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メメントモリ 〜白星よ、死を忘る勿れ〜  作者: 光合セイ
第1部 ヴァク・ガグンラーズ編
16/22

15話 ロンドニアの中心

「本当に来てしまった……」


 聳え立つ白亜の城壁。

 入ったら最後、決して這い上がれない巨大な堀を横に、

 開門された城門の前で俺は立ち尽くしていた。


 『ロンドニアの大砦』。

 魔王軍が結界を超えた先に対峙しなければならない、

 難攻不落の防衛設備としての機能も持つ人類の希望。

 普通の人の背丈が一メートルとちょっととするなら、

 その十倍はあるであろう巨大な壁である。デカい。


 城壁を見上げる俺をよそに、

 ロヴンはさっさと衛兵に話しかけに行く。


「おお。ロヴン殿、特許申請ですかな?」

「ううん。この子を王様に会わせようと思ってね」

「ほう。その子は?」


 老齢な衛兵の目が俺に向いた。

 長年この城で働いてそうな人だ。

 ……ということは。


「ユミル姉の子。あたしの甥っ子だよ」

「ああ。昨日、勇者様がいらっしゃってね。聞いているよ」


 衛兵の視線に好奇の色が孕む。

 やっぱりユミルママのことも知ってた。

 母親の名前で見られるのは少し気恥ずかしい。

 俺は目を逸らして衛兵の視線から逃げた。


「じゃあ入ってもいいよね?」

「すぐには無理ですな。ロヴン殿はともかく、

 その子の身元確認は済まさなければなりません」


 そういって若手の部下に資料を取りに行かせた。

 そりゃそうだ。ここは王様が住む王城だもん。


 いくらガグンラーズ家が王室と仲がいいとて、

 ヴァク・ガグンラーズは初入城である。


 鍵の掛け忘れで落城する某ビザンティンとは違うのだ。

 セキュリティが最低限あってよかった。

 だからそんな不満そうな顔をしないでロヴンさん。


 これは必要なことだよ。


 そして数分後。

 若い衛兵が帰って来て、老齢の衛兵と少し会話して資料を渡した。


「……うん、うん。確認が取れた。勇者様からの情報とも合致する。

 子供に言うのもなんだが、ご愁傷様だな。よし、入っていいぞ」

「ん。じゃあ行くよ、甥っ子くん」

「は、はい。ありがとうございました」


 手を引かれて入城する。

 入った先はまるでメルヘンの世界だった。

 舗装された赤い煉瓦の道の端には、

 色とりどりの花が植えられ……あれ?

 なんかいま花弁に歯が付いてなかった?

 気のせい? 食虫植物?


「あたしから離れないでね。

 そっちには食人花があるよ」

「食人花!?」


 物騒すぎんだろ! なんでそんな物が王城に!?


「貴族の屋敷程度だと番犬で充分……だけど、王城だと広過ぎて手数が足りない。だから、こうやってトラップになる、植物や家具を置いてる」

「城の人達が怪我をする可能性は?」

「城に配属される衛兵や侍従には、特性の匂い袋を持たせてる。ちなみにあたし謹製」


 盗まれたらどうするんだ……

 と思ったのがバレたのか、すぐに補足してきた。


「この城で働く人は住み込みが義務。

 だから盗まれる心配は杞憂だよ」

「なんでわかったの? テレパシー?」

「愛の力だよ」

「愛ってすげぇ」

「家族だから」


 家族愛って怖え。

 以心伝心とかそういうレベルじゃねえぞ。

 なんで昨日出会ったばかりの子供の考えがわかるんだ。


 まぁ、流石に冗談だとは思うが。

 でも安易に変なことは考えちゃいけないな。

 特にR18チックなこと。

 余計な知識がある分、思春期拗らせて思い浮かびそうだ。



ーーー



 人が何百人と横になれそうな巨大な回廊を抜け、

 貴族令嬢らしき人たちがお茶会を開いている中庭沿いを進み、

 そこまで歩いてようやく俺は不安に駆られた。


 そもそもこんな巨大な都市国家の王様が、

 古い付き合いがあるとは言え、

 アポなし庶民の話を聞いてくれるのだろうか?


 普通に考えたら門前払い案件である。


 今回は何故か中に入れてしまっただけで、

 王様は許可を出していないのではなかろうか。


「……ところでその……ロヴンさん」

「どうしたの?」

「王様って、すんなり会ってくれるものなんですか?」

「ううん全然。けど、あたしの場合は別でね。自慢なんだけど、あたしの王宮、ひいては国に対する貢献度はすごい。この香袋もそのひとつ」


 すっげぇ自信。

 それだけ誇れることを事をしてきたのだろう。

 えへん、と薄い胸板を張っている。


「加えて、昨日言った通り古い付き合いもある。

 だから困った時は相談もしてるし、逆にされることもある。

 王様は権威で、あたしは技術で助け合ってる。

 両者両得で、いい関係性でしょ?」

「なるほど。ウィンウィンってやつですか」

「うぃんうぃ……? うん、多分そう。

 だから謁見の優先権みたいなのを貰ってるんだよね、あたし」

「へぇ」


 けど能力あっての物種みたいは節がある。

 この人の真似は出来そうにないな、と思いつつ、

 俺は腕を引く力に身を任せてデカい王宮内を歩いた。



ーーー



「あら?」


 その方との出会いは、

 王宮内吹き抜けの庭園。


 貴族令嬢の皆々様とのお茶会の時のことでした。


 いつも通りの何気ない会話に耳を貸し、

 侍女の淹れた美味しいお茶に口を付け、

 ふと目を逸らした際に目に入って来たのです。


 その方は王国でも名の知られる魔女様に手を引かれ、

 恐る恐る王宮内を歩いていました。


 美しい亜麻色の短髪を靡かせ、

 黒い瞳をキョロキョロも動かし、

 オドオドと周囲を見回すようにしているだけの彼に、

 不思議とわたしは引かれたのでした。


 なぜでしょうか?

 初めて見る方のはずなのに。


 どうしてでしょう?

 彼の方から目が離せないのは。


 端正とは言い難い。

 けれどその佇まいには、不思議な引力があったのです。


「ヨルズ様? 如何されました?」

「っ。いえ、なんでもありませんわ」


 おっと。いけないいけない。

 ずっと目を逸らしていては、

 わたしが変なだけですものね。

 今日は、目の前の彼女らに目を向けなければ。


 しかし、無意識だったのでしょう。

 自分の意識外で彼の姿を探してしまったのか、

 彼が視界から完全に外れるまで、

 彼を目で追いかけてしまうのでした。


「彼の方と、もう一度会えますでしょうか」


 その呟きは令嬢たちの声に掻き消され、

 虚空の彼方へと飛んでいってしまいました。



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