表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

4.第二の人生

 

 眩しい日差しが差し込む朝。

 初出勤ということもあって早く目覚めた私は、鏡の前で身支度を整えていた。


「……なんだか、自分じゃないみたいね」


 そこに映るのは、茶髪の長い髪をした自分だった。

 これがハリス会長の提示した条件であったため、私は髪を染めた。


 金髪は帝国では貴族の証で、いるだけで目立ってしまう。だから髪を染めなさいということだったけれど、言葉の節々からハリス会長の優しさが伝わってきた。


「ふふっ。第二の人生、って感じ」


 見慣れない自分の姿だったが、嫌な気持ちには少しもならなかった。

 準備を終えると、荷物をまとめて商会へと向かった。



 ローブを着ずに、初めてメロリウスを歩く。なんだか昨日よりも視界が広がった気がする。商会に行く道中、お店のガラスに映る自分が見えると、なんだかおかしくて立ち止まって笑ってしまった。


 すると、ガラス越しに自分の隣に誰かが近付いてきたのがわかった。背の高い人物だが、昨日までの私のようにローブを被っているためいかにも怪しい雰囲気が漂っている。


(昨日までの私って、この方みたいに怪しかったのね……)


 目を合わせてはいけないと思った私は、ガラス越しの自分に見とれているフリをした。


「運命の番……?」


 ポツリと呟かれた言葉は、聞き覚えのあるものだった。


(確か、アドルフさんから聞いた気がするわ。…………あの人、足が止まる気配がないわ)


 もしや人さらいかもしれない。そう思うと、一気に緊張が走った。相手は一人。それなら不意を突いて逃げることもできなくない。


 算段を立てると、ローブの人物に気が付いていないフリをしながら前髪を整えた。あくまでも平常心を保って、表情を変えずに。そして、手が届くほどに近付いた瞬間、私は大きな声をあげた。


「まぁ! もうこんな時間? いけない、仕事に遅れてしまうわ……!」


 ハッとした表情を作りながら、ローブの人物とは少しも目を合わせないように走り、その場を立ち去った。突然のことに驚いたのか、ローブの人は動くことなく、追いかけてくる気配はなかった。


(よくわからないけど、人違いなんじゃないかしら。あるいは考え事をされていたとか。……どちらにせよ、何もなくてよかった)


 商会が見えると、走るのを止めた。ふうっと息を吐いて呼吸を整える。見上げると、かなり大きく存在感の強い商会が、私を待ち構えているように見えた。


(昨日は、反対側から入ったのよね。従業員は裏口を使うようにとのことだったけれど、ここで大丈夫かしら)


 建物は間違っておらず、目の前に扉は一つしかない。ほんの少しだけ不安になりながら、扉へと近付いた。ゆっくりと手を伸ばして開けると、見覚えのある風景が広がっていた。


「失礼します」


 昨日とは違って、まだ誰も来ていないのか中は静まり返っていた。きょろきょろとしながら入って行くと、ゆらりと立ち上がる人影が見えた。


「あら、ルネじゃない。早かったわね」

「ハリス会長。おはようございます」

「おはよう。もっとゆっくり来ていいのよ。始業まで一時間もあるじゃない」

「待たせてはいけないと思って」

「その気持ちだけもらうわね」


 ハリス会長はふっと笑みをこぼすと、テーブルに広げていた資料をまとめた。


「せっかく早く来てもらったことだし、仕事場を紹介するわ」

「会長自らですか?」

「今手が空いているのはあたしだけだからね。ご不満?」

「いえ、光栄です。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げ、会長の方へと近付いた。


「まずはここ一階ね。半分がお針子の仕事場で、半分が事務の仕事場みたいなものね。事務用の仕事場は二階にもあるんだけど、ここは受付みたいなものよ。昨日ルネの対応をしたみたいにね」


 それからは、二階には他の仕事場やお客様対応の部屋があること、三階は会長の部屋と寝る場所があることを教えてもらった。


「見ての通り、うちの商会の主力商品は貴族向けのドレスや服よ。もちろん、他にも手広くやっているわ」

「ここにはお針子の仕事場しかないようですが」

「商会の建物はここだけじゃないからね。別の場所で、それぞれ仕事をしているの。中でもここがお針子中心な理由はひとつ。あたしがドレスのデザイナーだからよ」


 これはまた驚きの事実だ。昨日チラリと見えた素敵なドレスは、ハリス会長によって考えられたものだったと知り、なんだか感動してしまった。


「だから、ここは商会本拠地というよりもブティックみたいなものね」

(ブティック……私、そんな素敵な場所で働けるのね。嬉しい)


 ふふっと笑みをこぼしていると、いつの間にかハリス会長の部屋へ来ていた。ここは昨日来た場所だ。


「三階はハリス会長のご自宅でもあるんですか?」

「自宅は別にあるんだけど、帰るのが面倒な時期もあるの。ここはそういう時用よ。まぁ、仮眠室みたいなものね。…………ルネ達のはないわよ。その代わり、寮はここから歩いて五分もしないから」

「まぁ。それは便利ですね」

「えぇ。ここから見えるんじゃないかしら」


 ハリス会長の部屋の窓から、寮の建物を教えてもらった。他にも住んでいる人がいるため、後はその人に聞くようにということだった。


「まだ始業まで時間あるわね。……せっかくなら雑談でもしましょう。働くにあたって、お互いのことは知っておいた方がいいでしょう」

「わかりました。お願いします」


 昨日のように向かい合って腰を下ろすのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