第16話
個室の病室。
規則的な電子音が響く中、ベッドで眠る雅兎の顔がある。
雅兎自身は「早く戻りたい」という複雑な想いで、亜李州とサツキはそれぞれ慈愛と探究心を含んだ瞳で、その顔を見つめていた。
「……ねえ、亀川さん」
「あ、はい。なんですか?」
パイプ椅子に腰を降ろした二人。
沈黙を破ったのはサツキだった。
「雅兎の小さい頃のお話、聞いても良い?」
「え」
突然の事に、隣で棒立ちしていた雅兎の口から野太い声が漏れた。
「おま、何聞いて」
「……よく泣いていましたかね」
「お前も当然のように話し始めるのな!」
雅兎は突っ込みが唯一届いているはずのサツキに視線をやった。
サツキは不敵に笑うだけで、話の腰を折る気は更々無いようだった。
「昔の兄は、人と話すのが苦手で、面と向かって知らない人と話すとキョドるし、小学校とかで人前に立つ事があると絶対涙目になって声も震えてたし、勉強も運動も至って普通で、自慢出来るような要素は何一つありませんでしたね」
「もう、やめて……」
両手で顔を覆う雅兎。
精神的ダメージがすごい。
しかし、「でも」と続いた亜李州の声に、雅兎はおずおずと顔を上げた。
「それなのに我が強くって、嫌な事は嫌って突っぱねて。信念というか、そういうの、大事にする人で……少なくとも、私は大好きな兄でした」
瞬時、雅兎は顔を真っ赤にさせて沸騰した。
その様子を見て、サツキがくすくすと笑う。
「どうかしたんですか?」
「いいえ、なんでもないわ」
「くそっ、なんだよもう!」
耐え切れなくなった雅兎は、「部屋の外で待ってる!」と言い残して、逃げるように部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
亜李州の言葉に頷きで返すサツキ。
雅兎が部屋を出たタイミングを見計らい、サツキは声のトーンを落として質問を続けた。
「他に、何か無かった? 例えば――超能力が使えたとか、幽霊が見えたとか、そういう類の話で」
「なんですかそれ……別段、無かったように思いますけれど」
サツキは、少しでも雅兎の力を使いこなす手がかりになればと、情報を集めようとしていた。
基本的に、人間は誰しも特別な力を持つ可能性がある。
ただそれが肉体を介する事で制限され、現実世界へ干渉出来なくなるだけだ。それらが可能な特異点が、超能力者や魔法使いと呼ばれる存在である。
雅兎は今現在霊体であり、肉体というリミッターを外している。だからこそ力を自由に使えるはずなのだ。
もっとも、その力が「どういう力」であるかが不明で、だからこそ使いこなせていないのだが。
そして、この手の力は、成長の過程で芽生えることが多い。
生い立ちやトラウマ、育った環境などが大きく関係する。だからこそ、幼少期から付き合いの長い亜李州なら、何かしらのヒントを持っているのではないかと考えたのだ。
「あ、でも」
駄目だったか、とサツキが諦めかけたその時、亜李州が声を上げた。
サツキは身を乗り出す。
「何かあるの?」
「ええ。あれは……兄が小学六年生の時でした。私たちの通っていた学校って、六年生が一年生のお世話をするって決まり事みたいなものがあって……まあ、一緒に遊んだりだとか、その程度の事なんですけどね」
亜李州は懐かしむように笑い、けれどどこか悲しげな瞳で窓の外を見た。
「当時私は一年生で、同級生の女の子が兄とペアを組んだんです。二人が道路で遊んでいると、信号を無視したトラックが二人に向かって突っ込んで来て」
「それって」
「ええ。今回の事故みたいな感じで。……あの時、兄は身を挺してその子を庇って。……あの時はどちらも助かったんですけどね、今回もどうせ助かるだろう、なんて思っちゃったのかな……」
「…………」
サツキは沈黙した。
やはり、因果は巡っている。過去の経験が、今の雅兎を作っているのだ。
「あ、えっと、それでですね。なんでこの話をしたかっていうと……事故に遭った後に目覚めた兄が、しばらく妙な事を口にしていたんですよ」
「妙な事?」
亜李州の声が、少し潜まった。
「はい。『僕が見過ごしてしまった』って。『僕のせいで、あの子は死んでしまった』って。泣きながら、何度も」
サツキの背筋に、冷たいものが走る。
「でも、その事故で死んでしまった子なんて居なくて……あの時の兄はなんだか、怖かったです。お医者さんは記憶が混濁しているのかもしれない、なんて言ってました。事実、しばらくすると兄は落ち着いていて、下級生を助けた記憶の方もばっちり戻っていたみたいなんですけどね」
「……その、雅兎が助けた子って、今どうしてる?」
「それが、事故の日からしばらくして、家の都合で引っ越しちゃったんで、今どうしているのかわからないんですよね」
サツキの直感が告げていた。
――この話には、何かがある。
雅兎の力の発現を一度目にしている彼女には、あの力が「ただの回復」ではないという確信があった。
死んだと思った人間が生きていた? 記憶の混濁? それはまるで、事実そのものが書き換わったかのような……。
思考の海に沈みかけたサツキを、亜李州の声が引き戻した。
「私も、一つ聞いても良いですか?」
「うん、なに?」
亜李州は、真剣な眼差しでサツキを射抜いた。
「サツキさん、本当に兄の彼女なんですか?」
「…………」
「…………」
二人が見つめ合ったまま、しばしの時が流れる。
先に根負けしたのはサツキだった。 ふぅ、とため息を吐く。
「やっぱりバレた?」
「そりゃあ、兄にこんな外国の美人さんがなびくなんて、考えられませんもん。兄に好意を寄せる人なんて、ごくごく少数派です」
「その一人が、自分?」
「っ、知りません!」
亜李州はぷいっ、と顔を背けた。
m蒸気した頬や拗ねた様子が、先ほどまで部屋に居た雅兎とよく似ている。
サツキは面白いと思うのと同時に、少しだけ胸がちくりと痛んだ。
――ああ、私、焼いているのね。
その違和感を認めて、サツキは意地悪な笑みを浮かべた。
「でも彼の事好きな人、他に知ってるけどなぁ」
「え」
「ちなみに、雅兎もその人の事、憎からず思っているみたいなのよねぇ」
「……っ、う、嘘だぁ」
涙目になる亜李州。
サツキは追い打ちをかけるように、にっこりと微笑んだ。
「嘘じゃないわよ?」
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