第17話
翌日の日曜日。
寝転がっていた雅兎は、扉をノックする音に顔を上げた。
「雅兎、いる?」
「いるよー」
鍵を開けると、そこにはサツキが立っていた。美しいナチュラルブロンドがふわりと揺れる。
雅兎は昨日に引き続き、今朝も彼女に病院まで付き添ってもらっていた。
「どうした?」
「ほら、頼まれていた品、出来たわよ」
「お、ありがとう!」
差し出された紙袋を、雅兎は笑顔で受け取る。
サツキは当然のように部屋に上がりこむと、座布団を敷いてくつろぎ始めた。
雅兎も慣れた手つきで、インスタントコーヒーを二人分淹れてテーブルに並べる。
「そういえば、今朝も病院に来てたわね、亀川さん。本当に付き合ってないの?」
「しつこいな。あいつは妹みたいなもんなんだって」
「浜脇千代さんって言ってた、あの女性も?」
「千代さんは僕の母親であり、姉であり、とにかく家族。そういう邪な感情は無いよ。……それより、試してみよう」
「……そうね」
雅兎は紙袋を開き、『例の品』を取り出した。
以前からサツキに製作を依頼していた人形だ。
金髪でふわふわのロングヘア。西洋風のドレス。ブルーの瞳。
どことなく、製作者であるサツキ本人に似ている。
左手には小さな剣、右手にはやや大きめの盾を装備していた。
「すげえいい出来」
「当たり前でしょ」
雅兎の素直な賛辞に、サツキはふふんと鼻を鳴らした。
事の発端は二週間前。
いつものように魂とじゃれていた雅兎を見て、サツキが「大変じゃない?」と問いかけたのだ。
人魂や雅兎のような剥き出しの霊体は、霊力を垂れ流しているため妖怪に捕食されやすい。
普段はサツキや里見といった強者がそばにいるし、アパートには結界があるから平気だが、無防備であることに変わりはない。
「せめてその魂だけでも、安全にしてあげないとね」
そんなサツキの提案で、雅兎は人形の制作を依頼していたのだ。
「ほら、出てこいよ」
雅兎が呼ぶと、人魂がおずおずと姿を見せた。
テーブルに置かれた人形の前で、じっと見つめるように静止する。
「飛び込んでみなさい」
サツキの言葉に、魂は勢い良く人形に体当たりをした。
すぅっ、と魂が吸い込まれていく。
すると――。
本来は動くはずの無い人形が動き、ふわりと宙に浮いた。
「成功ね」
「おお……」
人形は身体の感触を確かめるように室内を飛び回る。
しばらくすると雅兎の近くまでやって来て、両手でバンザイをしてみせた。
「喜んでるな」
「ええ、見たところね」
表情の変化はなく、言葉も発せないが、これまで以上に感情がわかりやすくなった気がする。
しかし、この外殻のメリットは他にあるとサツキは語る。
「一応、そのドールには私流の結界を張ってあるわ。人間の身体同様に、霊力を外へ漏らさない壁としての役割。それと、外界とドールの間に認識阻害の膜を作る事で、霊力の無い人間には見えないようにカモフラージュしてる」
「何から何までありがとな、サツキ」
雅兎の礼に、サツキは視線を逸らして「いいわよ、別に」と答えた。
その時。
バタン、と勢いよくドアが開いた。 座敷わらしの鉄輪瞳子だ。
「やっほー、まさとんにさつきん。って、なんじゃこりゃあ! かわええ!」
瞳子は飛び回る人形を見つけると、一息で近寄り、捕まえて弄くり始めた。
人形も怖がってか、その手をするりと抜けて雅兎の背後に隠れる。
頬をふくらませる瞳子に、雅兎が尋ねる。
「何か用事?」
「おおそうだったのよ。さとみんが呼んでたぜ! 五分くらいしたら来てくれって」
そう言い残すと、彼女は風のように去っていった。
「まあ、伝言は受け取ったわけだし、行くか」
里見の部屋は隣だ。自分で呼びに来れば良いのに、と思いつつ雅兎は腰を上げる。 サツキも立ち上がった。
「別にまだゆっくりしてていいよ?」
「どうせこの部屋でやる事なんてないし、私も帰るわ」
「人形、ありがとな」
雅兎の肩に座る人形も、ぺこりと頭を下げる。
サツキは「いいわよ」と笑って、自室へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
雅兎は里見の部屋のドアノブに手をかけた。
少し力を込めて手首を回す。
ドアは簡単に開き――。
玄関から見える室内で、丁度着替える途中だった里見の姿が目に入った。
「あ」
「あ」
しばしの沈黙。
白い肌と下着が目に焼き付く。
バタンッ!
