18話 冒険者登録
「ロヴンさん! ……と、そっちの子はこの前の子ね。久しぶりです〜」
「久しぶり。今日はヴァク……この子の登録に来た」
「あ、冒険者登録ですね?」
威圧感のある王様との謁見を終え、
街で菓子を買ってもらって慰めてもらった日から幾日か。
俺は数日ぶりに冒険者ギルドへと赴いていた。
要件は、俺の冒険者登録について。
別に、俺としては冒険者になるつもりはなかったのだが、
ロヴンさんが「なっておきな」と言う物だから仕方なくである。
「ロヴンさんの推薦なら問題ないですね。それでは此方をどうぞ」
差し出されたのは俺の親指がすっぽり入りそうな、
キャップ型の小さな鉄製のオブジェクト。
なにこれ、ペン立て?
「『簡易指紋取り』だよ。
ここに指を入れると指紋を自動で読み取って、
裏の機械に情報として登録してくれる。
冒険者証にも登録されるから、
簡単に偽造出来なくなる」
指紋認証システムかよ。
中世みたいな形して、
めちゃくちゃ進んでんな異世界文明。
「あのロヴンさんが、
身内とはいえ他人と関わろうとするなんて……!」
「……どういう意味?」
「ご自分の胸に手を当てて、
社交性の欠片もなかった言動を思い出してください」
「ボロクソ言うね。
そもそもあの時はあたしが研究会から追われてた時期で――」
2人が言い合っている間で、
俺は簡易指紋取りなる機械に、
サイズの合わない人差し指を入れてみる。
するとポーンという音と共に、機械は銀色に光った。
「あ、出来たみたいですね。
それでは少々お待ちください」
「ちょっとまだ話は終わってな――仕方ないか。
あ、ちなみに今のもあたしの発明だよ」
「なんでも作りすぎじゃないです?
というか、研究会に追われるって何をしたの?」
「入会を蹴り続けてたんだよ。
そしたらストーカー紛いのことをされたってだけで、
別に大したことじゃないかな」
ストーカーは大したことでは。
さてはこの人、ちょっと浮世離れしすぎだな?
「……ロヴンさん、彼氏が出来たら俺に言ってくださいね」
「え?」
ロヴンさんは俺が護る。
この人、目を離したら誰かのファム・ファタールになってそうで怖い。
ザ・エルフって感じの美貌も相まって妄想に拍車が掛かる。
叔母さんの将来を心配する俺の妄想を断ち切って、
諸々の登録を済ませた受付嬢さんが戻ってきた。
「お待たせしましたー。
こちらヴァク・ガグンラーズ様の登録証でございます。
再発行する場合は銀貨5枚の手数料を頂きますので、
大変注意してお持ちください」
「わかりました。ありがとうございます」
ニコニコ笑顔の受付嬢さんからカード型の登録証を受け取ると、ガシッと力強く手を掴まれた。
「……ロヴンさんのこと、お願いしますね。あの人、ほっとくと何するかわからないんだから」
「ああ……はい。十分に気をつけます」
1人にしたら絶対碌なことにならん。
火を見るよりも明らかに合致した、
俺と受付嬢さんは視線を介して互いの想いを確認し合う。
「……いつまで手を繋いでるの」
と、何故か頬を膨らませたロヴンさんに引き離された。
「ヴァッくん、長い時間女性の手を繋ぐのは失礼だよ。
あと、あんまりヴァッくんを揶揄わないで」
「いえ揶揄ったのではなく寧ろ…………いえ、そういうことですか。
なるほど、これは私の杞憂なのかもしれませんね」
「は?」
ロヴンさん、なにゆえ不機嫌?
ドスの効いた声を出すロヴンさんとは逆に、
バックハグみたいな体勢で、
ロヴンさんの腕の中に包まれる俺はかなり困惑していた。
「さ、帰るよヴァッくん。もうここには用はないからね」
「え。あ、は、はい! ありがとうございました!」
早足でギルドから出て行くロヴンさんに、
俺はいそいそと付いて行く。
なんでそんなに不機嫌なんです?
