第25話
「災厄には、多少であるが知性や理性に近い感情があると確認されている」
銀は淡々と語り始めた。
「トラックの事故がきっかけで、未成熟なまま宿主を発見された災厄に、『このままでは外敵に見つかってしまう』という焦りが生じた。結果、成長を早める事につながった。……全て憶測ではあるけれど、災厄の成長速度を鑑みれば、他に説明がつかないの」
ゆらりと、銀が刀の切っ先を雅兎に向けた。
その動きを目で追っていながらも、雅兎の身体は金縛りにあったように動かない。
「……貴方は、里見を救ってくれた。それは間違いないわ。感謝している。でも……わたしは正直、貴方が里見の前に現れなければって、思った」
その言葉は、確実に雅兎の胸を抉った。
銀は悲壮な雅兎の表情を直視できず、視線を逸らす。
「わたしが、損得を考えずに怒りの矛先を向けられる相手は貴方しかいない。貴方はそれでも、わたしに憤れと言うの?」
「…………」
言葉が出なかった。
銀はそんな雅兎を尻目に、里見の方を向く。
その行動が意味する事を理解した雅兎は、叫んだ。
「でも、どうし」
ドスッ。
雅兎の足元、地面に刀が突き立てられた。
いつの間にか、銀がすぐ傍にまで来ていたのだ。
残像も、足音も、動いた形跡すらない。まさに瞬間移動。
これこそが、観海寺銀の力の一端。
「それが……貴方の力ですか」
「どうかしらね。わたしの力なんて、どうだっていいのよ」
銀の能力について、以前、座敷わらしの瞳子から聞いた事があった。
曰く――世界を創る。
銀を中心とした周囲数メートルが、彼女の統治する世界となる。
創造主たる世界の中で、銀は絶対的な存在だ。
横目で見ると、純白の刀身を鮮血が滴っていた。
雅兎の太腿が斬られていたのだ。
カッ!
刹那、雅兎の身体が青く光る。傷は瞬く間に『消えて』、痛みも遠ざかった。
「傷が癒えるのではなく、元あった状態へ戻る。時間の巻き戻し。回顧の力。でも……里見を救うには、それだけじゃ足りないの」
「くっ、そぉ!」
雅兎は身を捻って距離を取る。
「無駄ね」
ザシュッ!
一瞬で間を詰めた銀が、再び雅兎の太腿を斬り裂いた。
バランスを崩し、地面に肩を強打する。
ドスッ!
そのまま、左のふくらはぎに刃を突き立てられた。
「がああああ!」
絶叫。
意識が飛びそうになる激痛。
銀は空いた手を虚空へ伸ばす。
黒炎の中から、里見が愛用していた刀が現れた。
キィィィン!
雅兎を守ろうと突進した人魂を、銀は適当にあしらい、里見と同じ鎖で封じた。
「……最後に、聞かせてもらえる? どうして貴方は、里見に固執するの? 里見はかつて、貴方を殺した相手よ」
どうして、里見を守ろうとするのか。
そう問われて、雅兎に論理的な答えはなかった。
損得勘定など、とうの昔に捨てている。
あるのは、純粋な衝動だけ。
「僕は守りたいんだっ。今度こそ、守りたいんだっ! あの日、里見がトラックに撥ねられた時の情景が、目に焼き付いて離れないんだ!」
涙ながらの叫び。
銀は目を伏せて呟いた。
「……守れやしないわ。もう、遅いのよ」
「遅くなんて無い! 僕なら、出来る!」
雅兎の瞳には、決して折れない意志が宿っていた。
その強さに、銀は歯噛みする。
果たして、自分はここまで必死に、里見の生の可能性にしがみついただろうか。
確かに、持てるカードは全て切った。あらゆる可能性を模索した。
けれど、見つからなかった。だから諦めた。
しかし雅兎は、無駄だと分かっていても、我武者羅に挑み続けている。
銀は彼を愚かだと罵った。早く諦めて欲しかった。
彼が諦めなければ、早々に諦めて逃げ出した自分が、どんどん惨めなものに思えてくるから。
「っ、でも無駄だったじゃない! 何度その力を試したの? どれだけ繰り返した所で、里見はそのままの姿で、何一つ、変わってなんかない!」
里見を助けたい気持ちはあった。
けれど、それ以上に、銀は里見に対する想いの強さが雅兎に劣っている事を認めたくなかったのだ。
「まだ時間はあるじゃないか! その間、何度だってやってやるさ! どうして諦めなくちゃならないんだ!」
「言ったでしょ! もう遅いの! どちらにせよ、里見は処分される! 連合は里見の存在が確認できなくなった段階で、もうその方向で動いている!」
「そうなったなら、その時だって助ける!」
「出来やしないわ! 束になった連合の猛者を相手に、貴方に何が出来るっていうの! わたし一人相手にして、太刀打ち出来ない貴方なんかに!」
「っ、出来る、出来ないじゃないんだっ。やるか、やらないかだ! やらないと決めた時点で、未来は失われてしまうんだ!」
「――っ、そんなの」
銀は雅兎の太腿に突き立てた刀を強く捻り、大きく横に薙いだ。
パックリと肉が割れる。
「……ここで里見が助かったとして、どうせあと一年もしないうちに、里見は処分されてしまう。わたしはあの子に出会ってからずっと、助ける為の方法を模索してきたっ。何年も、何年も! それでも見つかっていないのよ!」
「っぐ、あっ、だ、だからって、だからって!」
雅兎の身体が青白く瞬く。
傷も、痛みさえも消え去った。
雅兎は立ち上がり、銀と真っ向から対峙した。
「山積みになった問題も、残された時間が例え僅かであったとしてもっ、僕は里見を守るって決めた! だったら、死力を尽くさないでどうするんだ!」
銀は知らずに溢れた涙を、首を振って払った。
絵空事だ。妄想だ。
現実的に考えれば、雅兎が里見を助ける事などできやしない。
銀は、雅兎を一瞬で消し去る力を持っている。
なのに、なぜ彼の言葉に耳を傾けてしまうのか。なぜ、彼を斬り捨てられないのか。
銀はその理由を確かめたいと思った。
理性では説明できない、心の奥底にある小さな残り火。
その正体を。
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