第2話
安曇野市の家に戻り、鍵を開けると玄関には白いワンピース姿の少女(?)が仁王立ちで私の帰りを待っていた。
この不機嫌そうな顔はあれだ、食べ物でカップラーメンしか用意していなかったことへの不満だろう。
ただ言いたいのは転がり込んできたのはコイツの方でなぜ私が衣食住の管理までしなくてはいけないのだろうか。
宇留鷲 碧依
髪色は黒、ロングに青の一部染め、背は150センチ程。
一般的に美少女として分類される容姿をしている。
──されど〝男〟だ。
甥がこんな格好をしている理由の説明はない、いらないとも思うし、されたところでなにも変わらない。
ともかく私が嫌う探偵になった血縁者である。
「ただいま」
「おかえりなさい。美味しいものが食べたいです」
「ばっか。カップラーメンさんだって頑張ってるんだから文句言うんじゃない」
「あいつらには愛が感じられないんですよ。作ってくれた人の顔を思い浮かべても出てくるのは機械仕掛けの鉄の塊です」
やれやれ、どうしてそんなことも理解出来ないのか、と言いたげに両手をあげる。
だったら外に行って飲食店にでも行けばいい。
大人気ミステリー小説家の兄からお小遣いは山ほど貰っているだろうに。
ただし残念ながら半径5キロ内に飲食店はおろかコンビニすらない。
体力のない碧依にその距離を往復させるのはあまりにも酷だろう。
「……兄さん」
少し後からやって来た 浅葱を見て、目を真ん丸にさせる碧依。
まるですっぴん姿で家の中でだらだらしていた女が突然彼氏が家に遊びに来た時のような慌てっぷりで顔を隠した。
「え!? なななななんでですか? なんで兄さんがここに!?」
「碧依が心配でつい来ちゃった」
「嬉しいですけど、心の準備っていうか、身だしなみというか、色々お見せ出来ない状況です! 家の中だってお客様を入れる状態じゃないので!」
おい、私の家だぞ。
「ちゃんと可愛いから、大丈夫だよ」
「えへへへ」
兄弟でなにやってんだ、コイツ等。
「ご飯のことなら安心しろ。浅葱が料理を振る舞ってくれるらしい」
「わーい!」
いつも以上に子供っぽくなる碧依、兄の前で可愛い子ぶっているのだろうか。
きゅるんきゅるんしている。
「なに作ってくれるんですか?」
「青葉さんもパスタ料理好きらしいから、タリアテッレの生パスタとそれに合うクリームソースを作ろうかなって考えてる」
「兄さんが作る料理ならなんでも世界一です」
ダメだ、この姪(♂)。
好きな男といるとバカになるタイプだ。
このタイプは大抵、男の見る目がないから手堅い失敗を繰り返す。
「浅葱。2階にもうひとつ部屋が空いてるからそこ使ってくれ。DVDの部屋には私の許可なくはいるなよ」
「うん、ありがとう」
手洗いうがいを済ませ、荷物を2階へと運んでいく。
手伝おうと兄の後ろを付いていこうとする碧依を呼び止める。
「ちゃんとした男がこの家に来たわけだからルールを決めよう。部屋に鍵はついていないから必ずノックをして浅葱の返事がない限りは入ってはダメだ。それから夜の22時以降は部屋に行かないこと、良いな?」
「ボクをなんだと思ってるんですか。礼儀ぐらいわきまえていますとも」
「まあ、碧依も年頃の男の子だから分かるな」
「ん? どういうことですか」
きょとんとされた。
大丈夫かな、色々と心配だ。
「あ、叔母さん。それより」
「〝青葉さん〟。兄の方は1回で理解したぞ」
「ニュースでやってたんですけど、電車のホームでモバイルバッテリーが爆発したって」
「またか、増えてるな」
「それなんですけど、今回のはたぶん違くて。モバイルバッテリーの〝爆発〟って言ってしまえばバンッじゃなくてボアッボボボなんです。バッテリーがショートして破裂した場合もありますが大きさを考えて破壊力はそこまでないはずです。でもニュースの事件現場の映像を見るにモバイルバッテリーがあったであろう鉄製のゴミ箱はほとんど破壊されていました」
「つまりあれか、どっかのバカがモバイルバッテリーをゴミ箱に捨てたとかじゃなくて、それなりの威力の爆発物を設置して意図的に爆破したって言いたいのか?」
「考えすぎですかね」
「そうだな、探偵って奴らはなんでもミステリーにしたがる」
無差別爆破テロなんて考えたくもない。
その妄想が現実にならないことを祈るばかりである。