13話 とある一室にて
それから数分後。
泣き止んだロヴンの腕から俺の肩は解放され、
腰まで沈む柔らかいソファに座って落ち着いた。
強く抱かれた肩には、まだヒリヒリと感触が残っている。
落ち着いた雰囲気のある第一印象だったが、
この数分で百八十度ガラリと変わった。
きっと家族愛から来るものだろう。
俺の肩に落ちた涙は温かく、人のぬくもりを感じられた。
「落ち着いたか」
「うん。突然ごめんね、甥っ子くん」
「……いえ」
フードを目深に被って顔を隠すロヴン。
俺が生まれる前から家を出ていて、
俺が生まれた後も一度も帰郷しなかった。
だから家族愛に無頓着なのかと思っていたが、
杞憂どころか、愛情深そうな人で安心した。
「んでよ。話を戻すが、ヴァクはロヴンが引き取るってことで相違ないな?」
「うん。ヴァクの面倒はあたしが見る」
「本当に大丈夫? ロヴンちゃんのメイン収入って依頼の受注でしょう? 私みたいに商人ギルドに所属でもしてないと、二人暮らしは厳しいんじゃないかしら」
「問題ない。いま錬金ギルドから名工待遇で声を掛けられてる。あとルーン学会から博士号試験免除って誘いも来てるから、このふたつだけでも収入はV」
「アナタねえ……」
よくわからないが、なんか凄そう。てか多分すげぇ。
勇者と懇意にしているというだけでも名前は囁かれそうなのに……。
もしや思っている以上に名声を博しているのかしら、うちの叔母。
その叔母に歩み寄っていくノットを横目に、
隣に座っていたヴァーレイグが囁きかけてくる。
「ロヴンはな。ヴェラチュール王から直々に、王宮の宮廷魔導士に抜擢された魔法使いなんだ」
「え?」
「彼女は魔法3種全部をマスターしてるし、錬金術も出来る。そんなやつはこの広い国を探しても、片手の指だけで収まる程なんだぜ」
「……ママは出来ましたよ?」
ポーション作りを収入源としていたユミルは、
日常的にルーン石を使っていたし、
詠唱魔法のポルターガイストで家事をしていた。
あと儀礼魔法で結界を張って村の守護も担当していた。
……うちのママ、やっぱりすごいな?
「言っちゃなんだが、ガグンラーズ家は特別だからな。
ヴァクのお祖父さんもすごい人だったぞ。
なんせ魔法を”神”に認められた御仁だからな」
「…………神?」
何そのふざけた二つ名。
神なんて厨二病でも今時名乗らんぞ。
「知らないのか? アルファズルっていう、正真正銘の神様だよ」
………………アルファズル? は?
俺をこの世界に連れてきた白いやつだよな。
そういえば”神”とか名乗ってたような、なかったような。
え。下界に降りてんの、あいつ?
「……この世界、神様がいるんだ」
「普段どこでなにしてんのか知らないけどな。
偶に現れてはヴェラチュール王を揶揄ってまた出ていくんだよ」
「なにしてんのあいつ」
王様で遊んでんじゃねえよ。
てか本当に神様やってんのか。
まぁ王だの神だの、
文字通り雲の上の存在は、
俺には関係のない話か。
「あいつ?」
「……あ。いえ、なんでもないです」
「そいつ俺の知り合いなんです」とか、
口が裂けても言えない……言いたくないな。
平気で王様をイジるような、
感性のイカれたヤツと同類に思われたくない。
これ以上の追求を避けるために視線を戻す。
どうやらノットとロヴンは、
これまでのロヴンの生活態度について言い争っているようで――
「本当に大丈夫? また無駄に魔法機材を買い足さない?
食事のバランスは考えられる? やみくもに研究に没頭したりしない?」
「ノットは心配しすぎ。これでもあたしは一端のレディ。自分のことくらい自分で出来る」
「アナタ、過労で教会に運ばれた回数は覚えてる? この3年で13回よ。これで私が心配しないわけないでしょう!?」
13回もぶっ倒れてんのかよ。
しかも過労って。このお姉さん、相当なワーカーホリックなのか?
……え、あれ、もしかして俺の保護者じゃなくて、俺が保護者だったりする?
「……一応俺、料理、洗濯、掃除……だけなら出来ますよ」
「家で手伝ってたのか?」
「ええ、まぁ……。
ママの仕事の納期が遅れた時は、
いつも俺がやっていたので……」
嘘である。
前世の知識で出来る範囲だし、
掃除洗濯はともかく料理は多少アレンジしてしまうだろうが。
王都で村と同じ食材が手に入るなら、味は覚えてるし問題ない。
まぁ、すべてが揃う街だし、
心配はしてないけれど。
今更ながら母の強さを知った。
俺の言葉を聞いたロヴンは立ち上がり、
俺とヴァーレイグの間に割り込んで来た。
「甥っ子くん偉い。お姉さんが撫でてあげる」
なでなで。幼児期以来の愛撫だ。
エルフの綺麗に整った顔も近いし良い匂いするし、
あれでも実生活はかなりぐだぐだって聞いたんだけど。
もしかして今日俺のために生活リズムを戻してきてくれたのかな。ヤダ、ナデポしちゃう。
「甥っ子くん顔赤くなってる。かわいい」
「かわいくありません。やめてください」
「俺の隣でイチャコラすんな」
「む」
鬱陶しそうにしっしっと手で払うヴァーレイグに、
むすっと頬を膨らませたロヴンは俺の体を抱えて立ち上がる。
最近持ち上げられることが多いのだけれど、
俺の体ってそんなに軽いのかしら。
「とにかく親権はあたしが貰うから。問題ないよね、ふたりとも」
「ああ。俺たちといるよりは、後方待機のロヴンと一緒にいた方が、ヴァクのためにもなるだろうしな。俺は異存ないぜ」
「ええ、私もよ。……ただし条件がひとつ。ヴァッくんには迷惑をかけないこと。アナタは目を離すとすぐに仕事を始めるんだから、家族とは関わってあげなさい」
「それはもちろん。甥っ子くんはあたしが幸せにする」
ウチの叔母さんイケメンすぎるだろ。
エルフの中性フェイスも相まって麗人でしかない。
ただちょっと敗北感のが強いな。男心がズタズタである。
ずるいよエルフ、顔が良すぎる。
見上げて目に入るエルフの美貌に見惚れていると、
持ち上げられていた体がストンと降ろされた。
頭に?を浮かべて困惑していると、袖を掴まれ手を引かれる。
「さ。行こうか、甥っ子くん」
「え、あ、はい」
ヴァーレイグ達の方を見ると、
「じゃあな、ヴァク」
「また今度ね」と手を振っている。
2人の見送りを受け、俺は新たな家へと向かうのだった。