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憂鬱な魔女  作者: 土方ラムウ
第一章
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1.11 初任務

 初任務の知らせは、案外すぐに来た。スナック「あっこ」の前に立つ斗愛は、胸の奥にうっすらと緊張を感じていた。


 (……今日から護衛の仕事か。)


 未だ実感は湧かない。扉を開けると、店内はまだ薄暗く、カウンターではあっこママがコーヒーを飲んでいた。斗愛は一つ席を空けて座り、ガラスに映る自分の姿を見つめる。慣れないスーツを着ているせいか、少しだけ気が引き締まるような気がした。


 そんな斗愛の様子を一瞥し、カウンターの奥に座っていた男が静かに口を開いた。


 「新しく入られた天宮さんでしょうか...?」

 「はい。天宮斗愛と申します。よろしくお願いいたします。」


 斗愛が軽く頭を下げると、あっこママが微笑んだ。


 「こちらの(さかき)さんは、今日の指導役兼バディよ。」

 「榊と申します。本日からよろしくお願いいたします。」


 榊は手を差し出し、斗愛はそれをしっかりと握った。


 (硬い……。鍛えられてる手だ。)


 榊はじっと斗愛を見つめ、少し口元を緩める。


 「力はありますね。筋肉のつき方から、ご師匠の腕の良さが伝わります。」


 榊は頷くと、スーツの内ポケットから黒い携帯を取り出した。


 「こちらは支給品です。社用携帯として使用してください。依頼の詳細や緊急連絡が入ることがありますので、必ず持ち歩いてください。」


 斗愛は受け取り、手のひらで転がす。島を出てから、都会の人々が当たり前のように持ち歩いているこの小さな板——スマートフォンというらしい。それを手にしたことで、自分もこの世界の一員になったような気がした。


 「ありがとうございます。」

 「それから、護衛の際には本名は使いません。今日からあなたのコードネームは"アイ"です。」

 「……アイ?」

 「はい。お名前の漢字から頂戴しました。覚えやすく、呼びやすいものにしています。」


 斗愛は小さく頷いた。


 「では、さっそく本日の任務について説明いたします。」


 榊はかけていた黒縁のメガネを片手でくいっと持ち上げ、斗愛を真っ直ぐに見た。


 「本日の護衛対象は、"浅倉結菜(あさくらゆいな)様"です。ある組の組長のご息女で、ご年齢はアイさんと同じくらいですね。しばらく海外にいらっしゃいましたが、最近日本に戻られました。」

 「どういったご依頼なんですか?」

 「組の事情によるものです。詳しくは申し上げられませんが、敵対組織との関係で、結菜様が狙われる可能性があります。ただ、今日のところは特に危険な状況ではないと見ています。」


 斗愛は無言で頷いた。


 「本日の任務は、結菜様の護衛をしながら、アイさんの動きを確認する試験的なものとなります。基本的にはお側で安全を確保し、必要以上の干渉はなさらないようお願いいたします。」

 「わかりました。」

 「では、行きましょう。」


 榊が立ち上がり、斗愛もそれに続く。あっこママが軽く手を振る。


 「頑張ってね、アイくん。」


 斗愛は深く頷き、榊とともに店を出た。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 目的地は市内の高級ホテルだった。エレベーターに乗り込むと、榊は淡々と説明を続けた。


 「結菜様は気まぐれな性格をされていらっしゃいます。護衛をあまり好まれていないご様子ですが、それも仕事のうちですので、あまり気にしないでください。」


 斗愛は小さく息を吐く。


 (護衛対象が協力的とは限らないってことか……。)


 エレベーターの扉が開き、榊が先に降りる。斗愛も後に続いた。


 スイートルームの前に立つと、榊がノックをする。


 「結菜様、おはようございます。」


 数秒の沈黙の後、扉が開いた。長い黒髪をゆるく巻いた女性が、気だるげにこちらを見る。華やかなワンピースに薄い化粧。どこか退屈そうな目をしていた。


 「……どちら様?」

 「本日から護衛を担当いたします、アイさんです。」


 榊が淡々と答えると、結菜はため息をついた。


 「ふぅん……よろしく。」


 そう言って、気にする様子もなく部屋の奥へ戻っていく。


 「本日は、結菜様の傍にいてください。何かございましたら、すぐにご連絡を。」

 「わかりました。」


 斗愛は室内での護衛、榊はドア前での護衛となったため、榊は部屋を退出した。


 (ちゃんとできるか、不安だ……。)


