10.のんびりとした休日
雲一つない青空の下、私とジネットはメロリウスから出たところにある川に来ていた。
「……ルネ、上手すぎじゃない?」
「そうですか?」
「うん! 開始早々三匹も釣る初心者は見たことないよ」
グッと親指を立てるジネットに、私は少し戸惑いながら同じポーズを返した。
ハリス商会で働き始めてから、初めてジネットと過ごす休日。以前までのお休みは、服や生活必需品を揃えるための買い物をして過ごしていた。
次の休みは何をしようかと思っていた矢先、ジネットから釣りのお誘いを受けたのだった。
「いや~嬉しいなぁ。ルネが一緒に釣りをしてくれて。他の人はあんまり興味ないみたいでさ」
「まぁ。そうなんですか? とても楽しいのに」
「本当⁉ ルネ、やってみてつまんなくなかった?」
「えぇ、全く。魚を釣れた時は嬉しいですし、待つ時間はジネットとお話しできるので」
生まれて初めての釣りだったのだが、退屈する時間などどこにもなかった。
「そ、それじゃあ……また一緒に来てくれる?」
「もちろん。上手く釣れるコツ、教えてください」
「教える~! でも、ルネはもう上手だけどな」
「ありがとうございます。ですが、ジネットの動きには無駄がないので」
「照れるなぁ」
えへへと笑うジネットは、流れるように魚を釣り上げていた。
「メロリウスは賑やかだからさ、少し離れるだけで結構静かになるんだよね」
「のんびりできますね」
「うん。いかにもお休みの日みたいで、個人的に凄く気に入ってるんだ」
お互いの釣りざおが動かなくなると、並んで座ることにした。
「ルネ、ハリス商会にはもう慣れた?」
「はい。皆さんとても良い人ばかりなので、新人でも居心地がいいです」
「わかる。皆仕事する時は真剣にこなして、休憩時間はほのぼのとしてるよね」
初めて商会に足を踏み入れた時に感じた通り、ハリス商会は本当に良い職場だった。
「ルネってさ、どうしてあんなに刺繍が上手いの?」
「幼い頃から触れていたからかもしれません」
「そうなんだ。確かに歴が長いなら腕が良いのも納得だな~」
うんうんと頷くジネットだが、私からすれば彼女は縫い上げるのが非常に上手だった。以前の礼服も仕上げを任されていたのを知っている。
「って、せっかくの休日なんだから仕事から離れた話をしないと……」
そう前置きすると、ジネットは少し間を空けてから疑問を投げかけた。
「ルネはさ、どうしてメロリウスに来たの?」
「恋愛に興味があったので」
「ルネもそうなんだね。私も」
「ジネットも外からいらしたんですか?」
「そうだよ」
こくりと頷くジネットは、そのまま自分の話をしてくれた。
「私は村出身でさ、閉鎖的な空間で生きてきたんだよね。村の伝統とか、しきたりとかで、息苦しくなっちゃって。自由な恋愛がしたいって思って、メロリウスに来たんだ。……ルネは?」
「私は……生まれ育った国では、恋人に振られてしまって」
自分の身の上を正直に話すことは避けた。ジネットを信じていないわけではないが、重い話になるのはよくないと思ったのだ。
「えっ、ルネが⁉」
「は、はい」
バッと勢いよく首をこちらに向けて、あり得ないという顔をするジネット。びっくりしながら首を縦に振ると、彼女は「信じられない……」と呟いた。
「こんなに良い子振るなんて、相手は見る目ないよ」
「そ、そうですか?」
「そうだよ! 知り合って間もないけどわかるよ、ルネがめちゃくちゃ良い子だって。仕事はできるし、釣りに付き合ってくれる上に楽しんでくれるもん」
まさかそんなに褒められるとは思わなかったので、口元が緩んでしまう。
「ありがとうございます、ジネット」
「ううん、本当のことだから。……でもそっか、それじゃあルネは悲しい思いをしたんだね」
振られたというよりも、捨てられたという表現の方が適する気がする。西の大陸を飛び出した日は多少なりと傷付いていたのだが、今では気にならない程度には回復していた。
「失恋には新しい恋だよね。メロリウスに来るのも納得だよ。……どう? 良い相手は見つかった?」
「いえ、何も。ここ二週間はお仕事で精一杯でしたので」
「そりゃそうか……あ、かかった」
ジネットの釣り針に魚がかかったようで、彼女はすぐさま立ち上がって釣り上げた。
「お見事」
「えへへ、ありがとう」
私の方は、あれ以来少しも動かなくなっていた。釣糸を見れば、ゆったりと流れる水があたるだけだった。
「仕事だけだと出会いがないよねぇ。うちはお針子で女性ばかりだし……でもルネをイベントに連れて行くのもなぁ」
「イベントですか?」
「うん。愛の都って呼ばれるだけあって、男女の良い出会いを目的にしたパーティーとかあるんだよね」
通称、恋人探しのイベントと呼ばれるらしく、軽いお見合いのようなものから、立食のパーティーなど様々なものがあるらしい。
「凄く興味があります」
「そう? でもルネ綺麗だから……色んな人が寄ってきちゃうよ」
「色んな人、ですか?」
「うん。愛の都なだけあって、変な人が多いんだよ。断っても言い寄ってくる人とかさ、こっちの話全然聞いてくれない人とか……」
ジネットの話を聞いて、昨日の出来事を思い出した。
(ジネットの話からすれば、皇太子殿下は変な人に分類されるわね)