3.お仕事探し
中に通されると、ここで待っていて欲しいとソファーに案内された。言われた通り腰を下ろすと、辺りを見回した。
大きな建物の一階では、数多くのお針子が仕事をこなしていた。ここでも人間と獣人が共存しているのが、目で見てわかった。お針子の仕事をじっと見ていると、先程の女性が戻ってきたのですぐさま立ち上がる。
「お針子として採用するかどうかは、商会長が決めることになっております。ではご案内しますね」
「よろしくお願い致します」
商会長がいるのは三階ということで、階段へと向かった。わずかな間、働く人達を間近で見ることができたのだが、とても和やかで温かな雰囲気だった。
(私……ここで働きたいわ)
漠然とした思いを抱きながら、階段を上り始めた。
商会長がいる部屋に到着すると、女性がノックをした。
「入りなさい」
「失礼いたします。お針子希望の方を連れて参りました」
聞こえてきたのは低い男性の声だった。どんな人だろうと想像するよりも、女性が入室する方が先だった。
扉の向こうには、スラリとしたシルエットの人が立っていた。自分も入室すると、商会長の姿がハッキリと見える。茶髪のくせ毛で、伸びた髪は縛って首から胸に流している。端正な顔立ちで、雰囲気のある人だ。
「下がっていいわよ」
案内してくれた女性が退出すると、商会長はこちらをじっと見つめた。
「……そこに座って」
「はい」
指示に従うと、商会長が向かい側に座った。
「まずは自己紹介して。……それにしても、フードを取るのが礼儀じゃない?」
「……大変失礼いたしました」
すっかり抜けていたことに謝罪し、すぐさまフードを外した。商会長の方に視線を向ければ、またもじっと見つめられる。何か品定めをされているのかと思いながら、静かに様子を窺った。
(男性のような低い声……だけど口調は柔らかいのね)
商会長を観察していると、大きなため息を吐かれた。
「はぁ……残念だけど、うちでは雇えないわ。ここは貴族令嬢の家出場所じゃないのよ」
一発で元の身分に近いものを見抜かれ、面食らってしまう。
「それに、成人していない子は雇えない」
ふうっと息を吐くと、商会長は真っすぐ私の目を見た。
「悪いわね、うちも慈善事業じゃないから。……もしあんたが成人しても働きたいって思うのなら、その時話を聞くわ」
突き放すような言い方にも聞こえるが、商会長の眼差しは優しいものだった。
(……リシアスではお母様と専属侍女以外に、こんな眼差しで見てくれる人はいなかったわ)
先程浮かんだ、ここで働きたいという気持ちが大きく膨れ上がっていく。
私は意を決すると、商会長を見つめ返した。
「貴族では……ないんです」
「嘘おっしゃい。金髪は貴族の証よ。平民ではないのは確かね」
困ったような顔になる商会長だが、私は譲らなかった。
「亡命するために、海を渡りました」
「……なんですって?」
「西の大陸にある、リシアスという国で王女をしていました。……名はオルラ。オルラ・リシアスです。ですがもう違います。今はルネとして、一人の平民として、ここメロリウスで暮らしていく所存です」
自分の素性を明かすことは危険かもしれない。けれども、全てを隠したまま目の前の商会長に雇ってもらえるほど甘くないと思った。
商会長が唖然としている間にも、私は話を続ける。
「自己紹介をさせてください。私の名前はルネ。現在二十歳です。西の大陸では成人は十八なのですが、東の大陸ではいかがでしょうか」
「同じ、だけど……」
成人という問題は解決したが、商会長目線では疑問が残っていることだろう。
(仮に王女がお針子なんてできるのか……そう思われてもおかしくないわ)
私は横に置いておいたトランクを開けると、中からあるものを取り出した。
「こちらをご覧いただけますか」
「これは……」
「私が作ったものになります。こちらはレース、こちらはマフラー……」
お母様は冷遇されてからというもの、ずっと私を心配してくれていた。〝味方がいなくなったら亡命しなさい〟という教えがあったが、それだけではなかった。亡命した先にある生活のことを考えて、刺繍や音楽の先生をつけてくれたのだ。
私が、将来一人になった時に生きていけるように。
一階の仕事風景を見る限り、ここで扱うのはドレスや衣服といったもっと大きな商品。だからこそ、私が学び得た知識は無駄にならないはず。
「裁縫や刺繍の基礎は心得ております。マフラーよりも大きなものは作ったことはありません。ですが、教えていただければ、必ず三日でものにします。……どうか、ここで働かせていただけないでしょうか。お願いします」
立ち上がると、ゆっくりと頭を下げた。働きたいという気持ちが強いせいか、思わず目を瞑ってしまう。商会長の言葉を待っていると、しばらくして小さな息を吐いたのがわかった。
「顔をあげなさい。……はぁ。亡命した王女を雇うだなんて前代未聞よ」
商会長は複雑そうな顔で、手に取っていたレースを眺めていた。
「でも……この才能を逃すほど、あたしは馬鹿じゃないわ。ルネといったわね? 明日からいらっしゃい」
「本当ですか?」
「えぇ。よろしく。……あぁ、あたしの自己紹介がまだだったわね」
レースをテーブルに置くと、商会長は立ち上がった。
「ハリス商会会長、オレール・ハリスよ。よろしくね、ルネ」
差し出された手が握手だとわかると、私はすぐに手を伸ばした。
「よろしくお願い致します。商会長様」
「うっ。やめてちょうだい。従業員になるのに、様付けなんて」
「あら……」
露骨に嫌がる顔を見ると、どう呼べばいいのかと戸惑ってしまう。
「では、……商会長」
「それもなんだか違和感ね」
「皆様はなんと呼ばれているのですか?」
「ハリス会長よ」
「では私も、ハリス会長と」
「うん、それが一番いいわ」
頷くハリス会長は、そのまま住み込み場所の話をしてくれた。今日は宿をとっていると伝えれば、明日から使えるようにしてくれるとのことだった。
必要な話が終わったかと思えば、ルネと名前を呼ばれた。
「待って。ここで働くのに、一つだけ条件があるわ」