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憂鬱な魔女  作者: 土方ラムウ
第零章
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0.5 見知らぬ少女

 三時間ほど船に揺られ、祖母の操縦する船は何の問題もなく鉄鋼島(てっこうじま)へと到着した。船を降りると、「向こうの船を待つから、今のうちに積む荷物をまとめてくれ。」と祖母に言われ、仕方なくいつもの目的地へと向かった。


(ここ、無駄にいつも整理されてるんだよな。)


 積荷(つみに)にしろと言わんばかりに整理された鉱石たちは、決して風化しているようには見えない。以前、祖母に聞いたときは前任者が張り切ってたんだ、と言われたが、どうにも信じがたい。前任者とは斗愛の父親で、それ以降この島へは誰も踏み入れていないという話を耳にしたことがある。普段は自給自足で成り立っているこの島だが、外部とのやり取りを再開したのだろうか。


(だとしたら、外部からの人が来ているのだろうか?)


 色沙汰のない島で、これ以上ない機会だと胸を躍らせる。


「それにしても玲奈のやつ、明日結婚するなんて…。」


 考え事はテンポよく切り替わり、悶々とした感情のままに足を進めていると、祖母に立ち入り禁止と言われていた地域に足を踏み入れかけていた。


『真面目に生きるな』


そんな祖父の言葉はタイミングよく思い出され、禁忌を侵すことに背中を押されてしまった。



 浮足が立ちつつも、帰り道に迷わぬように小枝を置きながら進んでいく。二十分程歩いただろうか。そこには岩だらけの道からは想像できなかった、花畑が広がっていた。

すると後ろから足音が聞こえ、斗愛は身構える。


「ば、ばあちゃん…?」


 そう言いかけた瞬間、その人影は斗愛の正面へと回り込み、先程まで斗愛が道しるべに置いてきたはずの小枝をまとめて置いた。


「どこから来たの?」


 黒く長い髪に、紅い瞳。小さな唇は上下に動いた。


「ゆ、ゆうれい…」

「ううん、幽霊じゃないよ」


 人影は祖母ではなく、乏薬島の島民でもない。幼い顔に似合わないすらりとした背丈に、決して背伸びしたわけではない声を持つ彼女は、斗愛が放った言葉を冷静に否定し、こちらを見ている。


「幽霊じゃないよ。」


 自分の姿を肯定するように、彼女は手や足をフラフラさせてみせる。同時に、足はジャラジャラと音を鳴らした。


(足枷…?)


 目の前に立っているのは、明らかに島にいない人物。幼い顔立ちに不釣り合いなほど冷静な彼女の目は、まるで不安や恐れを感じさせなかった。


「君、いったいどこから…?」


斗愛は思わず問いかけたが、彼女は一歩踏み出して言った。


「・・・少し、探し物をしているの。」

「探し物?」


 斗愛は言葉を選んで続けた。


「なんでこんなところにいるの?」


 彼女は目を細め、少しだけ微笑んだ。その表情がどこか懐かしさを感じさせる。


「それは言えない。でも私、君のこと知ってるよ。そして君に待ち受けている責務も。」


 その言葉に、斗愛は胸が震えるような不安感を覚えた。それと同時に、彼女の言葉が何か意味深なものに聞こえた。


「知ってるって…どういう意味だ?責務ってなんだ。」

 

 斗愛は少し声を荒げたが、彼女は静かに答えた。


「昔々、ある島に勇敢で物好きな人間がいました。その名は、(とおる)。彼は元々島の外の人間だった。」


 斗愛はその言葉に愕然とした。自分の父親は、もう何年も前に島を出て、それ以来音信不通だと思っていた。だとしたら目の前の彼女は何歳なのだろうか。


 しばらく見つめ合うと、沈黙が訪れた。彼女が何を伝えようとしているのか、どこからやってきたのか、斗愛には全く予想がつかない。だが、明らかに普通の会話ではない、何か重大な出来事が迫っているのを感じ取った。


その時、背後から小さな音が聞こえ、斗愛が振り返ると、祖母が息を切らして現れた。


「おい、斗愛! 何やってるんだ、早く戻ってきなさい!」


 その呼び声に、斗愛は少しだけ肩を震わせた。これ以上、未知の人物と話をしている余裕はない。しかし、目の前の少女の姿が、どこか心に引っかかって離れなかった。


「後でまた、会おう。」


 少女は斗愛の耳元でそう微笑んだ後、足音も立てず花畑へと消えていった。


「戻るぞ、斗愛! こんなところで何をしていたんだ。早くしな、日が暮れる前に帰るよ!」

「すみません、少し歩きすぎました。」


 祖母は険しい顔をしていたが、何も言わずに船を出した。


 船が出航し、再び海の上を進んでいく中、斗愛は船の上でぼんやりと海を眺めていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「今日、か……」


 翌日斗愛は何をするでもなく、ただ足の向くまま乏薬島を歩いていた。昨日の疲れからか、目が覚めたのは夕暮れ前だった。玲奈は今日正式に結婚するらしいが、一体どこで出会った誰なんだろうか。島の人間で思い当たる人物がいない。いずれ島を出るということなんだろうか。歩き続けていると、いつの間にか幼い頃によく遊んだ森にたどり着いていた。その奥には、小さな祠がある。玲奈と鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり――そんな思い出ばかりがよみがえる場所だ。


「懐かしいな。」


 昨日の少女の言葉も脳内をグルグルと回る。


「俺の父親を知っている?ほかに船が止まっている様子はなかった。なら彼女はどこから来た?責務ってなんなんだ?」


 考えても結論が出ないと諦め、ふと視線を上げると、祠にかすかな灯りが揺れていることに気づいた。


「灯り……?」


 誰かがいる。


 斗愛は悪いことをしているわけでもないのに、なぜか妙に気が引けた。ここは昔から神隠しの言い伝えがあり気味が悪いため、本来誰も立ち入らないはずのエリアだ。一歩、また一歩と足音を立てないように気をつけながら、茂みの中を進んでいく。祠へと近づくたび、胸の鼓動が早くなるのを感じた。


 そして、そこに広がる異様な光景の理由を、一瞬で理解した。


「なんで……なんで……。」


 声にもならない叫びが、震える。


 祠の中には、玲奈がいた。いや――玲奈だったものがあった。無残な姿となった彼女。そして、その肉片を口に運んでいる、黒髪の少女。それは昨日鉄鋼島で出会った少女だった。


 まるで感情というものを捨て去ったような無表情で、ただ淡々と食事を進めるその少女が斗愛に気づいた。


 その瞬間、斗愛の理性は弾け飛び、何も考えずに森の中を駆け出していた。足音がやけに大きく響く。背後に追うものの気配はない――しかし、それでも止まれなかった。


 ただひたすら走る。玲奈の笑顔、何気い口喧嘩、そして――祠でのあの光景。すべてが頭の中で渦巻き、斗愛の足を止めることはなかった。

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