「……ああ。もしかして私、何か余計なことしちゃった?」
ーーー
冒険者登録をしたからとて、
すぐに冒険が出来る、というわけでもない。
言ってしまえば今回のこれは、
ギルドへの仮登録というやつなのである。
仮登録とは。
つまるところ冒険者ギルドの利用許可証であり、
この仮登録期間中に一度も騒ぎを起こさず、
またギルド側で仮登録者の人格を判断する。
本登録していいかを考える期間と考えて貰っていい。
いわゆる冒険者お試し期間というやつだ。
この登録証は有事の際の身分証明書にもなる優れもの。
免許証とかマイナンバーカードみたいな物、
という認識で俺の頭には定着している。
戸籍謄本の文化技術もないのに、
なんでこんなの思いついたの?
発想は何処? という疑問は、
すべてロヴンさんが教えてくれた。
「機構は全部あたしが作った」
ちょっと言い方間違えた。
すべてこの人が考えました。
天才って便利ね。
もはやなんでもありである。
「元々の機構が杜撰だったからね。
職員一人が抱える仕事量と、
登録してる冒険者の数の均衡が崩れてた。
それが元でギルド職員が過労で倒れる、
なんてことが頻発してたんだよ。
だから問題の大元にに制限を設けることで、
職員の負担を軽減して、
冒険者の質の向上も図れるようにしたんだ」
だそうな。
聞けば元々冒険者ギルドは、
まさに外観ボロボロの酒場みたいな雰囲気だったそうな。
荒事が得意な問題児ばかりで、
毎日が喧嘩乱暴ばかりの荒れるのが日常。
それ故の何かが壊れてもすぐに直せるように、という処置らしい。
それが今ではあの白亜の宮殿である。
改革ひとつで見た目まで早変わりするのは、
もはや豹変と言ってもいいと思う。
「で、俺はいつ冒険が出来るんですか?」
「最短で1ヶ月後かな。
仮期間中は、ギルド管轄内で冒険させちゃいけない決まりになってるからね」
「なるほど1ヶ月……」
1ヶ月待てば、俺も冒険者デビューか。
異世界に来て冒険生活を送るとかテンプレすぎる。
でもそれがいい。心が躍る、血湧く肉躍る。
「あ、でも冒険には行かせないよ?」
「え」
「普通に暮らせる子供がやっていいわけない。
そもそも子供も登録出来るようにしたのは、
本当に稼ぎ口に困った子達の最終手段としてなんだから。
ヴァッくんはお金に困ってるわけではないでしょ?」
道理である。
戦う理由がないのなら戦うべきではない。
明らかに無駄な労力だ。
戦いなんてプライドの高いヤツらのままごとだって、はっきりわかんだね。
「そもそも戦いたい、だなんて思ったことはありませんよ。
そりゃあ冒険者生活とか、憧れる気持ちはありますけどね。
居場所を捨ててまでやりたい、だなんて思いません」
「じゃあ、なんで冒険の話をしたの?」
「制限されてることが出来るようになるのは、
なんであれ嬉しいことでしょ?」
「……一理ある」
あの村から飛び出して、
ひとりで色々とやっていたロヴンさんここだ。
自由になることの喜びを知らないわけがないだろう。
「とはいえ、ヴァッくんが冒険に出ていいのは成人してからね。
あたしだって、村を出たのは成人後なんだから」
「成人、かぁ……」
この世界の成人年齢、何歳だっけ。
確か徴兵制度とか諸々の関係で、
日本より低かったはずなんだけど……
「……成人、迎えられるかなぁ……」
一度、迎えられなかった身。
アルファズルの言うところの、
寿命で早世した俺としては、
成人という言葉に馴染みがない。
一瞬の寂寥感を吐いた息と共に吹き飛ばす。
俺の雰囲気が変わったことに気がついたのか、
ロヴンさんが訝しむような表情で問うてくる。
「……どうしたの?」
「なんでもないですよ」
あの自称神とは、
もう一度話をしないとな。
聞きたいことが山のように積もっている。
その時までに、頭の整理をしなければ。