第三十二話:中原決戦
第三十二話:中原決戦
合肥の惨敗から、二年。
呉の国は、嵐の後の静けさを取り戻し、そして、以前とは比べ物にならぬほどの強靭さを身につけていた。
呂蒙と陸遜。かつて対立した二本の柱は、今や互いの長所と短所を認め合い、固く結束していた。
呂蒙は、丞相として内政と兵站の整備に全力を注ぎ、国を磐石のものとした。その病は彼の肉体を蝕んでいたが、彼の知性はますます冴え渡り、呉の国力は史上空前の充実を見せていた。
陸遜は、大都督として合肥の失敗を糧に、軍の再編と猛訓練に当たった。彼の指揮下、呉軍は、驕りを捨て、慎重さと大胆さを兼ね備えた、恐るべき精強な軍隊へと生まれ変わっていた。
そして、西方の諸葛亮と再び連携し、いよいよ中原の心臓部、許昌と洛陽を最終目標とする、呉蜀共同の最終作戦が開始された。
その規模は、三国時代のいかなる戦いをも凌駕する、文字通り、天下分け目の決戦であった。
対する魏の司馬懿は、絶望的な状況に追い込まれていた。
東西からの同時攻撃という圧倒的な軍事的圧力に加え、国内各地では、呉蜀の調略に応じた反乱が頻発し、その鎮圧に兵力を割かれていた。
彼は、残存する全ての兵力を、中原の広大な平原、官渡の古戦場近くに集結させた。だが、それは彼の本意ではなかった。呂蒙が指揮する呉の水軍が、黄河と淮水を結ぶ運河を抑え、魏軍の生命線である兵站を脅かし続けていたからだ。平原での短期決戦に持ち込み、呉蜀の連携を断ち切ることだけが、魏に残された唯一の勝ち筋であった。
それは、名将・司馬懿の生涯における、最大の賭けであった。
そして、中原の広大な平原で、三国時代の雌雄を決する最終決戦の火蓋が切られた。
地平線の彼方から、呉蜀連合軍の旗指物が、まるで巨大な津波のように押し寄せてくる。その数、五十万。対する魏軍は、三十万。数の上では、魏は明らかに劣勢であった。
「全軍、陣形を整えよ!我らが為すべきは、地の利を活かし、敵を討つこと!平原での力比べは愚策ぞ!」
呂蒙は、自ら最前線に立ち、彼が育て上げた重装歩兵部隊に、鉄壁の方陣を組ませた。その役目は、魏軍の精強な騎馬軍団の猛攻を、ただひたすらに受け止め、耐え抜くこと。
「陸遜、頼む!」
「お任せを!」
呂蒙が築いた巨大な「盾」の背後で、陸遜が呉軍の主力を率い、鶴翼の陣を敷いていた。彼の役目は、防御に徹する呂蒙の部隊を囮とし、疲弊した魏軍の側面を、軽快な機動力を持つ部隊で奇襲すること。二人の天才が、完璧な役割分業を見せた。
一方、連合軍の左翼では、蜀軍が動いた。
諸葛亮が考案した「八卦の陣」は、離合集散を繰り返し、まるで生き物のようにその形を変え、魏軍を翻弄する。
その時、蜀軍の一部隊が、突出してきた魏の猛将・張郃の部隊を包囲殲滅する好機と見て、予定の進路をわずかに逸脱した。その動きは局所的な勝利をもたらしたが、結果として呉軍の呂蒙が築いた防御陣の一角が、意図せず魏軍の主力の前に晒される形となった。
「左翼は何をしておるか!陣形が崩れるぞ!」
呂蒙の部隊は、想定外の方向から猛攻を受け、にわかに動揺する。呂蒙は、即座に予備兵力を投入してその穴を塞ぎつつ、舌打ちした。
「孔明め、自軍の功を優先したか…!」
一瞬、彼の心に同盟国への不信がよぎる。だが、彼はすぐにその感情を押し殺し、全軍の指揮に集中した。この程度の不協和音は、大軍の連携にはつきものだと、彼は自らに言い聞かせた。
陣の中から放たれる、改良された連弩の矢は、魏軍の兵士たちを次々と射抜いていった。
「怯むな!陣形を崩すな!」
司馬懿は、持てる全ての知略を尽くして抗戦した。彼は、巧みな兵の入れ替えで、呉蜀軍の猛攻を巧みに受け流し、一進一退の攻防を繰り広げた。
その指揮は、まさに神業であった。彼は、たった一人で、呂蒙、陸遜、そして諸葛亮という、三人の天才を同時に相手にしていたのである。
凄惨な激戦は、数日間にわたって続いた。
平原は、血の河と、屍の山で埋め尽くされた。
しかし、時間の経過と共に、兵力と物量で勝り、何より兵站を維持し続けた呉蜀連合軍の優勢は、決定的となっていった。
「…今だ!」
呂蒙は、魏軍の騎馬隊の突撃が、数日間の激戦で明らかに勢いを失い、その動きが一瞬鈍ったのを見逃さなかった。
彼は、これまで温存していた最後の切り札を、ついに投入した。
陸遜率いる、呉が誇る精鋭部隊である。
その部隊は、魏軍の側面を大きく迂回すると、一直線に、司馬懿の本陣へと突撃した。
「な、何だと!?あれは陽動ではなかったのか!」
司馬懿は、初めてその冷静な表情を崩した。
彼は、呂蒙の防御陣と諸葛亮の八卦陣に全神経を集中するあまり、この陸遜による決定的な一撃の存在に気づくのが、一瞬だけ遅れた。
その一瞬が、勝敗を決した。
陸遜の部隊は、魏の本陣になだれ込み、司馬懿の旗本を蹂躙した。
指揮官を失いかけた魏軍の戦線は、ついに総崩れとなった。兵士たちは、武器を捨てて逃げ惑い、その統制は完全に失われた。
司馬懿は、血の涙を流しながら、残存兵力を必死にまとめ、洛陽へと、屈辱的な撤退を開始した。
中原決戦は、呉蜀連合軍の、決定的、しかし多大な犠牲を払った上での勝利に終わった。
まず、漢の旧都・許昌が、戦わずして城門を開いた。
そして、魏の首都・洛陽への道が、連合軍の前に、大きく、そして完全に開かれたのである。
天下の趨勢は、この日、この瞬間、決した。




