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8.お客様と従業員

 会長権限ならば仕方ない。おとなしく席に戻ると、再び皇太子殿下と付き人と顔を合わせることになった。


「ふ、ふぅ……」


 ハリス会長は息を吐きながら座り直した。皇太子殿下はただじっとこちらを見ている。後ろの付き人からは理解できないという感情が顔に出ているように見えた。


「……もしや、運命の番が何かわからないのか」

「いえ。存じ上げております」

「その上で……断ると」

「はい」

「ル、ルネ……」


 殿下は一秒たりとも目を逸らさずに訪ねてきた。毅然とした態度で答えると、ハリス会長の困惑した声が聞こえた。私の回答に納得がいかなかったのか、殿下は目を下げて考え込んだ。


「……不安があるのか」


 考えた末に、一言そう呟いた。真剣な眼差しでこちらを見ながら話を続けた。


「何か不安があるのなら言って欲しい。全て解決できる」

「不安などありませんが」

「そうか……」


 私の返答に納得がいかなかったのか、殿下は再び考え込んでしまった。何か口を挟もうかという空気をハリス会長から感じた。しかし、会長が口を挟むよりも、殿下が視線を戻す方が先だった。


「それなら、必要なのは時間だな」

「時間ですか」

「あぁ。お互いに整理する時間がいるはずだ。そうだな……また明日、話をしにくる。いいか、オレール」

「あたしは構わないけど……」


 皇太子殿下はハリス会長に約束を取り付けると、どこか満足した様子で立ち上がった。


「今日はこれで失礼する。見送りは不要だ。……ルネ、またな」


 お帰りだとわかると、ハリス会長と一緒に立ち上がった。よくわからない人だったが、彼が会長のお客様であることに違いはない。お見送りという意味で頭を下げた。


「またのお越しをお待ちしております」


 その言葉を最後に、殿下は付き人と共に部屋を後にした。階段を下りていく音が聞こえる。足音が遠ざかると、ハリス会長はポスッと勢いよく座り込んだ。私もようやく作り笑顔から解放された。


「はぁぁぁ……こんなことってあるの?」

「ため息の原因は先程の件ですか」

「そうよ、ルネ。貴女がディオンの運命の番だなんて」

「でしたら考える必要はありませんよ。お断りしましたから」

「そうはいかないのが運命の番なのよ……しかも相手皇族だし」


 ハリス会長は頭を抱え始めたが、すぐさま私と向き合った。


「ごめんなさいね、あんなに強く腕を引っ張ってしまって。でも、それだけ緊急事態だったから」

「お気になさらないでください。会長にもお立場があるでしょうから」

「ルネ……ねぇ、本当に興味がないの?」

「ないです」

「そう……」


 微妙な顔をする会長に、私は自分の考えを伝えた。


「以前にもお伝えしましたけれど、私は情熱的な恋愛には興味がありませんから」

「穏やかな恋愛、よね……」

「はい。会長も応援してくださると仰っていたはずでは」

「それは、今でも……そう思ってるんだけど…………」


 歯切れの悪い会長は、何か葛藤しているように見えた。しばらくすると、意を決したようにこちらを見つめた。


「ごめんなさいルネ、どっちつかずなことをしてしまって。もうそんなことはしないわ」

「いえ、動揺されたのはハリス会長も同じだと思いますので」


 思い返せば、皇太子殿下も付き人も動揺しているように見えた。あの場にいた私以外は、冷静じゃない瞬間があったのかもしれない。


「ルネ……ごめんなさい。そうよね。一人で考える時間がほしいわよね。……今日はもう帰っても大丈夫よ。黄色チームはちょうど区切りの良いところだったし」

「いえ、問題ありません」

「そう? 無理しちゃ駄目よ。……相談なら乗るから、いつでも頼ってちょうだい」

「わかりました」


 前半は何かぼそぼそと言っていたハリス会長だったが、最後は優しい言葉をかけてもらった。厚意をありがたく受け取ると、今度は私が部屋を後にした。


「……私、そんなに無理しているように見えるのかしら?」


 階段を下りながら、会長の言葉の意味を考えていた。確かに納期に間に合わせるために、少しばかり無理をしたかもしれない。そんなことまで見抜けるとは、さすが会長だ。考え事をしていると、下の方から名前を呼ばれた。


「ルネー! 任せてごめん!」

「ジネット。それなら気にしないでください。今日は会長権限でお掃除がなくなったので」

「えっ、そうなの⁉ ならよかった……」


 まだ始業前ではあるが、どんどんお針子が出勤し始めていた。その横でジネットは安堵の息をこぼした。


「あ、ジネット。先程見ましたよ、美丈夫のお方」

「嘘、本当に⁉ それなら寝坊するんじゃなかったな……」


 しゅんと落ち込むジネットに、先程の話を思い出して伝えた。


「明日も来ると仰っていました」

「そうなの? ……あぁでも駄目だ。明日は私達休みだから」

「あら」

「あらって、忘れたのルネ。明日は私と一緒に出掛ける予定でしょ。前から約束してた、あれ」

「そうでした。楽しみですね」

「もう、忘れてたでしょ~」


 ぷくっと頬を膨らませるジネットに「すみません」と正直に謝った。


「美丈夫が見れるなら出勤したいけど、明日の予定は譲れないね」


 ジネットは目を細めると、私の手を取って「一緒に頑張るよ!」と力強く頷くのだった。

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