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17.私の理想



 皇太子殿下は私の言葉を受け取ると、言葉を失っていた。状況を整理しているからか、目を伏せている。少し経つと、浮かない表情でこちらに目を向けた。


「ルネは運命の番に興味がないのか」


 運命という言葉に良い印象を抱いていないけれど、だからといって運命の番という言葉に嫌悪感を抱いているわけではない。


(ただ、殿下が聞いているのは語彙の意味ではないでしょうね)


 言ってしまえば「自分に興味がないのか」と遠回しに聞いているようなもの。その問い掛けだと理解した上で、真っ直ぐ殿下を見る。


「全くありません」

「そう、か……」


 わずかに微笑みながら、嘘偽りのない姿勢で伝えた。明らかに落胆した声色の殿下だったが、少し間をおいてこちらを見つめた。


「……ルネには理想の相手がいるのか?」


 自分が遠回しで会話を試みたからか、殿下も同じ手を使ってきた。貴族及び皇族特有なものなのかもしれないが、それならそちらに合わせるまで。遠慮なく本心を明かすことにしよう。


「えぇ。たくさんありますよ」

「たくさん」

「まずは優しい方が好ましいですね。常に相手を気遣い、意思を確認しながら理解しようとする姿勢は素敵かなと」


 自分の考えを曲げずに、強引に城に連れていくことなどしない人がいい。


「それに付随して、歩み寄ってくれたり、私の話を飽きずに聞いてくださると嬉しいです。それと、価値観の共有をできる人も好ましいかと」


 話を聞こうともせず、自分の価値観だけが全てだと思っていない人がいい。それよりも視野が広くて、柔軟な考えを持っている方が何十倍も魅力的だ。


「……相手の地位は高い方が良いだろう」


 まるで自分なら皇太子妃にできるから、一つでも理想に当てはまると言いたげな様子だった。残念なことに、私はそれでさえ興味がない。


「いいえ。高い地位や名誉、誰もが羨む肩書きにはあまり魅力を感じないもので」


 即座に首を横に振って断固とした態度を見せた。一度捨てた高貴な身分。もう一度似た場所に戻りたいとは思わない。


 殿下はわずかに困惑した表情になっていた。

 動揺している皇子などお構いなしに、最も大切にしている理想を伝えた。


「数ある理想の中でも、一番大切なのは相手を尊重してくれること。これに限りますね。例えば、忙しい時期には時間を奪わないような方とか。……お互い仕事の邪魔をしない関係性は理想として第一優先かと」


 だからこのように押し掛ける殿下は理想外であり、これ以上邪魔をしないでほしいという意味を含めて答えた。どうやらその本心は伝わったようで、殿下は目を見開いていた。

 私の言葉を噛み砕けると、殿下はスッと立ち上がった。


「……すまない。今日はこれで失礼する」

「そうですか。またのご来店をお待ちしております」


 前回同様、あくまでもお客様と従業員という関係性を崩さないための挨拶をした。「ここでいい」という殿下のお言葉に甘えて、玄関まで見送ることはしなかった。


 馬車が商会から離れていくのをハリス会長と見送ると、ようやく一息つけるのだった。小さく息を吐く隣で、ハリス会長は「はぁぁぁぁあ」と大きな息を吐いた。


「ルネ……あんたって凄いわね」

「あら。ハリス会長にお褒めいただくようなことがありましたか?」

「いや、感心しっぱなしよ。運命の番であろうとなかろうと、相手は皇子よ? それでも関係なしにどんどん言いたいことを言ってくから、びっくりしちゃった」


 凄いことをした自覚がなかったので、ハリス会長の評価がいまいちピンとこなかった。


「肝が据わってるわね。あたしなんて従者の目線が怖くて、冷や汗かいてたわよ」

「そうだったんですか。あまり気になりませんでした」

「とんでもないくらい鋭い視線だったけど……あれが気にならないのは強かな証ね」


 序盤こそハリス会長と付き人の方の存在は気になっていたが、殿下との対話になった瞬間、二人は私の視界から外れていた。


「それにしても凄いわ。あれだけルネに言われたら、しばらくはここに来ないんじゃないかしら」

「願わくばいらっしゃらないことを望みます。ハリス会長のお仕事が増えてしまいますから。もちろん、本当にお客様として来訪されるのであればよいのですけど」

「ディオンは依頼が終わったばかりだからね。そこは大丈夫なはず」


 来訪理由をこじつけて来る可能性も否定されたので、しばらくは平穏な日を過ごせると信じたい。


「しかしまぁ、皇太子相手に興味がないと言い放ったのは驚いたわ」

「そうですか? 本心を包み隠さずお伝えしたまでですよ」

「それをできるのが凄いのよ……」


 キョトンとしながら返せば、ハリス会長はどこか苦笑いをしていた。


 その後、ハリス会長に労いの言葉をもらうと、寮に帰ってジネットと夕飯を食べるのだった。



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