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メメントモリ 〜白星よ、死を忘る勿れ〜  作者: 光合セイ
第1部 ヴァク・ガグンラーズ編
10/22

9話 逃走

 村から離れた森の中。

 夜の闇に包まれた薄暗い空間へ、

 身体への負担が凄い超速移動での移動を完了したお姉さんは、

 ようやく一息を吐いて立ち止まった。


 逃がしてくれたことには感謝はする。

 が、移動酔いしたのか気分悪くなったことについて、

 俺は恨んでもいいのだろうか。


 青い顔をしながら木にもたれかかり、

 森の新鮮な空気を吸い込んだ。


「ここまで来れば大丈夫ね。

 では改めて。私はノット。

 家名はないわ、ただのノットよ。

 よろしくね、ヴァク君」

「……はい。よろしく、です」


 ノット……【夜】か。

 たしか夜や黒と言った悪魔を連想する言葉は不吉だから、

 一生を共にする名前として使うには好まれないと聞くが。

 まあ、それこそ人それぞれか。

 俺だってヴァクという名前の意味は知らないし、

 自分の名前の意味を知らない奴が、口を出す権利はない。


 なんとか思考が出来るようになったことを確認し、

 俺はぶんぶんと頭を振って、寝起きから停止していた思考を再開する。


「まず、ありがとうございます。助かりました」

「へえ。親の仇を討たせてくれ、じゃないのね。珍しい。

 故郷を焼かれた子供は何度も見てきたけど、

 アナタみたいな子は見たことがないわ」

「一人だったらそうしてましたけど、

 いまは勇者様がいますし……それに、

 アイツの心は俺が生きてるだけで穏やかではないでしょう?」


 あの時は憤怒に呑まれながらも、嫌に冷静な自分がいた。

 まるで精神と肉体が乖離しているような感覚がした。

 フーリとユミルの死体を見ても、無感情になっている自分がいた。


 推測するに、これは転生の後遺症だろう。


 この世界で育ったヴァク・ガグンラーズの肉体には、

 若くして衰弱死した日本人『   』の精神が混在している。

 『   』は恐らく、この世界を達観して見ているのだろう。




 だから自分を育てた存在でさえも、

 ヴァクの親であって『   』の親ではない。

 悲しくはあっても怒りはしない。

 何故なら、俺にはその権利はないから。


 その感情は、いまの俺にもわかる。

 例えるならアニメや漫画を見ている感じだ。


 自分の手出しが出来ない範囲(二次元)を、

 自分ではない自分(キャラクター)が動いて、

 失敗したり成功してるのを見ている。


 人はこれを第四の壁と呼ぶが、

 『   』は正にその壁に疎外感を覚えている。

 だから感動もしなければ寂しさも感じない。


 その無感情や思考が、

 ヴァクの感情へ大きな揺さぶりをかけている。


 それが『   』が出来る唯一の、

 この世界への干渉方法なのだから。


「それにあの男は、俺を狙ってましたからね。

 俺が生きているだけで虫唾が走るでしょう?」

「本当に聡明な子ね。ちょっと心配になるくらいに」


 にこにこ笑顔で俺の頭を撫でるノット。

 これはアレか。子供扱いってやつか。

 最近スパルタ教育ばかりだったせいか、

 久しぶりにされた気がする。


 なんだかちょっと懐かしい。


「あ。それより、勇者様は一人で大丈夫でしょうか。

 一兵卒とはいえ父を……衛兵を殺した強者です。

 もしかしたら他の衛兵さんたちも……」

「……そうね。

 でもそれは、アナタが気にすることじゃないわ。

 ……考えなくていいわ、本当に……」


 何か声に出来ない言葉に詰まったのか言い淀む。



 ……ああ。死んだのか。



 恐らく生存者の捜索中に。

 きっと色んな()()を見たのだろう。


 昔、一緒に遊んだガキ共は無事か?

 親切な肉屋のおっちゃんは?

 姦しい八百屋のおばちゃんは無事か?


 そんなことを今後一切、

 考えることが出来なくなるくらいの鏖殺だったのだろう。


 なるほど、全滅か。

 胸にぽっかり穴が空いた感覚がする。

 今まで関わってきた物が無くなる感覚は初めてだ。


 これを喪失感と言うのなのだろう。

 泣くには足りないが、

 一抹の寂しさがあるな。


「そうですか……それは、ちょっとキツいですね」

「大丈夫? アナタは子供なのよ。無理しないでいいの。泣きたかったら泣いていのよ」

「いえ、大丈夫です。今はそれよりも、あの仮面の男ですから」


 アイツの目的がわからない以上、

 またこの鏖殺は繰り返される危険がある。

 そうでなくとも俺は目をつけられている。

 命の危険が伴っているのなら、今泣いている暇はない。


「さあ休憩は終わり。ここから逃げないと。

 でないとまた、あの黒仮面に狙われるわよ」

「ええ。はい。……あの仮面の男は、きっと一筋縄にはいかないでしょうしね……」


 ノットは俺を抱えて再び走り出す。

 米俵のように抱えられた俺の瞳には、

 いつまでも村から昇る煙が映っていた。



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