11話 旅立ちの刻
目が覚めた。
一晩の中で水は枯れ、
腫れた目元が頬を痛める。
潤いを求めて起き上がると、
木々の間から直射した陽光に目が焼かれる。
俺の視界の中で赤くなった瞼の裏の光に当てられ、ようやく頭も覚醒してきた。
知らない布団だ。
と言ってみるが、そりゃそうだ。
今夜は野宿。昨夜の惨劇から逃れ、
しかし仮面の男に見つからないようにするため、
別の街に入るのは、森の獣に襲われるよりもリスクが大きいとノットに言われたためだ。
獣に襲われる方が危なくないか?
とは思ったものの、相手は冒険のプロ。
そのへんの対策はするだろうし、
と思って眠ってみたら一晩ぐっすり。
心なしか憂鬱感はあるが、
それ以外には腰と背中の痛みしかない。
だいぶ体を壊してんな。
体を捻ってパキパキっと腰から鳴った音に鼓膜を震わせていると、背後から近づく影に気がついた。
ドスドス、ガシャガシャと重厚な装備と隆々で重そうな音を鳴らして来たのは、昨夜俺を助けてくれた勇者ヴァーレイグだった。
「よお。起きたか」
「……勇者様」
「ヴァーレイグで……いや、レイグでいい。
勇者様なんて堅苦しくて、肩が凝っちまうからな」
「特にアイツの息子からなんてな」と、
ぼやいたヴァーレイグはケラケラ笑って俺の頭を撫で回す。
ただでさえ寝癖でサ○ヤ人になっていた頭は、一瞬の間にボサボサになった。
「や、やめてください。頭がぐわんぐわんします」
「おっと、すまねえ。昨日の疲労もすげえだろ。
よし、安静にしてろ。いま朝食を獲って来てやる」
「ーーもう狩って来たわよ」
ニッと笑うヴァーレイグの横を、
黒い装束の女性が通り過ぎる。
勇者一党の斥候役・ノット。
昨夜、燃える村から俺を助け出してくれた恩人だ。
彼女は片手で兎らしき獣を持って不意に現れる。
「おうノット。さすが早いな」
「レイグは遅くまで寝過ぎよ。
まあ昨夜の事もあって仕方なくはあるけれどね」
和気藹々と話す勇者一党の間で蚊帳の外に陥る。
やはり日本人の感性が残っているのか、
2人の間を割って話すことができない。
聞きたいことは沢山あるのだけれども。
ちょっとそんな雰囲気じゃない。
というか、このふたり近すぎないか?
肩や腕が触れ合っている。
俺の気のせいだろうか?
「さて。ヴァクくんは食べられない物ってある? あ、好き嫌いじゃなくて、食べたら肌にぶつぶつが出来る、とかの話よ?」
「いえ、特には……あ、でもキノコはちょっと苦ーー」
「よし。じゃあ今日は兎シチューね。食べれるキノコもたっぷり摘んであるから。ちゃんと食べるように」
「いえ、あの、キノコは苦手ーー」
「キノコは万病に効くからな。身体にいい! ちゃんと噛んで食うんだぞ!」
……はい。好き嫌いはよくないデス、ね。
ーーー
「うええ。ぬるぬるが、ぬるぬるが口にぃ……」
「そのぬめりが身体にいいのよ。水に流して忘れなさいな」
ブルーな気持ちになった朝餉を終え、
3人は食後のティータイムと洒落込んでいた。
レイグとノットは優雅に過ごしているのに、
俺だけは先程のキノコに取り憑かれている。
ちょっと不平等じゃかなろうか。
俺も優雅に茶を飲みたいのだが。
ああ、キノコが……口の中のキノコがぁ……
「んくっ、んくっ……ふはぁ。……ああ、キノコ、嫌い」
「くくっ、よく食い切ったじゃないか。偉いぞ」
「もう……二度と食べ、ません」
って、言ったら明日も出て来そうだ。
ノットがすごい悪い顔をしてるもん。
おかしいよ。これ好き嫌いの矯正じゃなくて虐待だよ……
また苦味が爆発するぅ……。
な、なにか、なにか気を逸らせる話題を探さなければ。
「……あ。ところで、なんでレイグさんたちは村にいたんですか? 言ったらなんですけど、ウチの村って辺郷ですし……人魔戦争で忙しいはず、ですよね?」
「ああ。確かに忙しいんだけどな。……そうだな。ヴァク、戦争難民って知ってるか?」
「戦争難民……はい、ウチのママもそうだったとか」
「……ああ、そうとも。ユミルは戦争難民だった。昔、俺と王都まで逃げたもんさ」
懐かしそうに目を細める。
幼馴染だというのは本当のようだ。
でなければこんな悲しそうな顔はしない。
ウチのママって実はすごい人だったのでは……いや、いろんな意味ですごい人ではあったけど。
「まあ、昔話は後にしよう。俺たちがヴァクの村に来た理由だったよな? 戦場に身を置いていると、戦争難民の子供を拾うことがあってな。その子を引き取ってくれるかを聞きに来たんだよ」
「戦争難民の子を……?」
「ああ。最有力はガグンラーズ家だったんだ。ユミルは同じ難民だし、受け入れてくれるだろうと思ってな。だが引き取ってくれる人が他にいたら、その人でも……って話だったんだけど」
なるほど。
村が無くなってしまえば、
その話もパーになる。
そりゃあいくら勇者だろうと、
言葉は詰まってしまうだろう。
「あ、そっか。俺も難民になるのか」
「平たく言えばそうだな。……いや。ガグンラーズである以上は、そうもいかないか」
「え……それはどういう?」
ガグンラーズisマジ何?
我が家ってそんなに特異な家系なの?
何もかも失ってただの難民じゃないなら、
今の俺って一体なんなんだよ。
「ロヴンって知ってるか? ロヴン・ガグンラーズ。ユミルの義妹なんだが……ヴァクにとっては義叔母に当たる。誰が引き取るかってなったら、まず間違いなくロヴンが名乗りを挙げるだろう」
「あ、ああ……そういう」
ややこしいわ。
ガグンラーズ家に何かあるのかと思っちゃうじゃん。
いや、何かあるのは本当だと思うんだけど、
それが原因だと思っちゃうじゃん。
今の俺は敏感なのだ。
「会ったことないんですよね……。ママに妹がいるって話は聞いたことがあるんですけど」
「あの娘、血が繋がってないのをコンプレックスに感じてるみたいなのよね。去年も帰らないのか聞いて、 首を横に振られたわ」
「そうなんですか……」
どんな人なんだろう。
具体的なイメージがないせいか、
想像の幅が膨らまない。
「とはいえ家を嫌ってるわけじゃないしな。好意的に受け止めてくれるだろう」
「そうですかね……ちょっと想像が湧かないです……」
「会ったことがないなら当然よ。誰しも、知識のない物を想像することは出来ないわ」
至極当然の理である。むしろ無理に想像するのが無粋だろう。
「そう、ですね。これから叔母……ロヴンさん? のところに向かうんですか?」
「ああ、そのつもりだ。ヴァクを連れて戦場に戻る、なんてことは出来ないからな。そんなことをしたら、ヴァルハラでユミルに怒られてしまう」
苦笑するヴァーレイグを見て俺は安堵する。
どうやらロヴンという叔母さんは、少なくとも俺を悪いようにはしなさそうだ。なら何も心配する必要はないだろう。