表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/42

第十二話:君主の決断

第十二話:君主の決断

武神・関羽の首が江東に届けられたという報は、呉の都・建業を歓喜の渦に巻き込んだ。民衆は道を埋め尽くして勝利を祝い、朝廷は祝賀の宴で夜ごと明かりが消えることがなかった。

だが、その熱狂の裏で、一つの重大な問題が、呉の未来に重くのしかかっていた。

蜀との、来るべき全面戦争である。


孫権が主催した軍議の席は、激しい議論を巻き起こした。

「劉備は、必ずや義弟の仇を討つべく、国を挙げて攻めてくるであろう!」

「今こそ、守りを固め、蜀軍を迎え撃つ準備をすべきだ!」

「いや、蜀との戦いは魏を利するだけ。和睦の道を探るべきでは」

意見は紛糾し、朝廷は右往左往するばかりであった。


その混乱の渦中に、呂蒙が静かに進み出た。彼は荊州での心労から顔色は青白かったが、その眼光は鋭く、議場を支配する力を持っていた。

「陛下、そして諸君。蜀との戦は、避けられませぬ。劉備の性格からして、必ずや大軍を率いて攻めてきましょう。しかし、我らには、彼らの怒りを逆手に取る策がございます」

呂蒙は、地図を広げた。

「蜀軍を、あえて我が領土の奥深く、夷陵の地まで誘い込むのです。そこで持久戦に持ち込み、敵の補給線を延びきらせ、士気が衰えたところを一気に叩く。これぞ、寡兵が大軍を破る道にございます」


その策の壮大さに、諸将は息を呑んだ。だが、老臣・張昭が懸念を口にする。

「呂蒙殿、それはあまりに危険な賭けだ。もし、こちらの思惑通りに運ばず、蜀軍の勢いを止められなければ、呉は滅びるぞ!関羽を斬ったのは現場の暴走だとしても、その責任は我らにある。劉備の怒りは、我らの想像を絶するものやもしれぬ!」

張昭の言葉に、多くの文官が頷いた。

「そもそも、なぜ関羽を生け捕りにできなかったのだ!貴殿の策に、落ち度があったのではないか!」

非難の矛先は、呂蒙へと向き始めた。


その時、それまで黙って聞いていた孫権が、静かに、しかし威厳に満ちた声で、玉座から立ち上がった。

「静まれ!」

その一喝で、議場は水を打ったように静まり返った。

「荊州攻略は、この孫権が命じたことだ。その結果がどうであれ、全ての責任は、この朕にある。呂蒙の策に、落ち度はなかった。戦場では、常に予測不能なことが起こる。それを乗り越えて勝利を掴んだ将を、ここで詰問するのは筋違いというものだ」

孫権は、居並ぶ臣下を見渡し、言葉を続けた。

「そして、呂蒙が今しがた述べた、夷陵での迎撃策。これもまた、朕の策とする。この策の責任も、全て朕が取る。異論は許さぬ!これより、呉は国を挙げて、蜀軍を迎撃する準備に入れ!」


その声には、もはや若き日の線の細さはなかった。父・孫堅の武、兄・孫策の覇気、そして彼自身が培ってきた知略と度量が一体となった、真の君主の威厳が満ちていた。

呂蒙は、主君のその成長した姿に、胸が熱くなるのを感じた。そして、自らの不覚を補って余りある、この主君の器の大きさに、改めて生涯を捧げることを固く誓った。

呉は、孫権という絶対的な中心の下、来るべき国難に向けて、一つの固い結束を以て動き始めたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