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第2話 イジメに苦しむ君に ナナ  後編

◆ ミタス、真実を伝える日


【数日後・県教育委員会 第三審査室】


教育委員会の職員エリアに、一通の映像が送信されていた。

送信元は《ミタス》ネットワーク、全国の子どもたちに無償で配布された生活支援AIゴーレムからの自動報告システムだった。


送られてきたのは、ナナの《ミタス》が記録していた映像・音声・心拍データ・結界反応ログ。


そこには、ナナに対する悪質ないじめの音声、イシバシ教師の取り上げ強要、

そして教頭シバカワの一方的な糾弾が、日時・温度・表情変化付きで記録されていた。


【教育委員会職員・アサギの登場】


会議室に現れたのは、県教育委員会の特別監査官・アサギ。


端正なスーツの上から、右肩には国際警察官章が刻まれた刺繍の肩章が浮かんでいた。国連の国際警察官の機構に属する、「子どもの権利領域」を専門とする調査官だった。


イシバシ教師、シバカワ教頭、そしていじめ加害児童カナの親が一堂に呼び出されていた。


アサギは静かに端末を起動し、ミタスの記録を再生した。


【映像記録・証拠公開】


■シーン1:教室の端で繰り返される悪口と嘲笑

■シーン2:机を蹴る足音、クスクス笑う複数の声

■シーン3:教師によるミタス強奪未遂と精神的圧迫

■シーン4:教頭による「この子は普通ではない」発言と即時転向指示


すべてが、ミタスのレコーダにより、“偽造不能”の証拠として映し出された。


イシバシとシバカワは、顔色を失っていた。


アサギ「これは、最近よくあるケースです。本来の被害者である者に“問題児”のレッテルを貼って早く排除しようとする学校側が、AIゴーレム《ミタス》の記録によって真実を暴かれる。残念ながら、稀なことではありません」


彼女は冷静に続けた。


「加害者児童の親には保護者責任を伴う指導命令、

 加害者児童は社会的人格障害の疑いから特殊学校にて再教育

 教師には“教育倫理違反”による停職処分、

 教頭には“隠蔽および差別的判断”の重大懲戒を、

 本日付けで通告済みです」


【教育委員会 第五聴取室】【いじめ児童の親の反応】


ガラス張りの重い扉が閉じると、室内にはすでに空気の緊張が満ちていた。

中央には、特別監査官アサギとその補佐官。

そして向かいには、カナとその両親が並んで座っていた。


加害児童の母親は青ざめた顔で口を開いた。


母親「うちの子が? でも、あれは、ちょっとした。あの程度は子供のいたずらでしょ」


アサギは遮った。

「お子様が“他人の苦しみに快楽を感じていた”という記録もあります。これは未成年保護法に基づく“加害傾向支援プログラム”への即時通達対象です」


カナの父親は、地元市会議員として知られる男だった。

ネクタイを乱し、眉間にしわを寄せ、開始早々に声を荒げた。


父親「娘が“いじめの加害者”? 冗談じゃない!これは完全に誤解だ、でっちあげだ!」

「うちの子がそんなことをするわけがない!証拠映像?加工したんだろう!」

「それにあの子、ナナとかいう子、精神的に不安定なんじゃないのか!?」


横で母親もヒステリックに声を張り上げた。

母親「うちのカナちゃんは、成績もいいし、友達も多いんです!あの子が問題なんじゃないですか!?どうしてうちがこんな目に!」


言葉は次第に、“我が子を守る声”ではなく、“誰かを踏みつける叫び”に変わっていった。

声量も、表情も、身振りも、どこか“人を見下す”ことに快感を覚えているようだった。


アサギは、静かに記録装置のスイッチを押した。


アサギ「すべて記録に残ります。お二人の発言も、処分内容の評価材料とさせていただきます」

「娘さんの行為については、既にAI記録から判断済みです。今日は“保護者の対応”を確認するための場です」


父親「録ってるだと?おい、お前ら何様のつもりだ!俺たちをバカにするな!訴えるぞ」

母親「うちの子を犯罪者扱いするなんて、名誉毀損で訴えますから!」


その横で、カナは座ったまま、ひざの上で手を握りしめていた。

唇をかみ、何も言えず、何も遮れなかった。

彼女の目には、次第に涙が浮かんできた。


カナ(なんで・・なんで、お父さんもお母さんも、こんなにわめいてるの?

