第26話
「……どうやって、里見を助けるというの?」
不意に冷静になった銀の口調に、雅兎は慌てて答えた。
「そ、そりゃあ、出来るかぎり過去の状態に戻して、」
「それでは無理だったでしょう? 頭を使いなさい。貴方は、どうして『それが出来る』と悟ったの」
「……勘、とは違うけど」
「そんな証拠も根拠もないものを信じるのは、他に打つ手が無くなって、諦めてしまった馬鹿だけで十分よ」
お互いに答えは見えていない。
しかし、銀も雅兎も感じていた。『何かに近づいている』という感覚を。
「貴方に使える力は、対象を過去の状態へと回帰させる事、だったかしら」
「吸血鬼もサツキも、大方そうだろうって。僕自身もそう思ってる」
「だったら、いっその事一年も二年も前のサツキに戻してしまえば? 災厄の成長まで戻せる保証はないけれど、試してはいないのでしょう?」
「いや、それはもう試した。できなかったんだ」
「……出来ない?」
銀の中で、何かが閃いた。
「……僕自身、何がどうなって、っていうのがわかりきってはいないんだけど……少なくとも、僕はずっと前の状態に戻せればと思って力を使った。だけど、どうもうまくいかないっていうか、その時は能力自体が発動しなくって」
銀は思考を加速させる。
雅兎の能力が発動した時の状況を、全て洗い出す。
夜雀に片足を斬り落とされた夜。
気絶した直後に能力が発動。以後、後遺症は無い。
「本当に、無かったの?」
雅兎の怪訝な顔を無視し、銀は思考の森を突き進む。
銀自身が雅兎の頬を突風で斬り裂いた時。
あの時の雅兎の言葉。
『意味がわからないのは僕だけですかっ。そ、それより早く手当を……て、あ、……れ? 何の、手当だ?』
落ち着きを取り戻すに従って、『雅兎自身、自分の身に何が起きたのか分からなくなっていた』
そして今しがたの言葉。「戻そうと思ったけれど戻せなかった」。
違和感の正体。
「――貴方は、能力を使う際に、どういう感覚に襲われるの?」
「え? どういうって」
「何かが見えたり聞こえたり、あるいは感じたりだとか」
雅兎は少し考え込み、答えた。
「旅、みたいな感じですかね」
「旅?」
「はい。……もっと別の、夢みたいな世界を見て、聞いて……そしたら、いつの間にか力が使えているというか」
カランッ。
銀は持っていた漆黒の刀を放り投げた。
重い音を立てて、刀は雅兎の足元を転がる。
「え?」
「拾いなさい」
雅兎が刀を拾い上げた瞬間。
銀は正面から雅兎に斬りかかった。
ガキンッ!
慌てて刀で受け止める雅兎。鍔迫り合いの火花が散る。
「質問をするわ。……貴方の力の正体は、何?」
「え?」
ザシュッ!
雅兎の背中を、鋭利な刃物が切り裂いた。
気づけば銀は正面に居ない。力を押し合っていたはずの相手が消え、バランスを崩した雅兎の背後に回り込んでいたのだ。
雅兎はよろめきながら銀から離れ、力を使った。
背中の傷は消え去り、痛みも消失する。
残ったのは、『今自分はどうやって攻撃を避けたんだっけ』という、曖昧な記憶だけ。
「貴方の力の正体は?」
再度、問いかけられる。
雅兎は「過去への回帰」と答えた。
「おそらく、不正解だわ」
ドスッ! 雅兎の右肩から左の脇腹にかけて、純白の日本刀が走った。
声にならない声をあげ、雅兎は地面に倒れる。
「……霊体は時間の概念に左右されない。でも、だからこそ、純粋なタイムスリップを使えるだなんて、あり得るわけがなかったのよ。だって、貴方は完全な霊体ではなかった」
「どういう、こと」
能力が発動する。
雅兎の身体を青白い光が包む。
その瞬間、銀が叫んだ。
「集中しなさい! 貴方の力が発動する時、何を見て、何を聞くのか!」
雅兎は薄れゆく意識の中、銀の声に耳を澄ませた。
何を見て、何を聞くのか。 その答えを掴むべく、感覚を研ぎ澄ませる。
――見えた。
覚醒する意識。
立ち上がる雅兎。傷は癒えていた。
「さあ――答えは?」
銀の問いに、雅兎は確信を持って答えた。
「……違う世界の僕を、連れて来た」
それが、答えだ。
雅兎には見えたのだ。
『間一髪で後退し、銀の斬撃を避ける。そして、無傷のまま同じ時間軸に至った自分の姿』が。
銀は満足げに頷くと、再び姿を消した。
今度は右側からの斬撃。
雅兎の肩に大きな傷が刻まれる。
しかし、雅兎は痛みに耐えつつ、再び『能力を発動させた』。
仕組みや原理が分かった瞬間、世界は一変する。
今の今まで見えてこなかった真理が、クリアに見えてくる。
柴石雅兎が使える力とは、対象を過去の状態に戻す事などではなかった。
彼は時間を操作することなんて出来ない。
彼が干渉出来るのは、あくまで『現在』の時間軸においてのみ。
無数の並行世界。
その中から、『望んだ結果』に至った自分を上書きする力。
雅兎は刀を中段に構え、大きく深呼吸をした。
目を見開き、すり足で踏み込む。
刀を振り上げ、誰もいない虚空へ向かって、縦に大きく振り下ろした。
三歩は離れた位置にいたはずの銀。 しかし――。
「っ」
迫りくる刃を、銀はすんでの所で受け止めた。
気づけば銀は刀が振り下ろされた場所に立っており、雅兎の一撃を防いでいた。
雅兎は、銀が『そこに移動してくる未来』を選択したのだ。
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