から現れた人魂。
雅兎に付いて、三途の川よりやってきた彼である。
人魂は未だ現世に残り、こうして銀と一緒に居た。「帰った事にしてほしい」というのは、人魂からのお願いであった。
「疲れましたよ、か……。そんな簡単なものじゃ、なかったでしょうに。ねえ?」
銀は気づいていた。
雅兎がどれだけの体感時間を経て、このアパートに戻ってきたのかを。
「単純に、里見がトラックの事故に遭わない世界を探すだけだったのならば、それほどの手間はかからなかったかもしれない。でも、彼はそれ以上の、最良の可能性を見つけ出した」
それは、銀が里見の隣にいて、不信感を覚えなかった時点で判明したことだ。
そもそも、里見が銀と暮らす事になった経緯に、あのトラック事故は必要不可欠であった。
あの事故があったからこそ、連合は里見の中に潜む災厄を見つけるに至ったのだから。事故がなければ、里見は野放しのまま災厄に蝕まれ、誰にも気づかれずに死んでいたかもしれない。
「どれだけの世界を旅してきたのでしょうね」
以前、銀が里見に聞いた時の答え。
「ある日突然、銀が現れた。その日、災厄について知った」
あり得ない可能性、とは言えない。
連合に所属する退魔師であれば、里見に近づいた時点で中に潜む災厄を探知出来る。
しかし、それは確率的には奇跡を超えたものだ。幼少期の里見に偶然退魔師が接触し、あまつさえそれが観海寺銀であるというのは、ご都合主義満載のドラマの脚本だ。
しかし、だからこそ、必ず妥協をしなければならない点も出てくる。
――その結果が、雅兎の存在であった。
連れて来られた里見は、柴石雅兎という名前に心当たりがなかった。
彼女の居た世界では、雅兎は生霊として現れなかった、という事を意味する。
二人の思い出も、絆も、ささやかな冒険も、全て無かったことになった世界。
それが、雅兎が妥協した唯一のポイントであったのだ。
「試行回数が沢山あると言っても、限度があるのよ。本当に、馬鹿な人だわ」
柴石雅兎はしかし、その事を誇らない。おくびにも出さずに笑うばかりだ。
ひけらかすのは、その出来事自体を評価して欲しい人の願望でしかない。
雅兎はただ、里見が笑えている空間を幸せに感じ、それだけで報われたと思っている。
「さ、貴方も心残りはなくなったようだし、今から川まではわたしが連れて行ってあげるわ」
人魂は大きく縦に揺れて見せ、銀はそれを見て笑う。
銀はアパートの全容を視界に収める事が出来る位置まで来て、振り返った。
「ありがとう」
小さな声で呟かれた一言は、向けられた当人に届くこと無く、風に乗せられて消えていった。
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