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第二十話:白帝城の託孤

第二十話:白帝城の託孤

白帝城(はくていじょう)は、長江の激流を見下ろす、白亜の孤城である。

辛うじて城へと逃げ延びた劉備は、完全なる絶望の淵にいた。

桃園で義を結んだ二人の義弟は、無惨な死を遂げた。己の復讐心のために、数十万の将兵を犬死にさせてしまった。その耐え難い絶望感と、激しい自責の念から、劉備は重い病の床に就いた。

「朕の、朕のせいで…皆を死なせてしまった…雲長にも、益徳にも、合わせる顔がない…」

高熱に浮かされながら、彼はうわ言のように自らを責め苛むばかり。その姿は、かつて仁徳の君主と謳われた面影もなく、ただの弱り果てた老人であった。


一方、夷陵で大勝利を収めた呉軍の内部では、追撃論が沸き起こっていた。

「この勢いに乗じて白帝城まで攻め上り、劉備の首を刎ねるべきだ!」

しかし、大都督・陸遜は、その熱狂を、氷のように冷たい一言で制した。

「深追いは禁物だ。我らの背後には、常に魏という飢えた狼がいることを忘れるな。我らが蜀に深入りし疲弊したところを、司馬懿が黙って見過ごすはずがない。今は、この勝利を確実なものとし、国力を回復させることが先決だ」

彼の冷静な判断は、勝利に沸く諸将を抑え込んだ。


白帝城で、劉備の病状は日増しに悪化していった。

自らの死期を悟った彼は、丞相・諸葛亮を枕元に呼んだ。

「孔明よ…我が才は、丞相の十倍も及ばなかった。ただ、激情に駆られ、大業を誤った。朕の命も、もはやこれまでであろう」

劉備は、涙を流す諸葛亮の手を取り、最後の言葉を振り絞った。

「我が嫡子・劉禅が、もし補佐するに値する人物であれば、補佐してやってほしい。だが、もし彼が皇帝の器でなければ…君が自ら、この蜀の主となってくれ」

それは、君主が臣下に遺す言葉としては、ありえないものであった。劉備の、諸葛亮に対する絶対的な信頼の証であった。

「もったいなきお言葉!この諸葛亮、肝脳地に(まみ)れるとも、必ずや少主をお守りし、忠節を尽くし、死ぬまで戦い抜く所存にございます!」

諸葛亮は、床に額をこすりつけ、血の涙を流して誓った。


劉備は、その言葉に安堵したかのように、静かに微笑んだ。そして、漢王朝復興の夢を胸に、波乱に満ちたその生涯を、静かに閉じた。享年六十三。

英雄の死は、一つの時代の終わりを告げていた。

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