第12話
「あ……」
「どうしたの、お嬢さん」
玄関を出て、門の外で少女と相対するサツキ。雅兎はその傍らにそっと寄り添った。
勿論、少女には雅兎の姿は見えていない。
少女は、先ほど肝試しに来ていたグループの中に居た子だ。
突然現れた外国人の美女に驚いて言葉を詰まらせていたが、すぐにその目をキラキラとさせた。
「うわぁ」
「?」
何に感動しているのか分からず、サツキが小首を傾げる。
「おばあちゃんと同じだ」
髪の色、目の色、おしとやかな雰囲気、整った顔立ち。
それらは少女の記憶にある思い出を呼び覚ますのに十分だった。
――一年前。
雅兎はこの少女と共に、この館を訪れていた。
豪雨の中、傘もささずに立ち尽くす少女。困り果てていた雅兎に、声をかけてくれたのが老婦人だった。
買い物帰りだった彼女は、二人を心配して自宅へと招き入れてくれたのだ。
今にも泣きそうな顔で俯いていた少女だったが、老婦人の優しさと不思議な手品に触れ、次第に笑顔を取り戻していった。
「えと、お姉ちゃんは、おばあちゃんのお孫、さん?」
「……うん。貴方は?」
「わたしはね、おばあちゃんの友達なの!」
少女は満面の笑みでそう言った。
「これ!」
少女は鞄から封筒を取り出し、サツキに差し出した。
サツキは驚きつつも受け取る。
『おばあちゃんへ』と、拙いひらがなで書かれていた。
「これは」
「お手紙。ずっと、渡したかったんだけど……おばあちゃん、いなく、なっちゃったから」
サツキが顔を上げると、少女の大きな瞳から涙が溢れ出していた。
それにつられるように、サツキの目にも大粒の涙が溜まっていく。
「……開けても、良い?」
「うん」
許可を得て、サツキはおもむろに便箋を開いた。
三つ折りの手紙。ゆっくりと開き、文面に目を落とす。
綴られていたのは、感謝の言葉だった。
あの日、両親の離婚を知って家を飛び出したこと。
行く宛もなく絶望していた自分に、傘を差し出してくれたお兄さんと、優しく抱きしめてくれたおばあちゃんのこと。
老婦人は少女に言ったのだという。
「おばあさんにも、遠くに住んでいる孫がいるの」と。
一緒に暮らしていなくても、心は繋がっているのだと。
「恥ずかしくて、あの時はありがとうって言えなくて……でも、お姉ちゃんに会えてよかった」
「……どうして?」
少女は胸に抱いていた人形を掲げた。
それを見て、サツキは言葉を失った。
「あの時、わたしに元気をくれたお人形、お孫さんが作ったんだって、おばあちゃん言ってたから」
少女の無垢な笑顔。
サツキは必死で涙をこらえようとしたが、もう無理だった。
ポトポトと、頬を伝って雫が落ちていく。
「ど、どうしたの?」
おろおろと心配する少女に、サツキは首をぶんぶんと横に振って、「違うの」と何度も呟いた。
見かねた雅兎が、サツキの肩に手を置く。
サツキがハッとして、雅兎を見た。
「あの人は、こうも言っていたよ。『毎年、あの娘が持って来る手紙が楽しみなんだ』って」
「…………」
「お祖母さんの葬式、僕も参列したんだけど、すごい数の人が居た。身寄りがあるわけでもない異国で、あれだけの人に好かれていたって事だよ」
「…………」
「……この屋敷が無くなったとしても、街の人たちの中に残ったお祖母さんの思い出は、消えやしない。それはサツキさんの中のもそうだし、僕の中のもそうだ。そしてきっと――」
雅兎とサツキの視線は、泣きながら笑う少女に向いた。
雅兎はサツキの背中をポンと叩く。
「ほら」と促すように。
サツキはしゃがみ込み、少女と視線を合わせた。
そして、その小さな手を両手で包み込んだ。
「ありがとう」
その言葉に、少女は花が咲いたような笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇
洋館の周囲には灰色のシートが張り巡らされ、破壊されていく様は音でしか確認できない。
雅兎と里見、そしてサツキの三人は、少し離れた場所に立っていた。
地面を揺らす振動。騒音に片目を瞑る。
事件から三日後の事である。
「あっさりと、納得してくれたんですね」
里見の言葉に、サツキは晴れ晴れとした表情で返した。
