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4話:聖女ステラによると


「カトレア様はそんなに悪い人じゃないと思うんです」


 少女は中庭の椅子に腰掛けたまま、指先をぎゅっと組みしめる。声は震えていたが、かすかな覚悟の色も見えた。

 ステラ。家名すらもっていないこの学園でただ一人の平民の少女。

 家名だけではない。彼女は記憶も失っている。

 しかし、彼女の記憶喪失もきっと特別故の代償なのだろう。

 夜を切り取ったかのような黒の髪と瞳。そして手の甲に浮かび上がる星の紋章。

 星の紋章はこの国にとって特別な者――聖女の証でもある。


 聖女は浄化の能力を持ち、悪魔によって魔獣と化した獣や、汚染地域と化した土地を戻すことができる。

 魔獣は倒すのに困難で、汚染地域は作物が育たない。

 幸いなことに、今はまだ魔獣の目撃情報が少なく、汚染地域もまだない。

 しかし、ここ数年のうちに悪魔の動きが活発になり、大規模な汚染化が発生すると予言者が予言している。

 

 そんな中、ステラという少女は入学式が行われる数日前、生徒会が入学式の準備をしている最中、講堂にて強い光が瞬いた時に姿を現したのだ。それも生徒会長であり、この国の皇太子であるレオの前に。

 まるで運命に導かれているかのようなその出会いは一瞬にして話題となり、彼女の存在を知らしめた。


 人々にとっての希望であるステラの前に立ちはだかったのは皇太子レオ・イグナティウスの婚約者であるカトレア・ドリスタンだった。

 入学するまで存在すら疑われていた皇太子の婚約者カトレア。彼女が人々の前に現れて最初にしたことが、聖女ステラへの糾弾である。



 

 聖女はその能力や国への貢献度故に最終的には公爵ほどの地位を得ることが多い。また、過去の聖女たちの中には皇太子と結婚する者もいた。

 皇太子との婚約関係にあるカトレアにとってはステラは邪魔でしかなかったのだろう。


 ――世界が悪魔の手にかかろうとするとき、星の導きによって聖女はこの地に舞い降りる。

 

 そんな伝承がこの国には存在する。

 聖女に関する伝承は不明な部分もあるが、実際に過去、国が窮地に陥るとき、聖女が現れ救ってきた。

 しかし、聖女とはいえ、万能ではない。

 

 戦地で名を轟かせる剣士も初めて剣を握ったころは剣に振り回されるだろうし、賢者と称えられる魔法使いも初めての魔法は指先に宿る小さな魔力の塊程度だったはずだ。

 聖女だって同じだ。浄化の力を秘めているとはいえ、その力を正しく使いこなせていくようになるには努力と研鑽が必要だ。最初からできるわけではない。

 その上、剣士や魔法使いとは違って、その力の使い方を教えてくれる師も、知識が集約された本もない。あるのは、曖昧で夢ばかりが綴られた伝承だけ。

 聖女たちはそれぞれ自力で己の感覚や感性を磨き、徐々に実力を身に着けてきたのだ。


 だから、この地に舞い降りたばかりであろうステラはまだ聖女としての能力を行使できないのは当然で、むしろ、これから正解のない道を手探りで、国の人の命を背負いながら、必死に努力をしなければならない。待ち受けているであろう困難は底知れない。聖女はこの国の、この国民の一番の犠牲者だ。

 それを皇太子であるレオ・イグナティウスは理解している。理解していて、皇族である彼は、聖女であるステラにこの国のために身を捧げろと言わなければならない。

 レオは己の立場を解っているが、無情にもなりきれない。

 そんな彼だからこそ、できうる限り、ステラの助けになろうとした。


 最初に実行したのがステラの学園への入学だった。

 聖女を利用しようとする他の貴族から遠ざけるため、皇宮内の完全隔離から免れるため、皇太子本人の監視下ではあるが、ある程度自由の利く学園への入学へこぎつけた。

 学園も小さな貴族社会の縮図のようなものではあるが、本当の貴族社会にいるよりは遥かにマシではあるし、記憶を忘れ常識さえも分からないステラの慣れる場所としては適切な場所だった。それに、皇太子は生徒会長でもあるから、ある程度の融通やフォローもできる。

 もちろん、学園に入れたのは権力から守るためだけではない。

 何がきっかけで覚醒するか分からない聖女の浄化の能力。そのきっかけを増やす場としても適していた。学園ではあらゆる武術や魔法を身体的にも学術的にも学ぶ機会は多く、作法や踊りなど、社交界で必要な芸術面に関する授業もある。

