第14話
その日の授業は滞り無く終了し、放課後を迎えた。
さっさと荷物をまとめはじめた里見は、寄り道などせず、直帰する構えだ。
雅兎は何となくだけど、気付いていた。
里見は日中、クラスの誰とも、学内の誰とも、口を聞かなかった。
それは雅兎が隣にいるからではない、と薄々察していた。
だからといって、雅兎に何かが出来るわけでもなく。
無言で里見の後ろを追った。
玄関で上履きを履き替え、里見は黙々と門へ向かって歩く。
話しかけた所で無視されるだろうとわかっていたから、雅兎も無言だ。
――しかし。
声をかけずにはいられない事態が起きた。
「ちょっと!」
雅兎は割りと大きめの声で里見を引き止めた。
どうかしました? という顔で里見が振り返る。
雅兎は「あっちあっち」と、部活動の部室が集まるプレハブを指差した。
里見は意味がわからなかったけれど、自分から離れて勝手に動きだす雅兎を放っておけず、ため息を落として後を追った。
◇ ◇ ◇
プレハブの裏。
およそ人目には付かないその場所には、一人の少女が居た。
膝を折り、背中を雅兎たちへ向けている。
遠くの喧騒に混じって聞こえてくるのは、嗚咽混じりの涙声。
「……さっき、泣きながら走っている姿が見えてさ」
「…………」
この状況を見せて、どうしろと。
思ったが、里見は口にしなかった。
雅兎とは、こういう人間であるとすでに知っていたからだ。
自分に何が出来るか、なんて事は考えない。
ただ、放っておけなかったから。
雅兎を動かすための材料はそろっていた。里見は小さく息を吐いた。
「何してるの?」
「え?」
ここで、雅兎の申し出を無視して帰る事は簡単だった。雅兎が頑として動かなくなったとしても、気絶させて連れ帰る事だって出来たはずだ。
……そうしなかったのは、自分も雅兎に感化され始めているからかもしれない。
「え、えっと……」
「聞こえなかった? 貴方、そこで何をしているの」
上から見下ろす、高圧的な態度。
正直、そんな態度では怖がられて逃げられるのがオチだろうと雅兎は思ったが……。
泣いていたはずの少女は、こちらを振り向いて立ち上がると、「悲しかったから」と、律儀に答え始めた。
「……私が悪かったんです。あの日、朝練をしようって誘って……朝、強くないの知ってたのに。私が……」
里見は、見るからに苛ついていた。
要領を得ない言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようで、癇に障ったのだろう。雅兎がそばでなだめていなかったら、今にも怒鳴りそうな勢いだ。
「……はぁ」
里見は虚空を見ながらため息を吐き出した。
後頭部に手をやり、やれやれ、といった具合で少女を一瞥する。
「……なんでわたしがこんなこと」
「え?」
ポツリと漏らした言葉を、里見は「なんでもないわ」とかき消した。
「とにかく、泣くのを止めなさい。そうじゃなきゃ、わたし、困るから」
他にもっと言い方はないのか。
雅兎は頭を抱えた。
けれど、里見自身はこの少女がどうなろうが知ったことではないのだろうし、現状、雅兎はこの子の涙を拭ってあげられない。
「え、えっと……」
「話、聞こえないの? 泣くのをやめてと言っているの」
なんとなく、同級生に対応する里見の姿は、観海寺銀に似ているな、と雅兎は感じた。
「ど、どうして……あ、貴方には関係ないんじゃ――」
「あるわ。貴方が泣き止まないと、わたし、帰れないの」
「意味……わかんない」
「ふん」
「おい里見。もちっと、ほら、言い方ってものが……」
「雅兎さんは黙ってて」
つい、里見は目の前に一般人が居る事を忘れ、雅兎に反論してしまった。
まずい、と思った時にはもう遅い。
少女は唖然とした顔で里見を見ていた。
「あ、っと……今のは――」
弁明をしようとした矢先、先に口を開いたのは相手の少女だった。
彼女は「あのっ!」と、鬼気迫る勢いで里見に迫り、顔を思いっきり近づけて言った。
「ほ、本当だったんですかっ?」
「ちょ、だから貴方、距離が近いのよっ」
払いのけるまではしないものの、里見は少女から距離を取り、息を整えた。
少女も失礼なことをしてしまったと自覚があるらしく、バツが悪そうに俯く。
「……怒らないから。何が『本当だった』のか、言ってみなさい?」
「……その、観海寺さんは、幽霊が見えるって、クラスの人が言ってたから」
「…………」
雅兎は「おいおい、バレバレじゃねぇか」と呆れていたが、これは根も葉もない噂である。
里見を毛嫌いする人間が、この学校には少なからずいる。
里見は愛想が良いとはいえないし、見た目だけで言えばかなりの美人だ。
学校にいる間、終始口を閉ざしているのをいいことに、変な噂を流した人間がいる。ただそれだけの事だ。
勿論、それは里見も知っていて、面倒くさいから否定しなかっただけである。
「否定しなくていいのか」
黙ってしまった里見に、雅兎が耳元で囁く。
里見は横目で雅兎を一瞥すると、一歩踏み出し、少女に近づいた。
そして、雅兎が思いもしなかった言葉を放った。
「ええ、そのとおりよ」
「んなっ」
「ほ、本当にっ?」
驚く雅兎と対照的に、声を弾ませる少女。
里見は少女には見えていないはずの雅兎の方を指差して言った。
「ここに、ものすっごくおせっかいで、ものすっっごく人が良くて、ものすっっっごく馬鹿な幽霊が居てね。貴方を放ってはおけないからどうにかしてくれって、頼まれたの」
「……いや、間違っては居ないけれどさ。もっと言い方、どうにかならなかったのか?」
「え、っと……」
案の定、女子生徒は困惑した様子だったが、里見は知るかと言わんばかりに続けた。
「だからわたしは、貴方を助けるわ。ここで見捨てたら、この幽霊がうるさくって、夜も眠れやしないから」
「ひどい言われようだ……」
「本当の事じゃない」
そんな会話を二人が繰り広げていると、女子生徒は口元を抑えながら笑った。 涙を流しながら、笑っていた。
「なによ」
「だから、その高圧的な態度を――」
ブスッとした様子の里見。
女子生徒は、さらにおかしくなって、今度は綺麗な声を上げて笑い転げた。
「あはは、ご、ごめんなさい……なんでだろう。悲しいはずなのに、どうしてだか……あの子と居る時みたいな、そんな感じがする」
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