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メメントモリ 〜白星よ、死を忘る勿れ〜  作者: 光合セイ
第1部 ヴァク・ガグンラーズ編
18/25

17話 “王”ヴェラチュール

「ヴァク……噂に聞いたユミルの子息か。

 うむ。元気ある名乗りに朕、重畳である!

 では名乗ろう。


 ――朕はアスガルタ王国3代目国王・ヴェラチュール。即ち国家である!」


 堂々とした名乗り。


 自らを国家と名乗る青年は、

 立ち上がろうとした俺を抑え、

 対面の椅子へと腰を下ろした。


 背後に後光が見えるのは、

 きっと気のせいなのだろう。


「今日来たのは挨拶だけだよ。

 王様もユミルの子に会いたがってたでしょ?」

「うむ、無論だとも。

 ガグンラーズとは長い付き合いである故な。

 その末孫ともなれば、朕が顔を会わさぬ道理はない」


 ……距離感がわからない。


 偉大な王様なんだろうけど、

 相対するロヴンとの会話がフランクすぎる。

 俺はどのくらいの距離を掴めばいいんだろうか。


「ヴァクよ。両親の葬は済ませたか?

 襲撃されて、それどころではなかった、

 というのは勇者から聞いているが」

「いえ。折を見て故郷に戻ろうとは思っているのですが……」

「いまは辞めておいた方が良かろうな。

 犯人は現場に戻ってくる。襲撃者ならば尚更。

 その仮面の男と鉢合わせして、戦闘になったらそれこそ大惨事だ」


 この件に関しては、先日ヴァーレイグから謝罪された。

 旅の途中にいきなり頭を下げてきたので驚いた。


 もちろん驚きはした。

 だがそれは勇者が頭を下げたことより、

 勇者が取り逃すほど仮面の男が実力者であったことについてだ。


 百戦錬磨ということは、

 つまり多くの魔族を取りがさずに、

 葬って来たということに他ならない。


 しかしその勇者が取り逃した。

 その事実だけで、いま鉢合わせるのは分が悪い。


「ヴァーレイグさんが逃がすほどの実力者、ですからね。

 いま鉢合わせるのは、確かに分が悪い」

「分が悪い、か。其方は彼奴を倒すつもりでいるのか?」

「もちろんです。親の仇ですから」


 恨み晴らさでおくべきか。

 晴らさず逝ったら、親に叱られてしまいそうだ。

 いや、そんなことで怒るような人達ではないのだが。


「――ふむ。ひとつ、聞きたいのだが」

「はい」

「其方、本当に()()()()()()()()()()()?」

「…………え?」


 …………え?



ーーー



 それは、どういう意味だ。


 王様の真意不明な問いに、

 俺だけでなくロヴンさんも同様疑問に思ったのか、少し語気強めで問う。


「それはどういう意味?」


 睨みつけるように目を細め、

 圧を強めたロヴンの言葉に、

 王様は一切怯みのなく返した。


「言葉が軽い、感情が薄い。

 さながら拙い道化の台詞回しだ。

 子供という点に目を瞑っても、な」

「それ、ヴァッくんだけじゃなくて、

 あたしやレイグの目を疑ってるってことになるけど」

「これは外郭の話ではない。内面の話だ」

「っ……!」


 この王様、なんでわかるんだ?


 襲撃を受けた後の感情。


 俺は嫌に冷静だった。

 ヴァクと『   』。

 二つの心が同時に存在しているからだと、

 頭で考えるより先に、心で理解した。


 感覚で掴むしかない僅かばかりのモノを、

 この王様は俺の言葉だけで見抜いたのか。


「内面……?」

「朕はこれでも一国の長である。

 外見は兎も角、中身ヒトを見る目は持っていてな」


 まさに、蛇に睨まれた蛇と言うのだろう。

 怖い。ちびりそう。息が続かない。

 瞬きが出来ず、恐怖で目が回り始める。

 動かなかった喉が、

 唇が()()()()動き始め、

 言葉を紡ぎ始める。


「俺は、」

「――いい加減にして」


 突然、前が見えなくなる。

 細い指の感触を瞼に感じ、

 すっと頭が冷静になった感覚がした。


「その()は、子供を脅すための物じゃないでしょ。

 それとも、あたしが勘違いを起こすくらい、

 巧妙に金箔を塗った物だった?」

「…………」

「失望させないでよ、王様」


 王様が鷹なら、

 ロヴンさんは雌獅子だ。


 猛禽か野獣か、それだけの話。

 どちらも捕食者の目で、互いを警戒し合っている。


 一瞬の、しかし皿にヒビが入るほどの張り詰めた緊張の後、その緊張を解いたのは王様だった。


「ふふ……ふはははは!

