第22話
里見は黒く染めた刀身を逆手に構え、切っ先をアリシアに向けた。
ちらりと、壁に磔にされた痛々しい姿のサツキを見る。
「……ごめんなさい」
一転。
里見は一歩目を踏み出すと同時に、アリシアの懐に飛び込んでいた。
人間離れした超速度。 そこからの一閃。彼女にとって最強の一撃。
しかし――。
「傷、癒えてないみたいだね」
ガキンッ!
硬化された爪が剣戟を弾く。
アリシアは返しの手で里見の身体を切り裂いた。
ザシュッ。
頬に一筋の赤い傷が生まれる。
「動きがさっきより、ずっと遅いよ!」
「っ」
里見の傷は癒えていない。
万全の状態でも実力差は歴然なのに、今の彼女は満身創痍だ。
アリシアを沈めるには、奇襲による初撃しかなかった。それも防がれた今、勝ち目はない。
ふとした瞬間に、アリシアが里見の胸倉を掴み上げた。
「ふむ」
「ぐっ、う……」
「キミは――変わった魂をしているね。私に匹敵する魔力量がありながら、何の業も使わない。産生される魔力が根こそぎ、身体強化の方面に回されているのかな……いや、これは……」
顎に手を当てて思案するアリシア。
その隙を突き、里見がサマーソルトキックを放つ。
だが、アリシアはパッと手を離し、紙一重で回避した。
「っ!」
距離を取った里見は、再び加速。
アリシアの脇をすり抜けざまに一太刀振るう。
「遅いね」
当たらない。
里見は空中に足場を作って反転し、連撃を叩き込む。
けれど、今度は振るわれた刀身を、アリシアは素手で掴んで止めた。
「ぐっ」
「魔力を凝固させて足場を作る、ね。それだけの魔力を持ちながら、出来る事がその程度なんだから……弱いわけだ」
「ぁ」
アリシアの爪が、里見の喉元を深々と切り裂いた。
絶叫すら上げられず、里見の身体から力が抜ける。
アリシアはゴミのように里見を放り投げた。
雅兎の足元に、ぐたりと転がる少女の身体。
「里見!」
雅兎の声に、返事はない。
必死でもがくが、見えない鎖は解けない。身をよじるだけで、抱き起こすことすらできない。
アリシアは爪に付着した血をひと舐めし、ペッと吐き捨てた。
「不味いな」
興味を失った捕食者が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
里見の命の灯火は、今にも消えそうだ。
「くそぉ! 動けぇ!」
雅兎は無心になって身体を揺すった。
けれど、動かない。
「くそおおお!!」
ヒュンッ! 瞬間、金色の物体が頭上を掠めた。
パキィン、と鎖が砕ける感覚。
「最後っ屁、か」
アリシアの視線がサツキに向いた。
サツキは笑っていた。そして、そのままガクリと首を垂れた。
地面に転がっていた人形の残骸を使い、最後の魔力で雅兎の拘束を解いたのだ。
雅兎は転がるように里見へ駆け寄った。
「里見!」
返事はない。
多量の出血。半開きでうつろな瞳。
ぱっくりと開いた首元から、ヒューヒューと空気が漏れる音がする。
誰がどう見ても、もう助からない。
「その娘は、もう駄目だよ。じきに死ぬ」
「……だ」
「ん?」
「……嫌だ! 嫌だ! 里見が死ぬなんて、僕の知っている誰かがいなくなるなんて、そんなの、嫌だ!」
雅兎は里見の傷口に両手を押し当てて叫んだ。
その悲痛な姿を、アリシアは滑稽だと笑った。
しかし。
すぐにその瞳は驚愕に染まる。
雅兎の掌から、まばゆい青白い光が溢れだしたのだ。
「これは――!」
アリシアは反射的に右腕を振り下ろした。
吸血鬼としての本能が、「何かまずい事が起こる」と警鐘を鳴らしたのだ。
ガキンッ!
