第10話
里見が右腕を広げ、虚空で軽く握りこぶしを作った。
ボウッ!
大きな黒い炎が右腕から立ち昇り、それが消失すると――抜身の日本刀が握られていた。
タンッ!
踏み込み一閃。
雅兎の目では追いつかない速度で、里見はすでに魔法使いの懐に飛び込んでいた。
ガキンッ!!
しかし、その斬撃は阻まれる。
魔法使い――サツキと里見の間に割って入るように、一体の人形が浮いていたのだ。その手には西洋風の剣が握られ、里見の一撃を受け止めている。
「っ」
里見はバックステップで雅兎の傍まで戻る。
サツキの高笑いが響いた。
「ふふふ、見ての通り私は人形使い。彼女たちの動きは、そこらの低俗な化け物なんて軽く凌駕するわよ。十人からの剣戟、避けきれるかしら」
十体の人形は、それぞれ剣、槍、斧、槌といった具合に異なる武器を構えていた。 サツキの指揮棒代わりの指先が動くと同時に、一斉に雅兎たちへ襲いかかる。
「危ない!」
ドガッ!
里見に脇腹を蹴り飛ばされ、雅兎はゴロゴロと床を転がった。
「っ、なにす……」
文句を言おうとして、雅兎は凍りついた。
先ほどまで彼が居た場所に、猛スピードで人形が飛び込んできていたのだ。床にめり込んだ槍。
もし蹴られていなければ、雅兎の身体には風穴が空いていただろう。
ヒュッ、と喉が鳴る。
雅兎は慌てて手近なテーブルの下に身を潜めた。
里見はと言えば、迫り来る人形の波状攻撃を飛んで避け、刀で受け流し、紙一重で凌いでいる。
「そこの青年君は戦わないのね」
「彼は無関係よ!」
叫びながら、里見が一閃。
しかし、前回の夜雀の時のようにはいかない。一体を斬ろうとすれば、残りの九体がそれを阻む。操っている敵は一人なのに、完全に一対十の構図だ。
里見の顔に焦りはないが、ジリ貧であることは明白だった。
「そおれ!」
サツキの一声で、人形たちが攻勢に出る。
サツキの両手が踊る。さながらオーケストラの指揮者のように、優雅に、かつ残酷にタクトを振るう。
人形たちがそれに応え、里見を蹂躙せんと殺到する。
キィン、キィン、ガギンッ!
鳴り止まない金属音が、雅兎の不安を煽る。
防戦一方の里見。
自分に何か出来る事は無いかと、雅兎は必死で頭を捻った。
「……出て行った所で、邪魔にしかならないよな」
足手まといにしかならない。自分の無力さに歯噛みする。
その時、ふと銀の言葉が脳裏をよぎった。
――死の淵に瀕した人間には、特別な力が宿る。
今のところ判明している力は「超回復」だけだ。それも、無意識に発動するレベルのもの。
だが、銀は言っていた。「雅兎が肉体に戻れない理由が力にある」と。そして、「回復の力がどう作用しているのかは分からない」とも。
つまり、雅兎の中に別の力が眠っている可能性はゼロじゃない。
「くそっ、どうにでもなれ!」
雅兎が勝算も無く飛び出そうとした、その瞬間だった。
一歩引いた位置にいたからこそ、見えてしまった光景。
里見の死角、物陰に隠れていた人形が一体、音もなく迫っていた。
人形は、全部で十一体居たのだ。
「っ」
伏兵に気づいた里見の顔に、初めて焦りが生まれた。
雅兎の身体は、思考よりも先に弾け飛んでいた。
死ぬかもしれないとか、邪魔かもしれないとか、そんな理屈は全て置き去りにする。
雅兎は雄叫びを上げながら、里見に迫る凶刃に向かって走った。
「うわあああああ!」
情けない声だと、自分で自分を笑う。
雅兎は里見と人形の間に割って入ると、右の手のひらを広げて叫んだ。
「なんか、でろぉ!!」
――シーン。
何も、出なかった。
「ぶへぇ!」
ドガァッ!
