5.運命の番というもの
早速ハリス会長が私に質問を投げかけた。
「それにしても、ルネはどうしてメロリウスを選んだの?」
「ここなら、恋ができると伺ったので」
「恋……もしかして、ルネも番恋愛に憧れてここに来たの?」
「番恋愛」
「運命の番のことよ」
「いえ。愛の都とお聞きして。……実はまだあまり運命の番について知らないのです。よければお教えいただけますか?」
「なるほどね……もちろんいいわよ」
“運命”という言葉に少しも興味は惹かれないけれど、帝国の文化として知っておくべきと思って、話を振った。
「獣人にはね、この世界に唯一の人がいると言われているのよ。その相手を、運命の番というの。でも、世界はとても広い。そのどこかにいる中で、唯一と言われた一人に出会えるなんて奇跡でしょ? だから誰もが憧れ、運命の番を欲する」
運命の相手と何が違うのだろうか。疑問を抱けば、それを察したかのようにハリス会長は話を続けた。
「この人が好きだと感情で選ぶんじゃなくて、この人しかいないと本能で選ぶのが運命の番と聞くわ。……いつ生まれたかもどこにいるかもわからないから、出会える獣人なんてほんの一握りよ。だとしても、心の奥底で結ばれた関係は、血よりも濃い。だからこそ、情熱的な恋愛と呼ばれるみたい」
そう聞くと、出会えた獣人の方にとっては喜ばしいことなのかもしれない。ハリス会長のおかげで大枠を掴むことができたが、どこまでも他人事のように感じた。
「それでね、今多いのよ。番恋愛目当てにメロリウスに来る人が。普通とは違う、情熱的な身を焦がすほどの恋愛がしたいってね」
「誰でもできるものではないのでは」
「その通りよ。ただ、もしかしたら自分は獣人の誰かの運命の番かもしれない。その希望を抱いて、メロリウスにやってくるのよ。ここは中心都市なだけあって、獣人が多いから。……どう、話を聞いてみて。興味でた?」
その問いにはすぐに首を横に振った。
「いえ。私は……情熱的な恋愛とは対極といっていいほど、穏やかな恋がしたいので」
「あら、そうなの?」
意外だという顔をするハリス会長に、私の理想とする恋愛を伝えた。穏やかとは、アドルフさんが言ってくれた言葉だ。
「なるほどね。……まぁ、最近流行っているとはいえ、世の中番恋愛が全てではないからね。いいんじゃないかしら、ルネの言う穏やかな恋愛も」
「できるでしょうか。……番恋愛が多いとなれば、普通の恋愛を望む方は少ないのでは」
「それは大丈夫なんじゃない? 人の好みはそれぞれだもの。運命の番でなくても、ルネと恋をしたいと思う獣人や人間はたくさんいるわよ。顔も綺麗だしね」
その評価に私は驚いてしまった。
お母様にはよく似ているし、周囲には綺麗だと言われてきたけれど、あれは皆が優しいが故の評価だと思っていたのだ。
(金髪に黄金の瞳………お父様と側妃、弟妹達には気味悪がられていたのよね)
婚約者だったハイリンヒこそ綺麗だと言ってくれたが、彼の言葉は信用に値しない。そうなった時に、自分の容姿の評価は難しいものだった。
「……綺麗ですか?」
恐る恐る尋ねてみれば、ハリス会長は目を丸くさせた。
「やだ。自覚なし? あんたほど綺麗に整った顔をした人は滅多に見ないわ」
「私はハリス会長の方が綺麗だと思ったのですが――」
そこまで言いかけて、ハッと呑み込んだ。男性相手に綺麗は失礼だったかと思えば、ハリス会長はニヤッと口角を上げた。
「あら、嬉しいわね。美人に褒められるのが、一番自信が付くのよ」
満足げなハリス会長の姿を見て、胸を撫でおろす。会長的には嫌な言葉ではなく、むしろ嬉しいに分類されるものだと頭に書き込んだ。
「それにしても……普通の恋愛ね。いいじゃない。あたしは応援するわよ」
「ありがとうございます」
「まぁ。まずは仕事に慣れてもらうんですけれどね」
「身を粉にして働きます」
「気持ちは嬉しいけど、最初から頑張りすぎないでいいから。適度にね」
ハリス会長に励ましの言葉をもらったところで雑談に区切りがついた。私が一階に戻ろうと扉に向かえば、会長も立ち上がった。
「ルネを皆に紹介しないと」
「……ありがとうございます」
商会長自らしてくれると思うと、なんだか嬉しくて口元が緩んでしまった。ハリス会長を先頭に一階へ下りると、既に多くの人が出勤をしていた。お針子の仕事場に近付くと、会長は二回手を叩いた。
「はい、注目して。今日から入る新人のルネよ。服を作った経験はないけれど、レースとか編み物の腕は確かだから」
「てことは即戦力じゃない」
「よかった。私レース苦手なんだよね」
「会長のデザイン、レースが多いもの。納得の採用ね」
どうやら歓迎の雰囲気を感じる横で、ハリス会長は少し不満げだった。
「だからあんた達、レースを編む練習をしなさいとあれだけ言ってるでしょうに……まぁいいわ。ルネ、何か一言」
「はい」
前に出るよう促されると、会長の後ろから隣へと並んだ。すうっと息を吐くと、お針子として働く皆さんの方を見た。
「ルネと申します。本日より、皆様と一緒に働けることとても嬉しく思います。至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いい致します」
気持ちはカーテシーのように無駄のない動きで、それでも出来る限り頭を深く下げて挨拶を行った。どんな反応をされるか不安が残る中、返ってきたのは大きな拍手だった。
「こちらこそよろしく!」
「一緒に頑張りましょう」
拍手に驚いて顔を上げれば、何人かが歓迎する言葉をくれた。
(……やっぱりここでよかった)
今まで感じたことのない、温かな空気に笑みをこぼしながら、私はもう一度頭を下げるのだった。