14話 王の都のガグンラーズ
ロヴンの家は少々特殊な場所にある。
普通の家よりは少し大きいくらいの、2階建てのの一軒家。
冒険者ギルドから近く、
多くの建物が立ち並ぶゴールデン街の一角。
あまり手入れはしていないようで、
外観は緑に覆われた魔女の家である。
周囲のキラキラした景観に比べたら、
じっとりジメジメした薄気味悪さが醸し出されている。
荒屋というわけではないが、
入るのには勇気がいるだろう。
ていうかこのつぶつぶした緑なに? 藻?
近隣の集合体恐怖症さん息してる? 俺もちょっと怖いよこれ。
「ただいま〜」
「……うわぁ」
中も中で酷い有様だ。
読みかけの本が縦積みされ、
物理法則に従った様子が想像できる程度には本が散乱している。
さらにその下には魔法陣らしき代物が描かれた布地が敷かれていた。これじゃあ床が見えやしない。
ノットからの早馬が届いたのは今朝方だそうで、
それから急いで冒険者ギルドに来たとなれば、
そりゃあ掃除も終わっていないよな。
……と思う反面、普段から掃除くらいしとけよ、
と思うのは間違っているだろうか。否、間違っていない。
「ロヴンさん、掃除をしましょう」
「うん、あたしも思ったところ」
というわけで掃除開始。
この世界には掃除用具は存在せず、
その代わりに魔法による生活知識が根付いている。
例えば、風魔法で埃やゴミなどを集めたところに、
土を被せてブロック状に硬化。それを土に埋めれば掃き掃除は完了。
片付けも念力魔法を使えば一瞬。
両手を使うこともなく、本は本棚に食器は食器棚に勝手に入っていく。
魔法名は【ポルターガイスト】というらしい。
そういえばユミルママも使っていたような。
便利すぎる。後で教えてもらおう。
「……何してるの?」
「物干し竿を作ってます。この布を干すところが無かったので」
いま俺が作ってるのは室内物干しである。
イメージとしては、ホテルにあるタオル掛けのようなアレ。
アレに比べたら折り畳めないし、大きさとしては少々物足りないが、
このバカデカい布を干すためだけなら十分だろう。なんの布なのこれ?
「よし出来た」
「おお。なにこれ」
「物干し竿です」
まぁ俺の世界でも珍しい形ではある。
これ使うなら目隠しハンガー使った方がいいしね。
あれ作る知識も材料もないから仕方ないんだけど。
そう思いながら布を干して実演する。
「なるほど。絨毯を干すためか」
「これ絨毯だったんだ」
「うん。あたしが開発した結界絨毯。家の結界維持と床の汚れ防止を両立させた優れ物」
「なんのための結界ですか」
「対強盗。ここには盗まれたら不味い物が沢山ある」
そういえばこの人、めちゃくちゃすごい魔法使いなんだっけか。
何が盗まれたら不味いのかは知りたくもないが、
少なくともこの人が開発した物には相当な価値があるのだろう。
他に安置しとけよマジで。
「ちなみに俺が手をつけたら不味い物って、この家にあります?」
「ないよ。危険な物は全部政府に没収されてる。理不尽」
妥当だろ。危険物を家の中に置くんじゃありません。
いやその前にそんな物を生み出すんじゃありません。
ここゴールデン街だろ。謂わば人の集まる中心だ。
これ以降、危険な実験をさせるわけにはいかない。
「……何か作る時は俺に相談してください」
「え?」
「何を作るか、材料は何か、何をするのか。報告、連絡、相談をこの家の中では義務にします。絶対に俺に言ってから始めてください」
「いや、家主はあたし……」
「い・い・で・す・ね?」
「……はい……」
項垂れながら頷いた。
ひとまずこれで俺の命と心の平穏は保たれるだろう。
ため息混じりに席に着き、
片付いた家を一通り見回す。
そして茶葉の入った瓶を見つけ、俺はコップを用意した。
「お茶淹れますけど飲みます?」
「うん……お茶淹れられるの?」
「初めてです。だから美味しく淹れられるか不安ですけど……」
「飲む。甥っ子くんのお茶、楽しみ」
気分を一転させたロヴンは席に座る。
表情があまり変わらないから分かりずらいけれど、
長い耳がぴくぴく動いてるから感情が読み取りやすい。
さて。お茶を入れるためにはポットが必要だが、
残念ながらこの家にはポットや急須が存在しない。
そもそもポットなどの茶器は娯楽品は高級だ。
庶民が買うことは少なく、製造される多くは貴族の娯楽になっている。
だから庶民がお茶を飲む時は、魔法を使って入れることが大半なのだ。
「【ラグス】」
最小出力で給水。そして加熱。
ボコボコ沸騰したら湯呑みに淹れて湯冷し。
ちょうどいい配分になったら皿に取り出して茶葉を投下。
茶に味を1分ほど浸出させてコップに戻して完成。
やっぱり急須が欲しい。
浸出させるのに不便すぎる。
「美味しい」
「そうですか? 良かったです」
旨味が強い味で助かった。
家庭科の授業がここで役に立つとは。
というか、なんで茶葉があるんだ?
開封した形跡がないし、茶器もないのに買ったのか?
「この茶葉って、どこで買ったんですか?」
「王城に行った時に、どこかの領主様から貰った」
「王城に行くことなんてあるんですね」
「特許取得とか、発明する時に必要な雑務は王城でしか出来ないからね。一年に一回以上は行くよ」
へえ。そんな簡単に入れる物なのか。
王城っていうと、王侯貴族が住んでるっていう、
国の中でも特に警備が厳重な場所だと思ってたんだけど。
そんなことないのかな?
「義父さんが先王様からも現王様からも信任を得ていたからね。
お陰で姉さんもあたしも昔、いまの王后様と遊んでたんだよ。
当時から婚約されてたのに、いま考えるとすごいよね」
我が家怖い。関係値のある家柄がロイヤルすぎる。
そりゃフーリもガグンラーズに婿入りするわ。格式が高すぎる。
てかよく結婚出来たなフーリパパ。普通、躊躇するだろ。
「あ、そうだ。王様に挨拶しといた方がいいか」
「え。それは、謁見しに行くとか、そういう?」
「うん。ロンドニアに住むなら、王様に会ってた方が何かとお得じゃない?」
いやいやいやいや?
そんなことないと思うけどなぁ。
村焼かれて王都に疎開したと思ったら、
いきなり王様に拝謁するとか俺の目が回っちゃうよ?
「よし。なら明日行こう。善は急げだ」
「……はぁ……」
時の流れとは残酷なもの。
どれだけ今日に居たいと願っても、河の如く流れゆくもの。
俺は不安を胸に募らせながら、安堵できる今日を終えるのだった。