第11話
「……ここは、おばあちゃんのお屋敷なの」
すっかり戦意を喪失したサツキが、ぽつりと語り始めた。
場所は、戦闘で荒れた部屋とは別の客間。
埃っぽさは微塵もなく、手入れが行き届いていることが分かる。
あてがわれたソファに、雅兎と里見が並んで座る。対面のソファにはサツキ。
テーブルの上では、人形が淹れた紅茶が湯気を立てていた。
芳醇な香りが、雅兎の鼻腔をくすぐる。
「お祖母ちゃんは、日本人のお爺ちゃんと結ばれて、この土地で暮らしていたわ」
サツキは遠くを見るような目をした。
「一人娘……私のお母さんなんだけど、結構破天荒な人でね。お祖母ちゃんの祖国が見たいって単身イギリスに飛んで、向こうで私を産んだの。ま、すぐに離婚してシングルマザーになったみたいだけど」
パクッ、モグモグ。
里見は出されたお茶請けを絶え間なく口に運んでいる。
美味しそうに食べるその顔を見ては、雅兎も「少しは遠慮しようよ」とは言えなかった。
「昔から、一年に一度くらいのペースで私も日本を訪れていたわ。十数年前にお爺ちゃんが他界して、お母さんもお祖母ちゃんをイギリスに呼ぼうとしたの。でも――」
サツキは言葉を詰まらせる。
「お祖母ちゃんはどうしても、日本での思い出を忘れられなかったらしくて。ずっとここで暮らしていたの」
雅兎の脳裏に、記憶の中の老婦人が蘇る。
麗しい金髪。透き通るような青い瞳。
なるほど、サツキは確かにあの人の孫だ。
「……貴方の祖母が亡くなり、元々借家だったこの家は取り壊しが決まった。そこでこの館を守る為に?」
「ええ。ここには、大好きな祖父母の思い出がたくさん詰まっている。壊させるわけにはいかないって思った。でも、この家を買い取る財力なんて私には無いし」
「幽霊騒動を起こして、取り壊しを止めさせようって?」
「そうね。ただ、あまり派手にやりすぎても逆効果かもしれないし……全部手探りだったけど、結局こうなっちゃたわ」
しん、と静寂が降りる。
雅兎は紅茶をすする。里見はお茶請けを放り込む。サツキは俯く。
しばらくそうしていると、「ねえ」とサツキが顔を上げた。
その視線は、雅兎に向けられていた。
「え、あ、うん。あれ? 僕?」
「なんでそんなにどもってるのよ……貴方、どうして私を助けてくれたの? 私は、貴方達を殺そうとしたのよ?」
雅兎はカップを置き、一呼吸ついた。
どうして、か。
心中で自問する。
理由なんて考えて動いたわけじゃない。身体が勝手に動いていた。
それは、昔からの癖みたいなものだ。
かつて招いてしまった死。
最近、救えなかった命。
後悔が、身体を突き動かす。
雅兎には思い当たる明確な理由や、報酬への期待など無かった。
だから素直に、思いついた言葉をそのまま紡ぐ。
「……危ないって、思ったから。か、感謝されたかったとか、サツキさんが美人だったからとか関係なくて、えっと、な、なんだろうね」
頭を掻きながら、言葉を捻り出そうとしてみるものの、うまくいかない。
雅兎は笑ってごまかした。
「……怪我が無くて、よかったよ」
漏れてしまったのは、質問の答えとは全く違う部分にある本音だった。
その瞬間。
サツキが目を見開き、ツーッと頬を涙が伝った。
「え、ええ? ちょっと、え?」
「……泣かせるなんて」
「い、いや、そそ、そんなつもりじゃ……」
完食した里見からのジト目。
しかしそこに悪意はなく、銀のようなからかいの色が見えた。
「……昔ね」
サツキは涙を拭う。
「お祖母ちゃんと遊んでいる時に、貴方と同じように身を挺して助けて貰った事があったの。その時のお祖母ちゃんと同じ台詞を、貴方が言うから……感慨深くなっちゃって」
気恥ずかしくなって、雅兎は頬を掻いた。
「でも、ごめんなさい。やっぱり、ここを壊させるなんて許せない。思い出が、たくさん詰まってるの」
「…………」
サツキの切実な想いに、里見も困った顔をしている。
当然、雅兎たちにも取り壊しを止める権限などない。
ふと、雅兎は窓の外へ目をやった。
そこには――玄関の門前に、一人の少女が立ち尽くしているのが見えた。
その姿を見た瞬間、雅兎の記憶のピースがカチリと嵌まる。
一年前の出来事。
全ての辻褄が合った。
「――ねえ、サツキさん」
「ん?」
「お客さん、だよ」
雅兎は窓の外を指さして、そう告げた。
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