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憂鬱な魔女  作者: 土方ラムウ
第一章
7/17

1.3 都会

 案内所に入り、カウンターの女性に声をかけた。


「すみません、新宿に行きたいんですが……」


 女性が答えるよりも先に、横にいた青年が「おや、新宿に行くの?」と声をかけてくれた。ワイシャツ姿に眼鏡の、爽やかな青年だ。


「それなら、まずここから船に乗って、本州へ渡る必要がありますね。本州まではおよそ200キロ……料金は8,500円です。」

「8,500円……。」


 斗愛は思わずポケットを押さえた。既におにぎりを買った後で、残金は9,600円。これを払ったら、手元に残るのは、わずか1,100円だけだ。青年はそんな斗愛の様子に気づいたのか、優しく微笑んだ。


「ちなみに本州に着いた後、できるだけ費用を抑えるのでしたら、電車に乗るのが一番安いです。300円ほどあれば足りるかと。乗り方がわからなかったら、駅で尋ねれば教えてくれるはずですよ。」

「……ありがとうございます。」


 “駅”という教科書でしか見たことがない場所に行くことに少し心を躍らせながら、斗愛は深く頭を下げ、カウンターで船のチケットを購入した。


(これで、残りは……1,100円。)


 相場を知るも何も、すでに一文無しの予感が漂うポーチを見つめ、斗愛は静かに息をついた。





 お昼の便に乗り込み、出港を待つ。フェリーの汽笛が低く鳴り響き、船がゆっくりと動き始めた。斗愛はデッキに立ち、島が少しずつ遠ざかるのを見つめた。潮風が再び頬を撫でる。


(今のうちに休んでおかないと。)


 遠くに見える水平線を眺めながら、斗愛はじっと拳を握りしめた。じりじりと照りつける日差しが、肌にじわじわと焼き付く。


(そろそろ船内へ戻ろう。)


 船内へ戻ると適当な寝床へ腰を下ろし、荷物を膝の上に乗せた。目を閉じると、思った以上に疲れが溜まっていたのか、意識がすぐに遠のいていった。



 船は長い時間をかけて、本州の港に到着した。 辺りはすっかり暗くなり、港の明かりがぼんやりと揺れている。


 斗愛は船を降り、案内板を頼りに駅へ向かった。  


(もう夜か……野宿できそうな場所はないし、まずは新宿に向かうか。)


 既に一文無しに近い斗愛は、目的地に着くことが最優先だと考えた。都会で野宿しようが、奪われて困るものは特に持っていない。それに、身の守り方は祖母に叩き込まれてきた。 そう言いつつも、斗愛の足取りは疲れから段々と重たくなっていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 駅に着くと、改札の前でしばらく立ち尽くした。切符の買い方がわからない。見渡せば、ぶつかる寸前で行き交う人々。驚くことに都会の人々は手元に持った光る板を見ながら、無駄なく足を運んでいる。斗愛は、先程の案内所で聞いた通りに駅員へ声をかけ、電車の切符をなんとか購入した。残りの所持金は、わずか800円程度になってしまった。

 

 電車に揺られ、新宿へ向かう。ようやく、電車のアナウンスが目的地を告げた。


「……やっと新宿、か。」


 電車を降りた途端、人の波に飲み込まれそうになる。広い駅の構内。出口に向かう人たちが、流れるように歩いていく。斗愛は無意識に足を止めた。


(……ひ、人が多すぎる!)


 駅を出ると、目の前にはまぶしいほど光る看板や、見上げるような高い建物が並んでいた。ぎらぎらとした街並みは、どこか圧がある。


「すごい……。」


 斗愛は思わず呟くと、辺り一面を見渡した。先生がよく見せてくれた写真よりも、ずっと未来にいると感じる。散策がてら少し歩くと、駅の売店が目に入った。例によって機を見たかのように、体の奥から腹の虫が鳴る。気の向くままに売店に向かうも、斗愛は高鳴るお腹に手を添えつつも飲み物だけを買い、残った小銭をポーチへ入れた。

 

(約500円で何かが変わるかはわからないが、所持金が全くないよりはいいはず。)


 喧騒を避けるように歩いた先で公園にたどり着くと、斗愛はベンチへと腰を下ろし、ポケットを握る。するとポーチがないことに気がついた。


「しまった!」


 自分の行動を思い返し、先程までいた売店での会計時にポーチを置き忘れたことに気づく。先生にも食堂のおばさんにも注意されたスリではない。いつもの自身であればしない行動だと考えると、疲労感を改めて認識する。だが斗愛は急いで店に戻り、思い当たる場所を探すもポーチは見当たらない。


「すみません、このあたりに継ぎ合せの…小さなポーチは落ちていませんでしたか?」

「いえ…お届けもなさそうです。」

「…そう…ですか。」


 店員さんに尋ねるも、返ってきた返答は決して求めていたものではなかった。お金もポーチも、人から譲り受けたものだったため、それを不注意で失くしてしまったことに対しての申し訳なさがこみ上げた。昨日から今日までの1日で起きた負の連鎖は、斗愛の心を砕くには十分過ぎた。もう枯れ切ったはずの涙は、蓋を破ったかのように再びあふれ出した。


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