 能力の覚醒のため、いずれ置かれる地位に相応しい存在になるため、彼女は学園で学ばなければならない。


 加えて、レオはステラとのコミュニケーションを取り、彼女の人となりを知るように努めたし、学園の何人かには彼女がスムーズになじめるように手回しもした。

 それこそ同学年として入学する予定のフリージアとカトレアにも協力を仰ごうとドリスタン家へと訪れたが、タイミング悪くカトレアは体調を崩していたこともあって手紙のみで伝える形になった。

 

 ただ、レオは、同学年で入学し、同性で、いずれ同じ地位になるであろうカトレア・ドリスタンにはステラにとって善き友になってほしいと思っていた。

 彼の知っているカトレアなら、極端に臆病で不器用ではあるが優しい心根をもつ彼女なら、つい表面上の仮面を被って役割を演じる自分と違って、素のまま天真爛漫なステラとは仲良くなれると思ったのだ。

 それが、どうだろうか?

 

『ここは選ばれた者のみが集う場。……平民のあなたが、何の権利でここに立っているのかしら?』


『まあ……偽物が殿下を騙くらかしてここまで来るなんて。たいした胆力ですわね』


『能力も示せず、素性もあやふやな方が“特別な存在”などと……。愚かですこと』


 入学式当日、久しぶりに目にしたカトレアは大勢の生徒たちがいる中でステラに対して心無い言葉を向けたのだ。

 いいや、入学式のこの件は始まりに過ぎなかった。


 すれ違うたびにカトレアはステラに嫌味を吐き捨て、時には彼女が口にしようとしたもの――学食の食事や、学友が贈った焼き菓子すら落として捨てたり、私物を壊すこともあった。

 特に酷かったのはステラを階段から突き落としたことだ。幸いにも傍にいたフリージアが抱き留めて事なきを得たが、危うく大けがに繋がるところだった。


 そんな嫌がらせの数々を受けているのにステラはなぜかカトレアを責める素振りは見せない。


 ――なぜ、悪い人ではないと?

「カトレア様は……たしかに、悪く言う人の気持ちも分かるんです。強引で、きつくて、怖いって思うこともあって……でも、あの人は、誰かを本気で傷つけようとしているわけじゃないと思うんです」


 ステラは少し間を置き、言葉を慎重に選んだ。

 彼女の声は穏やかだが、その奥に秘めた揺れがあった。


「たしかに、カトレア様は私にひどいことをします。言葉もきついし、ものを壊されたことだってある。でも……それでも、なぜか違うんです。全部が“ただの悪意”じゃないように思えるんです」


 ――ただの悪意じゃないとは?

「……たとえば、あの方は私を“平民の聖女”として公然と糾弾するけど、他の令嬢たちが同じことをしようとすると、まるで牽制するみたいに圧をかけて止めてしまうんです。……まるで、私に手を出させないようにしているみたいに。ちょっとツンデレっぽくないですか?」


 彼女は膝の上の手をぎゅっと握りしめた。

 記憶が曖昧なせいか、それとも別の理由か――ステラは言葉の先をうまく継げない。


「だから……ときどき思うんです。私が知っている“カトレア様”とは、違う人なんじゃないかって」


 ステラは小さく息を吐き、少し視線を落とした。


「それに……あの人を見ていると、思い出すんです。私の、大切な友達のことを」


 ――友達?

「……ええ。昔、私のそばにいてくれた人がいました。気が強くて、でもどこか無理をしていて、気づいたら……いなくなってしまっていた人」


 彼女は微笑もうとしたが、その表情は苦く歪んだ。


「カトレア様は、その子に似てるんです。強がって見えるのに、どこか壊れそうで……だから放っておけない」


 ステラはそう言って、ふっと空を仰いだ。

 その黒い瞳は夜空のように深く、何かを探すように遠くを見つめていた。


「……変ですよね。たしかに学園で会ったのは初めてのはずなのに、彼女の声を聞くたびに、彼女の仕草を見るたびに、心がざわざわするんです」


 ――貴女は記憶を失っているのでは?

 

 ステラは問いに答えず、含みのある笑みを浮かべた。

 

「……カトレア様もそうですが、私、もう一人、怪しいと思う方がいるんです」


 ステラは椅子から立ち上がり、軽い足取りで振り返り、顔をこちらに近づける。


「ねぇ、あなたは誰ですか? 私、ルークなんて攻略対象知らないです」




 ◆◇◆



 ステラの前に立ち、彼女の回答を手帳にメモしていた青年――ルークは大きく目を見開いて顔を上げた。


「は?」


 スターマジック。通称、スタマジという、主人公が星の聖女になって、攻略者たちと共に悪魔に利用された者を倒し、世界を救う乙女ゲーム。

 ステラが思い浮かべているそのゲームにはルークというキャラクターは存在しないのだ。




 

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