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第十八話:猛将の死

第十八話:猛将の死


【本文】

第十八話:猛将の死、断たれた絆

章武元年(二二一年)、夏。

劉備は、義弟・関羽の仇を討つべく、自ら七十万と号する大軍を率いて長江を下った。その進軍は、呉の地を震撼させた。

もう一人の義弟、車騎将軍・張飛は、一万の兵を率いて閬中(ろうちゅう)の地から本隊に合流すべく、出陣の準備に追われていた。

「兄者!雲長兄者!この益徳、必ずや呉の若造どもの首を刎ね、兄者たちの無念を晴らしてみせるぞ!」

彼の心は、復讐の炎と、功を焦る激情で燃え盛っていた。その焦りが、彼の理性を麻痺させていた。


張飛は、出陣を前に、配下の武将である范彊(はんきょう)張達(ちょうたつ)を呼びつけた。

「三日のうちに、全軍の武具と旗指物を、弔いのための白装束に作り替えよ!もしできねば、軍法をもって処断する!」

それは、物理的に不可能な命令であった。

「将軍、三日ではとても…どうか、今少しの猶予を…」

二人が平伏して懇願するが、張飛は聞く耳を持たなかった。彼は激怒し、二人を樹に縛り付け、血が滲むまで鞭で打ち据えた。

「言い訳は聞かぬ!明日までにできねば、お前たちの首を斬り、その血で軍旗を赤く染めてくれるわ!」

死を宣告された二人は、絶望した。そして、その絶望は、やがて主君への殺意へと変わった。彼らにとって、もはや生き延びる道は一つしか残されていなかった。


その夜。

張飛は、陣営で一人、明日からの戦に思いを馳せ、浴びるように酒を飲んで、そのまま寝入ってしまった。そのいびきは、雷鳴のように天幕を揺るがしていたという。

深夜、二つの影が、その天幕に忍び寄った。范彊と張達であった。

彼らは、張飛が日頃から愛用し、枕元に置いていた短剣を、音もなく抜き取った。

そして、ためらうことなく、眠れる猛虎の、その屈強な胸に、渾身の力で突き立てた。

「ぐっ…!」

さしもの猛将も、この不意打ちには抵抗のしようもなかった。張飛は、信じていたはずの部下の顔を、驚愕に見開いた目の奥に焼き付けながら、あっけなく絶命した。

桃園の誓いも、長坂の仁王立ちも、全てが、あまりに呆気ない、裏切りという名の刃の前に消え去った。


二人は、張飛の首を切り落とすと、闇に紛れて陣を抜け出し、その首を手土産に、長江を下って呉の孫権の元へと亡命した。


張飛暗殺の報は、前線で指揮を執っていた劉備の元に、雷鳴となって突き刺さった。

「益徳が…?部下に殺されただと…?」

二人目の義弟まで失った。それも、戦場ではなく、最も卑劣な裏切りによって。

劉備の心は、完全に壊れた。悲しみは、もはや怒りを通り越し、天をも呪う狂気へと変わった。

「おのれ孫権!張飛を殺した賊を受け入れたか!この恨み、天地が覆ろうとも晴らさずにおくものか!」

彼の心は、もはや復讐の鬼そのものであった。そしてその狂気は、蜀軍の進撃を、破滅へと向かう一本道へと、加速させていったのである。

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