12話 王都の冒険者達
……あの日から1週間とちょっと。
ずっと歩きっぱなしで、
足が棒のようになっていたところだ。
辿り着いた丘の上から、
地平線のその先まで広がる、
我が目を疑うほどの巨大都市が見える。
「見えてきたぞ。あれが王都ロンドニアだ」
『王都』ロンドニア。
アスガルタ王国における、
文化と歴史の集積地。
ある者は、この街を”王”の御膝元と呼び、
ある者は、この国を人類最後の砦と呼ぶ。
村に通っていた行商人からはそう聞いた。
この街にはすべてがある。
文化も歴史も経済も、
金も食べ物も揃う夢の街だと。
また、その利便性の高さから、
勇者ヴァーレイグが拠点にしており、
大事の時は前線に出撃するという話も。
「すべてが揃う街……かぁ……」
「そうだぜ。ここにはなんでもある。欲しい物があったら言えよ? 俺が買ってやるからな」
その勇者様、俺に甘すぎるんだよな。
いや、甘えてもいいと言うなら、
全力でお言葉に甘えたいけども。
今も眠れる大和魂が「遠慮しろ〜、遠慮しろ〜」と囁いてきて精神的に参るのだ。
するとどうだろう。
未熟な子供心が姿を現し、
背中に隠した黒い尻尾を揺らし、
「いいじゃん、買ってもらえよ」
と逆側から囁いてくる。
察するにこっちが悪魔かな?
天使(暫定)がギャアギャア喚き始めた。
「レイグ、それはお節介よ。子供には幼いうちから金銭感覚を覚えさせるものなの。でないと将来困るのはこの子よ」
「む。確かにそうか。悪いなヴァク、ノットから言われちまった」
正義は勝つ。
火と硫黄の池へ突き落とされた悪魔と共に落ちる、金で買える夢に俺は涙を拭って別れを告げた。
「…………いえ……大丈夫です。それよりもロヴンさん、が待ってるんじゃないですか?」
「ああ、そうだな。さっそく向かうとすっか!」
さらば悪魔、また会う日まで。
ーーー
ギルド。
封建制という政体を持つアスガルタ連邦王国において、各商工業者間での依頼独占の抑制や、徒弟制度の下の技術伝承を行うための組織群の総称である。
その種類はまさに多様で、
身分問わずにお世話になるようなギルドもあれば、貴族御用達のようなギルド、貧民が駆け込む慈善ギルドなども多種多様にある。
その中で異様なオーラを放つのが、
この冒険者ギルドである。
「害獣を倒して欲しい」
「この素材が欲しい」
「護衛して欲しい」など。
他のギルドには出来ないような、
多くの特殊な依頼を引き受け、
人材を斡旋するのが役割である。
勇者ヴァーレイグもこのギルド所属であり、
依頼達成率1位のトップランカーなのだとか。
ドブ掃除から飼い猫探し。
ドラゴン退治やミスリルの発掘、
そして人魔大戦での戦線維持まで。
なんでもござれで承るようだ。
そりゃ勇者と呼ばれますわ。
なんだよこの聖人。
ドブ掃除する勇者とか見たくないよ。
「……でっかー……」
見た目は白亜の宮殿。
想像してた粗野な荒屋イメージとは裏腹に、
清潔かつ清楚なデッカい建物の前で、
呆然と俺は立ち尽くしていた。
いやそりゃ荒屋だったら入りたくないな、
ってそりゃ思っちゃうけど。
まさか世界遺産に登録されてそうな、
立派な建物に案内されるとは思わないじゃん。
逆に入りづらいわ。
「そら、入るぞ」
「あ、は、はい!」
守衛に一礼して入る。
中は人でごった返しており、
様々な冒険者で占められていた。
これが多種族国家ってやつか。
前世も今世も単一民族な環境で育ったせいか、
この光景が凄く新鮮に感じるな。
「おおー……」
「ヴァッくんは冒険者ギルド初めてよね。なら一通り案内してあげる」
「え、いいんですか?」
「加入するにろ、しないにしろ、これから来ることになるのだしーーあとどうせロヴンも奥の方にいるしーーせっかくだから覚えていた方がいいでしょう?」
「そうだな。んじゃヴァクはノットに任せた。……俺は先に行ってるぜ」
そうして連れられて来たのはカウンター。
身なりがピシッとした受付嬢が数人、
そこでデスクワークしており、
いかにも、クエスト受付してますよ!
