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第二十五話:龍虎、相打つ

第二十五話:龍虎、相打つ

呂蒙が呉軍の改革に心血を注いでいた、まさにその頃。

西方の蜀漢でもまた、一人の天才が、来るべき決戦の日に向けて、着々とその準備を進めていた。

丞相・諸葛亮孔明。

彼は、第一次北伐の失敗を糧に、蜀の国力を回復させ、兵糧輸送路を整備し、再び中原を突く機会を、静かに窺っていた。


白帝城の盟約に基づき、呂蒙と諸葛亮は、密使を介して頻繁に連絡を取り合っていた。その書状のやり取りは、もはや単なる同盟国間の外交辞令ではなかった。それは、互いの才覚と、国を思う情熱に対する、深い敬意と信頼感に満ちた、二人の天才による「対話」そのものであった。


『孔明殿。貴殿の北伐、その志の高さに敬服する。されど、蜀の力のみで、魏の堅塁を破るのは至難の業。時期尚早と愚考する』

呂蒙は、そう書き送った。


『子明殿。貴殿の雌伏、その深謀遠慮に感服する。されど、好機は永遠には続かぬ。魏が内憂を克服せし時、我らに勝ち目はなし。時は、今を逃して他にないと存ずる』

諸葛亮は、そう返した。


二人の戦略家の意見は、一見すると対立しているようであった。だが、その根底にある思想は、奇しくも完全に一致していた。

――魏を破るには、呉と蜀が、同時に、しかし異なる目標に対して攻勢をかけることが肝要である。

一方が陽動となり、もう一方が実利を得る。そして次の戦では、その役割を交代する。さながら、両翼から獲物を追い詰める、二頭の猛虎のように。


そして、ついにその機が熟した。

呂蒙の軍制改革が成り、呉軍は、かつてとは比べ物にならぬほどの精強な陸軍を手に入れた。西では、諸葛亮が北伐の準備を完了させた。


『子明殿。時は満ちた。我は、漢中より祁山(きざん)を攻める。貴殿は、中原の東門を叩かれよ』

諸葛亮からの、短い書状が届いた。


『孔明殿。承知した。我が呉の龍が、貴殿が率いる蜀の虎と共に、中原で舞う日を、心待ちにしていた』

呂蒙は、そう返信すると、病を押して立ち上がった。


建業の郊外に、呉の全ての軍勢が集結していた。

天を衝くほどの旗指物。磨き抜かれた武具の森。そして、兵士たちの顔には、不安の色はなく、ただ、自分たちの指揮官への、絶対的な信頼と、勝利への確信が漲っていた。

それは、呂蒙が、己の命を削って作り上げた、新生呉軍の姿であった。


呂蒙は、愛馬に跨り、全軍の前に立った。

彼の背後には、陸遜、韓当、周泰、潘璋といった、呉が誇る将星たちが並ぶ。彼らの間には、もはや路線対立の影はなく、ただ、国難に立ち向かう一つの固い結束があるのみであった。


「者ども、聞け!」

呂蒙の声が、マイクもなく、しかし数十万の軍勢の隅々にまで響き渡った。

「我らが雌伏の時は終わった!今こそ、呉の真の力を見せる時ぞ!西方の諸葛亮丞相と連携し、魏の圧政に苦しむ中原の民を解放するのだ!」

彼は、天に向かって、その剣を抜き放った。

「この一戦に、中華万民の未来がかかっている!全軍、進め!」


「「「オオォォォォッ!!」」」


地を揺るがす鬨の声と共に、呉の大軍は、淮南(わいなん)の地から、魏の領土奥深くへと、その第一歩を踏み出した。

それは、長き眠りから覚めた巨大な龍が、ついにその雄姿を現し、天へと昇らんとするかのようであった。


西に、蜀の猛虎。東に、呉の昇り龍。

龍虎、相打つ。

中原の覇権を巡る、三国時代の、そして英雄たちの、最終戦争の火蓋が、今まさに、切って落とされたのである。

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