 その通り! 朕は何を血迷ったか!

 ヴァクよ、其方に謝罪を。

 勇者と魔法使いの目を疑うなど、

 それこそ一国の王にあるまじき行いであったな!」

「本当だよ。

 現状を知らないで口出しすると、

 現場員から猛バッシングを受けるよ」

「これは、したり。

 現場に出ない魔法使いに言われるとは、

 そろそろ朕も歳かな?」

「出てますー。

 表に出ないだけで、魔道具の監修作業とかしてますー。

 王様こそ、そろそろ耄碌が酷くなってるんじゃない?

 抗認知症薬でも作ろっか?」

「不要だ。朕はまだまだ元気である。

 あと数十年は、其方やヴァクの顔は覚えられるわ」


 2人の談笑の横で、俺は途切れた息を吹き返すのに必死だった。


 さっきのアレはなんだ。

 およそ人が出していい威圧感じゃないぞ。

 いや、威圧感なのか? 本当にそうか?

 首が絞まる勢いだったぞ? そんなことがあるのか――


(……いや、違う)


 首を絞めていたのは()だ。

 俺が、俺の首に手を掛けていたのだ。


 その事実に、さらに背筋が凍った。



ーーー



「陛下、そろそろ……」


 そろりと顔だけ入室してきたのは、

 俺たちをこの部屋へ導いた老齢の男性。

 男性の声を聞いて、

 王様は「おお。もうそんな時間か」

 と驚愕の表情で振り返る。

 そして俺たちに向き直って言う。


「今日は楽しかったぞ。また来るといいロヴン、ヴァク」

「うん、昔みたいにね。たまに遊びに来るよ」

「ははは。次は我が娘も呼ぶとしよう。なに、優しい娘だ。すぐに打ち解けるだろうて」

「……はい。楽しみにしてます」


 ぺこりと頭を下げて礼を言う。それに満足したのか、王様はニッと笑って出て行った。

 その背中を見送ったロヴンは、俺を抱き寄せて、その細い腕で包み込み言った。


「ごめんね、ヴァッくん」

「え、な、何がですか?」

「王様に睨まれたの。怖かったでしょ」

「あぁ……まぁ……少しだけ」


 怖くなかった、と言えば嘘になる。

 王様の気迫というか、圧というか、

 言語化し難いあの迫力は俺を蛇のように絞めあげた。

 下手な回答をしていれば、あのまま殺されていただろうと思う。

 だが結果として、俺はいま生きている。


 なら何も問題はない。


「王様は優しい人なんだけどね。

 それと同時に、国の治世を司る人でもあるから」


 それはわかる。

 根が優しくなければ、あの笑顔は出来ないだろう。

 作り物だったとしてもだ。

 人を慈しむ心がなければ、あの顔は作れない。


「あたしも王様も、

 ヴァク・ガグンラーズの名前は知っていても、

 その人間性までは知らない。

 万が一のことがないように、

 守ってくれようとしてくれていただけ。

 だから、嫌わないであげて、ほしい」

「…………」


 ちょっと苦手意識は持ってしまったが。

 あんまり会いたくない人だな、とは思ってしまったが。


 それでもいいなら、

 その願いに応えよう。


「わかりました。

 元より王家に喧嘩を売るつもりはないですし。

 それに、人間関係が発端で、

 ふたつめの居場所を無くしたくはないですしね」


 これは心からの本音だ。

 きっと外から俺を見てる『   』も、

 同じことを思っていることだろう。

 俺の返答に目を丸くしたロヴンさんは、

 ふっと微笑むと俺の頭を一撫でして立ち上がった。


「そっか。じゃあ帰ろっか。あたし達の家に」



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