わたし、たしかに悪いことをした。ナナの顔が、怖がってたの、分かってた。

でも、誰も、それを聞いてくれない。

みんな、ただ叫んでるだけ。誰のことも見てない)


両親がまだ声を荒げている中、カナの涙がぽろりと頬を伝った。


カナ「もう、やめてよ」

小さな声だったが、確かに響いた。


両親は一瞬だけ口をつぐんだ。

だが、その沈黙は長く続かず、父親は苛立たしげに椅子から立ち上がった。


父「ここで何を言っても無駄だ。帰るぞ、カナ」


だが、カナはその場で立ち上がることができなかった。

うつむいたまま、ひとりきりの涙を流し続けた。


その背中は、どこまでも小さく、どこまでも孤独だった。


【ナナと母への連絡】


同時刻、自宅にいたナナと母のもとへ、教育委員会のアサギから電話連絡が届いた。


アサギ「ナナさん。あなたの体験と証言、すべて確認しました。今回の一件は、学校側の判断ミスと怠慢が招いたものであり、あなたに責任は一切ありません」


ナナの目に、ぽろりと涙が浮かんだ。


アサギ「あなたの静かな勇気、そしてミタスの記録が、すべてを守ってくれました。あなたの未来に、今度こそ“公平な生活”が訪れるよう、私たちは準備します」


【数日後・ナナの新たな教室】


ナナは、転校せずに済んだ。

教室の担任も交代し、全校に向けて正式に【ミタスの記録によって真実が明らかになった】という通知が配布された。他にもナナをいじめていた者はいたが、首謀者のカナが転校したことで、なりを潜めた。


そして子どもたちは戸惑いながらも、「黙っていた子が“正しかった”」ことを初めて知った。


ナナはミタスを胸に抱えながら、安心した笑顔を見せた。


カナは言葉にできない戸惑いの表情でクラスメイトに分かれの挨拶をして、ナナを睨みながら、何も言わず、親の力で海外へ転校していった。


こうして、《ミタス》は“声にならなかった正しさ”を証言し、学校制度の暗がりに光を届けた。正義は、記録と静かな意思によって下された。



◆カナの出発 


【空港送迎ラウンジ・留学前日の夕暮れ】


出発ゲートの近く。ガラスの向こうに夕日が差し込み、長い影が床に伸びていた。

カナはひとり、スーツケースに腰かけていた。隣にいるはずの両親は、別室で手続きをしている。


そのとき、足音もなく、アサギが現れた。認識阻害魔法で他の者は気づかない。

カナが顔を上げる。見慣れない監査官の制服と淡い笑みが浮かんでいた。


アサギ「少しだけ、お話してもいいかしら?」


カナは無言でうなずいた。


アサギはカナの前に立ち、そっと右手を差し出した。

その手のひらに、淡い金の光がゆっくりと浮かび上がる。


魔法陣が静かに回転し始める。空気がわずかに震えた。

アサギは懐から小さな瓶を取り出す。澄んだ緑色の液体が陽光に揺れていた。


アサギ「これは、世界樹の葉から作られたポーション。魂を少しだけ、洗い流してくれるの」


カナが不安そうに目を伏せると、アサギはやさしく微笑んだ。


アサギ「心配しないで。子どもの魂にしか効かない、儚くて、それでいてとても貴重なものよ」


彼女はポーションの栓を抜き、そっとカナの額に数滴を垂らした。

液体が触れた瞬間、魔法陣がふわりと光を帯びる。


その内側で、カナの魂が揺れていた。

灰色に曇った魂が、少しずつ、白へと変わっていく。


アサギは、静かにそれを見つめていた。

「子供の魂、特にあなたの魂は、とても繊細なの。人の言葉や態度に、強く反応してしまう。だからきっと、あの子、ナナの、あまりにも純白な魂が、本能的に、怖かったのよね」


カナは、ぽつりと涙をこぼした。

「分からないの。でも、あの子を見ると、イライラして、止まらなかったの」


アサギは、そっとカナの頭を撫でた。

「人はね、どこかで傷を負ったまま、大人になってしまうこともある。でも、あなたはまだ間に合う。だから私は、ほんの少し手を貸しただけ」


魔法陣が静かに収束し、空気が元に戻る。カナの瞳に、一瞬だけ、揺らぎのない光が映った。


アサギは立ち上がり、最後に優しい声で告げた。

「あなたの魂が白いまま、大人になって欲しいわ。このペンダントがあなたを助けてくれるわ」


そういって、カナに彼女用のミタスのペンダントを渡した。

その言葉に、カナは声を出さずに泣いた。静かに涙を流したまま、ミタスのペンダントを握りしめ、頷いた。


カナ「ありがとう。がんばってみる」


そして、搭乗のアナウンスが響いた。


カナはスーツケースを引いて歩き出す。その背中を、アサギはずっと見送っていた。


(いい出会いがありますように。心をまっすぐのままでいられる人に巡り会えますように)


アサギの祈りは、沈黙の中に静かに溶けていった。

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