雅兎は顔を真っ赤にして慌てて扉を閉めた。
ゴツン、と額を扉に打ち付ける。
「ごめん!」
どうしようかとあたふたする雅兎。
しかし、部屋の中から聞こえてきた声に怒気はなかった。
「いいです、もう着替え終わりましたよ」
雅兎はバクバクと暴れる心臓を抑え、今度はゆっくりとノブを回した。
里見はすでに着替え終わっており、雅兎は安堵の息を吐き出す。
「着替えていました」
「あはは……」
そこで、雅兎は瞳子が「五分くらいしたら」と言っていた事を思い出した。
あれは、この時間を稼ぐためだったのか。自己嫌悪に陥る。
「ラッキースケベ体質なのかしら」
優雅な声。銀だ。
部屋の奥、布団を取り払われた炬燵机に湯のみを置いて佇んでいる。
「狙っているわけじゃないんですけど」
「当たり前よ。狙って里見の裸を見たのなら、もう殺しているわ」
「はは……」
冗談混じりのはずだが、目が笑っていない。雅兎は思わず後ずさった。
靴を脱ぎ、いつもの定位置に腰を下ろす。
里見と銀の真向かいになる位置だ。
「何か用事?」
里見はサツキ製の人形に興味津々のようで、瞳子と同じようにじゃれついていた。 無理やり捕まえたりしない分、人形も懐いているようだ。
しょうがないわね、と銀がため息をつきつつ話し始めた。
「近頃、この街で『神隠し』が起きている事は知っている?」
「神隠し、ですか」
「ええ。ニュースにもなっているのだけど、少し看過出来ないレベルになってきたからね。里見に動いてもらおうと思って……」
銀の視線が里見に向かう。
いつも感情を表に出さない里見だが、人形と戯れる姿はどこか楽しげだ。
次いで、銀の視線は雅兎に向けられた。
「ねえ、雅兎」
「はい」
「貴方にはまだ、覚悟がある?」
覚悟。
そう問われて、雅兎は銀の真意を悟った。
これまでのどの事件よりも危険性が高い。そういう警告だ。
「あります」
即答。
躊躇なく返事をした雅兎に、銀は笑った。
「貴方のそういう所、結構好きよ」
不意に見つめられ、雅兎は照れくさくなって視線をそらす。
「なら、早速情報収集」
里見は人形を開放し、真面目な表情に戻った。
「銀、神隠しにあった人たちが最後に目撃されたポイントのリストは?」
「勿論、これよ」
銀は資料を里見に手渡した。
今更ながら、雅兎はこの二人の関係性に疑問を感じた。
銀は里見の後見人であり、苗字も同じ。養子かそれに類する関係だろう。
けれど、ならばなぜ、銀は里見に危険な仕事を任せるのか。
雅兎には、血の繋がらない育ての親・浜脇千代がいる。
彼女の愛を一心に受けて育ってきた雅兎だからこそ、危険な任務を課す親と、それを快諾する子の関係が、歪に見えた。
「……良い? 今回はあくまで偵察で、あまり深くまで足を突っ込み過ぎないようにね」
「わかった。もう行くから」
里見は資料に目を通すと立ち上がった。
雅兎も慌てて後に続く。
部屋を出て行く二人を笑顔で見送った銀は、ふと顔を伏せた。
「ごめんなさい」
誰もいない部屋で、小さく、誰に向けたとも知れない謝罪がこぼれ落ちた。
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