軽快な金属音が響く。
アリシアの爪は、硬質な何かに阻まれていた。
光が収まる。
そこには、ゆらりと立ち上がった里見の姿があった。
喉元の致命傷は、跡形もなく消え失せている。
雅兎はそれを見届けると、「良かった」と一声漏らし、糸が切れたように意識を手放した。
「……ははは、まさか、あの致命傷を完璧に癒やすなんてね。だけどっ」
アリシアが一息で距離を詰める。
里見の胸倉を掴み、宙ぶらりんに持ち上げた。
「無駄な事だったみたいだね? また、痛い思いをするだけだっ」
里見は狼狽していた。
自分がどうなったのか理解できていない様子で、キョロキョロと視線を彷徨わせている。
思考が追いついていないのだ。
「……さっきも思ったけど、やっぱりキミの魂はおもしろいな。何か、『飼って』いるように見える。どれ、餌をあげてみようか。そうすれば、少しはマシになるんじゃない?」
「っ、やめっ」
里見はアリシアの言葉の意味を理解し、もがいた。
それだけはダメだ。
けれど、アリシアはその願いを聞き入れず、里見の中に潜む『魔』を強制的に引きずり出した。
里見が日常生活で、霊力の大半を使って施し続けてきた封印。
それを、解いたのだ。
「あっ……」
ガクリと、里見が意識を失う。
アリシアの口角が愉悦に歪む。
しかし。
その笑みはすぐに凍りついた。
「――これは」
ゾクリ。
未知の恐怖。
アリシアは反射的に里見を放り投げた。
里見は地面を転がり、停止したところで、ゆらりと立ち上がった。
里見の身体から、どす黒い霊力が噴き出している。
一般人でも視認できるほど濃密で、禍々しいオーラ。
アリシアは知らずに後退っていた。
そんな自分に気づき、自嘲する。
己を律し、アリシアは里見に向かって駆け出した。
「……っ」
「死にぞこないの小娘がっ!」
本気の斬撃。
しかし、里見はそれを最小限の動きで避けた。
驚愕するアリシアを見て、里見はニヤリと口元を歪めた。
バサッ!
両翼を広げ、アリシアは空へ逃れた。
里見もまた、空気を蹴って追随する。
「馬鹿がっ」
空中戦なら負けるはずがない。
アリシアは確信と共に、槍のように鋭い右腕を突き出した。
「死ねぇ!」
心臓を狙う一撃。
しかし。
里見は刀の腹で、いとも容易くそれを受け止めた。
「っ、貴様――」
「もう、掴んだ」
里見の顔は、ずっと笑っていた。
邪悪で、無邪気な笑み。
腕、脚、翼、脇腹。
連続で繰り出される斬撃。
アリシアは全て避けようとするが、ことごとく身体を刻まれていく。
やがてアリシアは地面に叩きつけられ、片膝をついた。
眼前に着地した里見が、軽い動作で刀を振り上げる。
「そこまでよ」
凛とした声がホールに響く。
フォーブル観海寺の管理人、銀の声だ。
「……目覚めたみたいね」
里見は銀の姿を認めるや否や、獣のように飛びかかった。
神速の斬撃。
刃は確かに銀の身体を捉えた――はずだった。
手応えがない。
まるで虚像を斬ったかのようだ。
「――少し眠りなさい」
トン。
一瞬で背後に回り込んだ銀が、扇子で里見の首筋を叩いた。
里見は糸が切れたように意識を失い、その場に崩れ落ちた。
里見を抱きとめた銀は、ふぅと息を吐いて辺りを見回す。
「……大惨事ね」
気絶した里見。磔にされたまま意識を失ったサツキ。そして、満身創痍で倒れている雅兎。
銀は、ゆらりと立ち上がるアリシアへ視線を向けた。
「……なんだ、混血か」
その言葉に激昂し、アリシアが襲いかかる。
しかし、刃の先に銀の姿はない。
背後に気配。
「無駄よ。『吸血鬼もどき』なんかに、わたしは殺せないわ」
「黙っ」
アリシアの動きが止まる。
首筋に、冷たい切っ先が押し当てられていた。いつの間にか銀が奪った刀だ。
強さの次元が、まるで違う。
「運命に抗った人間の成れの果て……。本物の吸血鬼であったなら、わたしでも手こずったでしょうね。……貴方、わたしのものになりなさい」
「な、なに言って……」
「……ここで死ぬか、わたしの『所有物』としてこれから先を生きるか。選ばせてあげるわ」
しばしの逡巡。
アリシアはガクリと膝をつき、項垂れた。
◇ ◇ ◇
こうして、神隠し事件はその終幕を迎えた。
死者はゼロ。連れ去られた人々は、アリシアの言葉通り全員無事だった。
重傷者は一名。サツキだ。
彼女は一命を取り留めたものの、両の手のひらは完全に機能を失っており、切断を余儀なくされた。
そして。
事件解決の立役者となった観海寺里見は、行方知れずとなった。
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