プロローグ 青天の霹靂 part2
※ この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事件などとは関係ありません。
私の名前は松本 青葉。
長野県松本警察署の刑事第一課に勤めている警部である。
自分で言うのもなんだかなかなかの美人だとは思うのだ、ただしこの鋭い目のせいか、はたまた男勝りな性格のせいか、彼氏という生命体に縁がない。
結婚にやや焦りを募らせていた矢先に現れたのが東京から突然押し入ってきた甥、正しく説明するのなら女の子よりも女の子らしい姪(♂)だった。
私のストレスは上昇するばかり。
しかもそいつが私の嫌いな【探偵】という存在なのだから、さあ大変。
勘違いしないでほしいのだが、この〝嫌い〟は現実に限る。
フィクションのなにがしホームズなどは例外だ。
まあ、兄貴と違ってアガサ・クリスティーの方が好きなんだが。
現実の探偵ってのは浮気調査や物探しなんかで生計を立てている、言ってしまえばなんでも屋のような存在だ。
犯罪事件のコンサルタントをするような頭のキレる人物はほとんどいないと言っていい。
そもそも探偵という職種はフィクションのイメージが肥大化し過ぎていて、あまりにもこじゃれている。
そのレッテルに酔っているのだ、あいつらは。
ただ、愛車【日産レパードのゴールドツートンカラー】のハンドルを人差し指でトントンと叩きながらため息を漏らしているのは探偵のせいじゃあない。
少し心の中を整理した後、「よし」と喝を入れ、車を降りた。
そうして電話で呼び出された交番へと入っていく。
「警部! お疲れ様です」
出迎えてくれたのは女性の巡査。
それと数人の若者たち。
ひとりと、間隔をあけて3人の不良。
なぜだか不良だけが怪我をしている。
「あ、叔母さん。久しぶり。相変わらず綺麗だね」
「青葉さんだ。馬鹿者」
声変わりしていたが、こちらは昔会った姿をそのまま成長させれば納得できる。
間違いなく私の甥(兄の方)、宇留鷲 浅葱。
どことなく兄貴に似ており、嫌味のない、家族から見ても二枚目と言わざるを得ない高校生。
黒いディレクターズスーツを着ており大人びた紳士系。
「暴力沙汰を起こしたって聞いたが、どういう状況だ」
「いやぁ、それがね。青葉さんたちに会いに行こうと東京から来たわけだけど、少し観光も兼ねて松本市辺りを歩いていたんだ。そしたら彼等がね、気の弱そうな男の子をいじめていたわけさ」
「いじめてねぇよ! おな校のダチだっつってんだろうが」
「君は友人にお金をせびるのかい。それが友情だというのなら、母親のお腹の中に戻ってもう一度、人生を学び直した方が良い」
浅葱が彼等を睨みつけると不良たちはひるんだ。
「……うちの甥がすまなかった」
とりあえず頭を下げる。
状態を見るに殴り合いは 浅葱の圧勝だ。
ホコリひとつ付いていない。
細く見えるが鍛えているのだろうか。
「青葉さんが謝る必要なんてない。──だって俺は一度だって彼等を殴っていないのだから」
「は?」
「実はそうなんです警部。ですから私たちも対処を決めかねておりまして」
困ったように、本当に困ったように女性の巡査が私に助けをこう。
こんな状況になったことないから助言が欲しいと。
「 浅葱。……なにをした?」
「俺はただ、話しただけだ。彼等のことを、趣味だとか、家族のことだとか。そしたら急に仲間同士で殴り合いを始めてね。びっくりしたよ」
「悪いが、説明になってない」
どういうことだ。
「コイツ、俺の母親のこと全部言い当てやがった。知ってんのはダチだと思ってたコイツ等だけだ。なのにこんなわけのわかんねぇ奴にチクりやがってよ」
「チクるわけねぇだろ! テメ―のママが風俗やってるなんてコイツに教えてなんの得があんだよ。それよか、オレがケガで陸上やめたことなんでコイツが知ってんだよ。テメ―等が裏でバカにしてんだろ」
「オレなんか性癖バラされてんだぞ!」
わけもわからず、再び喧嘩が勃発しそうになったから巡査たちがなだめる。
あー……つまりあれだ。
宇留鷲 浅葱は間違いなく兄貴の息子であるということ。
服のしわ、持ち物、仕草、それらで人の秘密を推理し、あまつさえ感情すら揺さぶり、仲間割れを起こした。
家族でなければ、ぞっとして距離を取る。
もちろんぞっとはする、家族と言えども。
「なら甥は連れて行って構わないか?」
「……はい。お願いします」
助かると言わんばかりに頭を下げられた。
私が腕を差し出すとまるで社交ダンスの一幕のような綺麗な動きで立ち上がる 浅葱。
それからひとつ空気を吸って。
「そういえば、彼等のズボンのポケットに白い粉のようなものが入っている袋が見えましたけど、なんですか?」
巡査達は目の色を変えて不良たちの服を調べる。
すると言った通り、袋に入った白い粉。
私は課も違う為、関わらないように修羅場の交番を背中に車へ乗った。
「よくズボンのポケットの中の物が見えたな」
「だってあれは俺が入れたからね」
「は? 麻薬を彼等のズボンのポケットに」
「はは、やだな。ただの小麦粉だよ。スリの要領で、人差し指と中指だけを使えばポケットに物を忍ばせるなんて簡単だからね」
それを聞いて私は速攻エンジンをかけ、その場から離れる。
逃げろ逃げろ逃げろ。
「……なんでそんなことした?」
「いじめてた男の子から金を巻き上げた時に彼等が言ったんだ。『テメ―が金に困って死んだとしても、オレ達にはかんけーねぇ』って。あまりに腹が立ったから、ついやっちゃうんだ」
すっきりした、心からそう思っている笑顔。
正義感か、はたまた別の何かか。
「よく分かった」
この甥が、姪(♂)探偵宇留鷲 碧依とは違うベクトルの問題児であるのだと。