4.第二の人生
眩しい日差しが差し込む朝。
初出勤ということもあって早く目覚めた私は、鏡の前で身支度を整えていた。
「……なんだか、自分じゃないみたいね」
そこに映るのは、茶髪の長い髪をした自分だった。
これがハリス会長の提示した条件であったため、私は髪を染めた。
金髪は帝国では貴族の証で、いるだけで目立ってしまう。だから髪を染めなさいということだったけれど、言葉の節々からハリス会長の優しさが伝わってきた。
「ふふっ。第二の人生、って感じ」
見慣れない自分の姿だったが、嫌な気持ちには少しもならなかった。
準備を終えると、荷物をまとめて商会へと向かった。
ローブを着ずに、初めてメロリウスを歩く。なんだか昨日よりも視界が広がった気がする。商会に行く道中、お店のガラスに映る自分が見えると、なんだかおかしくて立ち止まって笑ってしまった。
すると、ガラス越しに自分の隣に誰かが近付いてきたのがわかった。背の高い人物だが、昨日までの私のようにローブを被っているためいかにも怪しい雰囲気が漂っている。
(昨日までの私って、この方みたいに怪しかったのね……)
目を合わせてはいけないと思った私は、ガラス越しの自分に見とれているフリをした。
「運命の番……?」
ポツリと呟かれた言葉は、聞き覚えのあるものだった。
(確か、アドルフさんから聞いた気がするわ。…………あの人、足が止まる気配がないわ)
もしや人さらいかもしれない。そう思うと、一気に緊張が走った。相手は一人。それなら不意を突いて逃げることもできなくない。
算段を立てると、ローブの人物に気が付いていないフリをしながら前髪を整えた。あくまでも平常心を保って、表情を変えずに。そして、手が届くほどに近付いた瞬間、私は大きな声をあげた。
「まぁ! もうこんな時間? いけない、仕事に遅れてしまうわ……!」
ハッとした表情を作りながら、ローブの人物とは少しも目を合わせないように走り、その場を立ち去った。突然のことに驚いたのか、ローブの人は動くことなく、追いかけてくる気配はなかった。
(よくわからないけど、人違いなんじゃないかしら。あるいは考え事をされていたとか。……どちらにせよ、何もなくてよかった)
商会が見えると、走るのを止めた。ふうっと息を吐いて呼吸を整える。見上げると、かなり大きく存在感の強い商会が、私を待ち構えているように見えた。
(昨日は、反対側から入ったのよね。従業員は裏口を使うようにとのことだったけれど、ここで大丈夫かしら)
建物は間違っておらず、目の前に扉は一つしかない。ほんの少しだけ不安になりながら、扉へと近付いた。ゆっくりと手を伸ばして開けると、見覚えのある風景が広がっていた。
「失礼します」
昨日とは違って、まだ誰も来ていないのか中は静まり返っていた。きょろきょろとしながら入って行くと、ゆらりと立ち上がる人影が見えた。
「あら、ルネじゃない。早かったわね」
「ハリス会長。おはようございます」
「おはよう。もっとゆっくり来ていいのよ。始業まで一時間もあるじゃない」
「待たせてはいけないと思って」
「その気持ちだけもらうわね」
ハリス会長はふっと笑みをこぼすと、テーブルに広げていた資料をまとめた。
「せっかく早く来てもらったことだし、仕事場を紹介するわ」
「会長自らですか?」
「今手が空いているのはあたしだけだからね。ご不満?」
「いえ、光栄です。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、会長の方へと近付いた。
「まずはここ一階ね。半分がお針子の仕事場で、半分が事務の仕事場みたいなものね。事務用の仕事場は二階にもあるんだけど、ここは受付みたいなものよ。昨日ルネの対応をしたみたいにね」
それからは、二階には他の仕事場やお客様対応の部屋があること、三階は会長の部屋と寝る場所があることを教えてもらった。
「見ての通り、うちの商会の主力商品は貴族向けのドレスや服よ。もちろん、他にも手広くやっているわ」
「ここにはお針子の仕事場しかないようですが」
「商会の建物はここだけじゃないからね。別の場所で、それぞれ仕事をしているの。中でもここがお針子中心な理由はひとつ。あたしがドレスのデザイナーだからよ」
これはまた驚きの事実だ。昨日チラリと見えた素敵なドレスは、ハリス会長によって考えられたものだったと知り、なんだか感動してしまった。
「だから、ここは商会本拠地というよりもブティックみたいなものね」
(ブティック……私、そんな素敵な場所で働けるのね。嬉しい)
ふふっと笑みをこぼしていると、いつの間にかハリス会長の部屋へ来ていた。ここは昨日来た場所だ。
「三階はハリス会長のご自宅でもあるんですか?」
「自宅は別にあるんだけど、帰るのが面倒な時期もあるの。ここはそういう時用よ。まぁ、仮眠室みたいなものね。…………ルネ達のはないわよ。その代わり、寮はここから歩いて五分もしないから」
「まぁ。それは便利ですね」
「えぇ。ここから見えるんじゃないかしら」
ハリス会長の部屋の窓から、寮の建物を教えてもらった。他にも住んでいる人がいるため、後はその人に聞くようにということだった。
「まだ始業まで時間あるわね。……せっかくなら雑談でもしましょう。働くにあたって、お互いのことは知っておいた方がいいでしょう」
「わかりました。お願いします」
昨日のように向かい合って腰を下ろすのだった。