人形からの強烈なタックルが鳩尾に直撃。雅兎は盛大に吹き飛び、地面に転がった。
「本当に何も出来ないみたいね」
サツキが呆れたように呟く。
人形が武器を使わず頭から突っ込んで来たのは、彼女の情けだったのだろう。
「いいえ――ナイスフォローよ、柴石さん」
里見の声に、サツキがハッとする。
一瞬の隙。雅兎が作った、たった一秒の空白。
里見はそれを逃さなかった。
タンッ!
里見が高く跳躍する。
宙を舞う人形たちの中心へ。
「っ」
空中で、里見の足元が光った。
彼女はまるで空中に足場があるかのように、高速で空を駆けた。
光る足場を蹴り、縦横無尽に飛び回る。
ザシュッ、ズバッ、斬ッ!
すれ違う度に人形が両断されていく。
里見の得意フィールドである空中戦。彼女をそこに導く隙が出来た段階で、勝負は決していたのだ。
「う、嘘……」
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる人形たち。
着地した里見が、切っ先を下げずに歩み寄る。
サツキは後ずさりし、背中が食器棚にぶつかった。
ガシャン。
「あ……」
「貴方の負けよ」
喉元に突きつけられた刃。
雅兎は戦慄した。里見の身体から、どす黒い霧のようなものが溢れ出していたからだ。あれが、彼女の殺気なのだろうか。
「っく、化け物め!」
「人間、よ」
パチン!
サツキが指を鳴らした。
背後に転がっていた人形の欠片が動き、里見の背中へ跳びかかる。
「観海寺さっ、」
里見は振り返りもしない。
上体を反らし、超人的な反応速度でそれを回避した。
だが。
回避した軌道の先には、サツキが背にしていた食器棚があった。
人形のパーツが直撃し、巨大な棚が大きく揺れる。
グラリ。
棚の上に置かれていた、重そうな段ボール箱が傾くのが見えた。
その下には、腰を抜かしたサツキがいる。
――突っ込んでくるトラック。
――尻餅をつく女子高生。
あの時、あと一歩早ければ。
病院で聞いた訃報が、雅兎の胸を刺す。自責の念が、彼の身体を突き動かした。
「え」
雅兎はサツキに覆いかぶさった。
いわゆる「壁ドン」の体勢で彼女を棚に押し付け、自分の背中を差し出す。
「ちょっ、」
長い睫毛。ガラス細工のような青い瞳。
間近で見ると、やはり彼女は人形のように美しかった。
ズドォォォン!!
「ぐへぇ」
潰れたカエルのような声を上げて、雅兎は崩れ落ちた。
段ボールには相当重い本か何かが入っていたらしい。
首が痛い。というか、これ完全に折れてないですかね。
何か喋ろうとしたが、気道が潰れて声が出ない。
雅兎の身体は生霊だ
死にはしないが、痛みも感じるし、怪我も負う。
「自分は人間である」という強烈な自己認識が、肉体的なダメージを再現してしまうのだ。
「ちょっと大丈夫っ?」
サツキが慌てて雅兎を揺さぶる。
いや、どう見ても大丈夫じゃないでしょうが。
その時。
またしても、あの奇妙な感覚が訪れた。
夜雀に襲われた夜。銀に頬を斬られた時。それと同じ、温かい奔流。
「あ、あれ?」
ゆらりと、雅兎が立ち上がった。
首をゴキリと鳴らし、不思議そうに自分の身体を触る。
痛みは消え、潰れたはずの喉も元通りだった。
「えっと……あれ? 僕、どうなったんだっけ……」
きょとんとする雅兎を見て、サツキが涙目で震え上がった。
「あ、あんた……」
「ああ、その人『は』、人間じゃないわよ」
あっけらかんとした里見の言葉がトドメとなり、洋館にサツキの絶叫がこだまするのだった。
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