流行らぬなら流行らせてみせようビキニアーマー
冒険者達にビキニアーマーを流行らせたい。
それが我が生涯における最大の目的。この世に生を受けた理由と言っても良いだろう。
何故好きになったのか。きっかけはなんだったのか。いつだったか。どこだったか。
理由は判然としない。
幼い時分、父の書斎に入り込んだ時に見た、母の目が届かないように背表紙を擬装した刺激的な画集が始まりであった気もするし、違った気もする。
ともかく重要なのは私はビキニアーマーを愛しており、それをこの手で生み出す為にドワーフの頑固オヤジに師事し鍛冶を修め、防具屋を開いたということだ。
「いや、あんな実用性皆無のモン流行る流行らんの前に売れねぇだろ」と私の癖を唯一知る兄弟子からは困り顔で告げられた。
「綺麗なお姉ちゃんが着てるところ見たいなら、そういうの付けて遊んでくれる娼館があったけどそれで満足できねぇ?チラシあるぞ」とも言われた。
そういった存在は存在で素晴らしいと思う。だが真に求めているのはそれではない。
私が求めているのはビキニアーマーの為に創られた特別で淫靡な世界を享受することではない。
ビキニアーマーが日常の一つとして当たり前に存在し、誰もがそれを着込んだ人を視界に納めることを当然とする世界で息をしていたいのだ。
これを伝えると兄弟子は「あ……そう……」と顔を引き攣らせた。
癖を語り合った仲だから知っているが『ハーピーの無精卵でマーメイドの卵とじて親不在の親子丼作りたい』とかぬかしてた奴にあの引き方をする資格は無いと思う。
とりあえず娼館のチラシは受け取ったが、確かにあの変態の言うことにも相応の理がある。
冒険者たちは身を守りたいから防具を買うのに、肌を大きく出す所為で魔物の爪や賊の武器どころか、ちょっと鋭い草木や肌を刺す羽虫すら防げない防具は選ばないだろう。というかそれを防具と呼べるか怪しい。
だから私は、鍛冶を修めると同時に魔術書を読み漁り付呪を習得したのだ。膨大な労力が必要だった。頭に知識を詰め込み、取りこぼし、こぼれ落ちた知識をまた破裂しそうな頭に詰める毎日。気が狂いかける瞬間は幾度もあった。だが、ビキニアーマーへの渇望が何度も私を立ち上がらせた。
そして、完成したのだ。その美しいフォルムによる鎧の軽量化という長所はそのままに、実用性を兼ね備えたビキニアーマーが!
小虫程度なら侵入を許さない薄く透明な膜を皮膚より少し上に展開する付呪。それは衝撃に自動的に反応し武器を弾く結界にもなる。そして周囲の気温に反応し結界の中を常に人間が活動しやすい温度に保つ機構。回復魔術による揺れの痛みの軽減等その他諸々。
これらの魔術を長く行使する為に本人の魔力も利用すること、その為には本人の素肌に直接付けるのが最適であるとの結論に至った時は神は確かにおわすのだと天に向かい祈りを捧げた。
その魔力の消費も最小限に抑えられるよう魔術陣の細部の細部までこだわった。せっかくの鎧が戦士の方々に使ってもらえないのは嫌だった。
体力に自信が無くてちょっとだらしない体形の魔術師が着ているのも見たいが、やっぱりビキニアーマーの下に覗くバキバキに割れた腹筋も見たい。
兄弟子に完成品を見せてやったところ「お前これ付呪の特許取れるぞ……!?」と驚愕された。
取る気は無い。金は要らん。存分に広めろ。ビキニアーマーを流行らせろ。
そうして今日、店頭に並んだ完成品。
それは飛ぶように売れた。余らせること前提で用意した在庫もすべて捌ける。
「すげぇじゃねか!贔屓にさせてもらうぜ!」と豪快に笑いながら一着買っていった気風と体格の良い重厚な鎧を着けた女戦士。
「あの、徒党の人達の分も欲しくて」と三着買っていった先の曲がった三角帽子の下から鈴を転がすような声を覗かせる背の低い魔術師の女性。
「すんません、俺もいいすか」と一着買っていた戦士っぽいお兄さん。あんた着るの?いや、私は差別主義者ではないから売るには売るが。
お兄さんが買った辺りで、これ町中がビキニアーマーの男だらけになって膝から崩れ落ちることにならないだろうかと不安になったが、結局店を閉めるまでに来た男性の客は片手で数え切れる程度だった。危ない危ない。
さぁ、これから忙しくなる。在庫も補充しなければ。もっと売る。もっと売れる。
ビキニアーマーが当たり前の景色になる世界はすぐそこだ。
◇
おかしい。
いない。あれだけ売ったのに。あれだけ喜ばれたのに。
あれから相当経ったのにビキニアーマーを着ている女戦士を見かけることが一切無い。
冒険者達が屯す酒場にもなっている組合。そこへ鉱石採取の依頼をしに行った時に周囲を見渡してもその美しい姿は目に入らない。
会計をするカウンターで頭を抱える。俯く。どういうことだ。幻を見ているわけではない。確かに売り上げはあるのだ。ここは現実だ。
なのに何故──
カランカラン、と扉の鈴が来客を告げる。
「よっ!邪魔するぜ!」
聞き覚えのある気風の良い声。
即座に顔を上げるとそこには、見覚えのある人物が立っていた。
「いやぁ例のアーマー?すげぇなぁあれ。あんな形のおかげで普通の鎧より重くないし、何でか思いっきり動いても胸痛くないし、暑いのも寒いのもへっちゃらだぜ。ははは」
ビキニアーマーを買っていった体格の良い女戦士が、初めてこの店を訪れた時と同じように豪快に笑っていた。精々違うのは恰好くらいで、あの時着ていた重厚な鎧は見当たらず、動きやすそうな外套付きの布の服に身を包んでいる。
「今日も冒険の帰りでな。お前の防具のおかげで大助かりだったぜ」
「……は?」
なんだって?そんなわけがないだろう。だって──
「……え?いや、お客さん買っていったビキニアーマー着てないじゃないですか」
「はん?何言ってんだ。付けてるぜ。この服の下に。そういうもんだろ?」
私は膝から崩れ落ちた。