 緊張しながらも、斗愛は結菜の動向を見守る。そんな彼の視線に気づいたのか、結菜がゆっくりと振り向いた。


 「ねえ、アイって言ったっけ?」

 「……はい、結菜様。」


 結菜は斗愛の顔をじっと見つめる。深く考え込むように瞳を細めると、ふと小さく首を傾げた。


 「あなた、大切な人を最近亡くしたり……した?」

 「——え?」


 斗愛の心臓が、一瞬だけ強く跳ねた。予想もしなかった問いに、思わず言葉を詰まらせる。


 「……どうして、それを?」

 「なんとなく。」


 結菜は気のない様子で肩をすくめた。しかし、その視線は鋭く、まるで斗愛の心を見透かすようだった。


 「あら、案外あたるものね。急に悪かったわ。」


 淡々とした口調で言いながら、結菜はワンピースのポケットから小さなカードの束を取り出し、パラパラとめくる。


 「最近ね、よく当たるって評判の占いに行ったの。」

 「……占い?」

 「そう。すごく当たるって噂だったから、試しに行ってみたんだけど……本当にすごかったのよ。」


 結菜はカードの端を指で弾きながら、どこか楽しげに微笑んだ。


 「それでね、自分でも占えるようになりたいなって思って、こうして持ち歩いてるの。」


 斗愛は結菜の手元をちらりと見る。彼女が持っていたのは、タロットカードだった。


 「勉強中だから、まだ本格的にはできないけど……少しだけなら見てあげてもいいわよ?」


 結菜は悪戯っぽく笑いながら、斗愛の目を覗き込むように言った。


 「どう? あなたの"これから"を占ってあげようか?」


 斗愛は戸惑った。


 (占い……か。)


 玲奈のことを言い当てたのは、偶然なのか、それとも——。


 「……占いって本当に当たるんですか?」


 結菜はクスリと笑う。


 「信じるかどうかはあなた次第よ。」


 斗愛はしばし迷ったが、結菜の手元のカードに目をやると、小さく息をついた。


 「……お願いします。」


 結菜は満足そうに頷くと、カードをシャッフルし始めた。


 「じゃあ、適当に一枚引いてみて?」


 斗愛は差し出されたカードの中から、一枚を抜き取る。


 (……何が出るんだ?)


 結菜がカードをめくると——そこには、灯りを手にして道を探し歩く老人の姿が描かれていた。


 「"隠者(いんじゃ)"の正位置ね。」

 「隠者……?」

 「このカードは"探求(たんきゅう)"とか"内省(ないせい)"を意味するの。」


 結菜はカードを指で軽く弾きながら、斗愛の目をじっと見た。


 「つまり、あなたは今、自分の中で答えを探してる状態。でも、一人で考え込んでいるだけじゃ、なかなか前に進めないかもしれないわね。」


 斗愛は息を呑んだ。


 (……確かに、俺はずっと"考えること"ばかりだった。)


 島で起こったことを思い出し、玲奈の死を受け入れられず、ただ手がかりを求めてさまよっている。一ノ瀬昌へ繋がる手がかりも今のところ何も掴めていない。


 「でもね、このカードには"導き手の存在"という意味もあるのよ。」


 結菜はカードを束に戻しながら、さらりと言った。


 「例えば、誰かに相談してみるとか、助言をもらうとか?」


 斗愛はハッとする。


 「相談……。」


 結菜は天井を見上げながら、さらに言葉を続ける。


 「もし相談相手が身近にいないようなら、誰かに電話してみる。とか。」

 「電話……。」


 斗愛は、その言葉を繰り返した。


 ——電話。


 島を出た際、萩原先生がこっそりと手渡してくれた紙のことを思い出す。あの紙には先生の連絡先が書かれていた。


 (……今日は家に置いてきたんだったな。)


 手元にないことが、妙に惜しく感じられた。所持金もなく、新宿に着いてすぐに連絡することは叶わなかったが、今ならかけることができる。

 斗愛はポケットの中の携帯を指先でなぞり、小さく息を吐くと、結菜を見た。


 「……ありがとうございます。」

 「ん? 何が?」

 「いえ……ちょっと、考えるきっかけをもらった気がして。」


 結菜は肩をすくめ、微笑んだ。


 「ふふ、占いなんてそんなものよ。"当たる"んじゃなくて、"気づく"きっかけをくれるの。」


 そう言って、彼女は再び窓の外に目を向けた。斗愛は静かに携帯を握りしめる。


 (使える手段は、全て使っていかないと。)

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