6.ローブの美丈夫
ハリス商会は本当に温かく、居心地のよい場所だった。
働き始めて二週間が経ち、私はすっかり商会に馴染んでいた。お針子は赤・黄・青と三つに分かれており、中でも私は黄色のチームに所属することになった。
チームごとに一つの服を作ることになるのだが、私達はようやく山場を越えることができた。
「よかった。これなら間に合いそう!」
「ルネのおかげよ。いい仕事をしてくれたわ~」
「ほんと、手先が器用だしセンスあるし」
「そんな、皆様の仕事が早かったからですよ」
お針子仲間に交互に褒められ、少し恥ずかしくなってしまった。新入りの私にできたことなどあまりないのに、と思っていれば、お針子の一人が私の手を両手でぎゅっと握った。
「ううん。ルネの天才的刺繍能力があったから、納期に間に合ったんだよ? 正直、私達刺繍苦手な人多いし、できる人でもこんなに繊細に手際よく作れる人はいないから……!」
同じチームである、猫獣人のジネットは目を輝かせながら「ありがとう……!」とこちらを見つめた。過大評価だと返そうとしたが、獣人である彼女の尻尾がピーンと立っているのをみて、私まで嬉しくなってしまった。
「……お役に立てて何よりです」
(よかった、刺繍をみっちり勉強した甲斐があったわ)
私にとって初めての仕事だったが、まさかここまで褒められるとは思っていなかった。今日はずっと胸が温かくて、変な感じだ。
「それにしてもハリス会長、今回めちゃくちゃ気合いの入ったデザインでしたよね」
「今回の依頼主は、お得意様中のお得意様だからね」
「あの人が着るなら納得ですよねー!」
ジネットとリーダーの話を聞きながら、改めて完成した礼装を眺めていた。
「明日取りにいらっしゃるという話だったはず」
「本当ですか。じゃあ明日は美丈夫が見れるんですね~! やったね、ルネ!」
「美丈夫?」
ジネットは私の隣に戻ってくると、ポンと肩を叩いた。
「そうそう。ハリス商会の一番のお得意様なんだけどね、すっごいカッコいいの。いつもローブを着てて、雰囲気があるんだよね」
「ローブを着てたら顔が見えないんじゃ」
「完全にはね。でもチラッとは見えるじゃない? そのわずかに見えたお顔が、もう凄い整ってるのよ。流石お貴族様って感じ」
「貴族の方なんですね」
「恐らくね。お客様の情報は会長しか知らないから、私達は常に妄想して楽しんでるだけなんだ」
ジネット曰く、その方が捗るということだった。
「自分が作ったものが、あんなに素敵な人に着てもらえるのだと思ったら、凄いやる気が出るんだよね……!」
「それは……とても魅力的な方なんですね」
「そうなの! だから明日が楽しみ」
再びジネットの尻尾がピーンと立つのを見て、心が和むのだった。
翌日、いつものように目を覚ますと、素早く身支度を整えていく。
(この寮にもすっかり慣れてきたわ)
寮には同じお針子が何人か住んでいて、共同生活をしている。調理場と食堂が共有なので、朝夕は皆で一緒に食べることがある。料理に関しては未経験のため、今はお針子仲間に教えてもらっているところだ。
食堂に向かったが、ジネットの姿はなかった。取り敢えず朝食を済ませると、急いでジネットの部屋へ向かった。
ノックをしても反応がないので、少しだけ扉を開けて「入りますよ」と伝える。中では気持ちよさそうに横になっているジネットがいた。
「ジネット。起きてください。今日は私達がお掃除当番ですよ」
「あと五分……」
ハリス商会のお針子では、朝の掃除が習慣化されている。これは当番制で、朝行うことになっている。ここで働いた分は、お小遣い程度に給金がでることもあって、皆しっかりと当番をこなしていた。
「ジネット。今出ないと間に合いません」
「えぇ…………えぇっ!」
バッと飛び起きたジネットだったが、頭はぼさぼさで目もまだ開いていなかった。これはすぐに連れ出すのは不可能だろう。
「ごめんルネ、寝坊しちゃった……」
「昨夜は打ち上げでしたもんね。ひとまず私が先に行って、準備をしてますね」
「本当にごめん! あとで絶対ケーキおごるね……」
「困った時はお互い様ですよ」
ジネットは滅多に寝坊しないのだが、無事に礼装が完成して気が抜けてしまったのかもしれない。私は宣言通り、先に商会に向かうことにした。
裏口に到着し、扉を開けて中に入る。すると既に人がいたようで、話し声が聞こえた。
「あら、ルネ。おはよう」
「おはようございます」
「早いわね、どうしたの?」
「今日はお掃除当番なので」
話していたのはハリス会長と、ローブを被った男性だった。男性の後ろには、高貴な身なりの人が控えていた。貴族であるのは見てわかった。
(もしかしてこの方、ジネットが言っていた美丈夫の方かしら)
そんなことを考えながら、ハリス会長の後ろを通って掃除用具入れに向かおうと動いた。
「そうだったのね。じゃああたし達は三階で話すわ。行きましょう」
ハリス会長が促したにもかかわらず、ローブの男性から反応はなかった。無口な人なのかなと思いながら、彼らに背を向けて用具入れに手をかけた。すると、誰かの手が私の腕を掴んだ。
思わず振り向くと、そこにいたのはハリス会長ではなく、ローブの男性だった。
「……俺の運命の番――」
「どなたかとお間違えでは?」
じっと見つめられたかと思えば、男性はとんでもないことを言い始めた。しかし、彼が言い切るよりも、私が笑顔を貼り付ける方が先だった。