「思い出は、物にだけ宿るものじゃない。それに、私以外の心にも、お祖母ちゃんが居たっていう記憶が残っていたから」
ズドォォン。
一際大きな音が響く。
サツキはそこで屋敷と二人に背を向けた。
「行くの?」
里見の問いに、サツキは頷く。
「ええ。野暮用があるし、未練がましく壊れゆく様を見るだなんて、格好悪いもの……またね」
サツキは手を振り、歩き出した。
里見は頷き、雅兎は笑顔で片手を挙げた。
「お茶、美味しかった」
雅兎の言葉に振り返ったサツキは、満面の笑みで答えた。
「また淹れてあげるわよ」
◇ ◇ ◇
二人がアパートに戻ると、何やら引越し業者が荷物を運び入れている場面に遭遇した。
里見と雅兎は顔を見合わせる。
「新しい住人?」
「みたいですね。でも、引越し業者を使うってことは、人間?」
「かもね……まず、人かどうか確認するのに疑問が沸かなかった時点で、染められつつある自分に気づいたよ」
「何を今更言っているんですか」
頭を抱えて蹲る雅兎を、里見は見下ろす。
「来る者拒まず。うちの方針ですので」
「いつも突然現れますね」
いつの間にか里見の隣に立っていた銀に、雅兎は半眼を向けた。
そのまま立ち上がり、「それにしても」と続ける。
「こんなアパートに引っ越してくるなんて、よほど酔狂な人間も居たもんですね」
「あら、管理人の前でそんな言葉を使うだなんて、教育が足りないんじゃなくて?」
「……それじゃあ、僕はもう部屋に戻るので」
笑顔の裏に見え隠れする威圧感に気がつかないフリをして、雅兎は回れ右をした。
「待ちなさい」と肩を掴まれる。
雅兎が深いため息をついていると、アパートの階段上から、明らかに業者ではない顔が覗いた。
「ん?」
その女性は雅兎たちに気が付くと手を振って、駆け寄ってきた。
見覚えがあるどころか、つい先程別れたばかりの相手だった事に、雅兎も里見も目を丸くした。
「さ、サツキさん?」
「サツキ、でいいわよ。見たところ歳も同じくらいだろうしね。これからよろしくね、雅兎」
笑顔で手を差し出してきたサツキ。雅兎は慌ててその手を握り返した。
「どうしたの?」
里見が尋ねる。サツキは「ちょっとね」とウィンクした。
「……しばらく、こっちで生活しようって思ったのよ。そしたら、そこの管理人さんが、良い物件があるからって紹介してくれて。それにしても、日本の家ってのは狭いのね。お風呂も付いていないなんて、生活レベルが低すぎるんじゃない?」
「ふふ、賑やかになりそうね」
銀は扇子で口元を隠しながら笑った。
里見は納得したのか、ふぅと息を吐くと、何やらお菓子を取り出して貪り始めた。
正体不明の管理人。人間離れした女子高生。座敷わらしに、生霊の青年。プラス、西洋の魔法使い。
判明しているだけ数えてみても、なんともまあ、個性豊かな面々が揃ったものだ。
自分が置かれた状況がおかしくて、雅兎は笑ってしまった。
「はは……カオスだな」
そこで、くいっ、と袖を引っ張られる感覚があった。
「ん?」
里見だった。
彼女は雅兎の服の裾を掴み、上目遣いで言った。
「これからも手伝い、してもらおう、かなって」
「……急だな」
雅兎は向き直り、里見と対峙した。
里見はお菓子を運ぶ手を止めていた。
「……柴石さんを一目見た時、もしかしたら、って思った。それが、確信に変わった。……貴方を危険な目に合わせるわけにはいかない。でも、それだけじゃ駄目なんです。事実に向き合わないまま背を向けるんじゃなくて、償わないといけない」
「……観海寺さん。キミは、」
「わたしが、全力で貴方を守ります。だから、元の身体に戻る為のお手伝いをさせてください」
里見は深く頭を下げた。
雅兎は一瞬面食らったが、すぐに頷き、「こっちの台詞だよ」と笑った。
「僕も、今度こそキミを助けてみせる」
それは、里見に向けられた言葉ではなかった。
かつて、雅兎が助ける事の出来なかった命への贖罪。
雅兎は思い出していたのだ。
十二歳の時に体験した、あの日の記憶を。
雅兎にとって、これが「二度目の臨死体験」であるのだということを。
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