という雰囲気の場所だ。
「ここは依頼カウンター。依頼を出すのも受けるのも、ここで全部できるわ。何か欲しいものがあるけど危険な場所で取りに行けない、人に害を及ぼす魔物がいるから倒して欲しい、って人は大抵ここに来るわ。ヴァッくんには専属がいるから、必要ないだろうけれどね」
冒険者の起源は、
傭兵業から始まったという話だ。
戦争続きで経済が回らず、
戦争に資金を求めた人たちが、
傭兵という名目の下集まった。
その業種がギルド化して依頼の受注を始めた結果、
採取や護衛の依頼ばかり来て冒険にばかり出掛けたことから改名して冒険者ギルド……冒険者になったのだ。
冒険業はその特性上、
唯一無二であり競合が存在しない。
だからこそ同業間での依頼の奪い合いが発生する。
しかも危険も伴うため仕事のランク付けが必要となれば、それらを統括する斡旋業者が必要になる。
それがギルドの役割なのだという。
「ここはコロシアム。いわゆる運動場ね。私たちは戦闘が主な仕事になりがちだから、体を温めてから冒険に出ることが多いの。あとランク試験の時も使ってるわね。私は斥候だから、あまり関係ないけれど」
「ランクって、どんなのがあるんですか?」
「鉱石の種類で分けられていて、下から銅、鉄、銀、金、白金、真銀の6種よ。私は鉄で、レイグは真銀ね」
前世の漫画でよく使われていたラテン文字制度に慣れすぎて、ちょっと覚えずらいな。
……いやそんなことないか。かつてマイナーになったクラフトゲームの鉱石を思い出せ。多分それだ。
「真金ってすごいんですか?」
「ええ。アスガルタにはレイグしかいないわね」
なにそのVIP待遇。勇者パネェ。
安全保障の関係上普通なら、
ランクに見合う依頼しか受けられないそう。
たとえパーティに金等級がいたとしても、
鉄等級がひとりいるだけで、
銀等級以上の依頼は受けられないのだとか。
しかし真銀等級のヴァーレイグがいるだけで、
鉄等級のノットは銀以上白金未満の依頼を受けられる特別制度を持っているのだとか。
それだけヴァーレイグが信頼されていることの表れだとは思うが、それでもトンでもねえ。
「で、ここが応接室。受付に時間がかかる依頼……大規模な依頼とか、秘密裏の依頼とかはここで受注されるの。さあ、入るわよ」
そう言ってドアノブに手を掛ける。
突然何事か。そんなノックとかしないで入るとかしていいの? ……あ、いや、まさか……
「……もしかして、ここに……?」
「ええ。貴方を待っている人がいるわ」
扉が開かれる。
視界に入ったのは勇者の大きな背中だ。
扉が開いたのに気がついたのか、
こちらを向いてニッと笑みを浮かべる。
そして奥へ声を掛け、
その巨体を退かした。
――綺麗な人だった。
雪のように煌めく銀色の長い髪をゆったりと肩にかけ、薄紫色の細いツリ目を此方に向ける、耳の長いエルフの女性。柔らかな物腰で立ち上がって此方へ歩いてくる。
身長は俺よりも高く、およそ170センチくらいだろうか。装飾のないシンプルな藍色のローブを揺らし、俺の前にしゃがんで上から覗き込み問いかける。
「……貴方がヴァク?」
「は、はい。ヴァク・ガグンラーズです。……ロヴンさん、ですか?」
俺の問いに彼女はコクリと頷いた。
すると俺の肩は彼女の細い腕に抱かれ、落ち着いた……しかし間違いなく涙を含んだ声で返答される。
「うん。ロヴン・ガグンラーズだよ。よろしくね、甥っ子くん」