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憂鬱な魔女  作者: 土方ラムウ
第一章
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1.9 孤独

 スナックあっこを出ると、夜の空気がひんやりと肌を撫でた。街の明かりはますます鮮やかさを増し、酔った大人たちの笑い声が響いている。


 由宇は軽く伸びをし、「ふーっ」と息を吐いた。斗愛もつられるように深呼吸する。狭い店内から解放され、少し気持ちが落ち着いた気がした。


 「それにしても、ママには驚いたでしょ?」


 由宇が軽い口調で言う。斗愛は少し考えてから頷いた。


 「……はい。想像していた"ママ"と少し違いました。」

 「だよね。でも、ママはすごい人なんだ。元SPだったんだよ。」

 「SP……って、警護する人、ですよね?」

 「そう。警察官からSPになって、その後引退してスナックを始めたの。警察関係の人脈もあるし、裏の世界にも顔が利く。」


 斗愛はあっこママの姿を思い出した。堂々とした立ち振る舞い、鋭い動き。あれが元SPの実力なのか——。


 「由宇さんは、どうやってあっこママと知り合ったんですか?」


 由宇はふっと夜空を見上げた。


 「……島を出た時、まだ5歳くらいだったんだけど、訳も分からず泣きながら歩いてたら、拾われたんだよ。」

 「拾われた?」

 「うん。気がついたら知らない土地にいて、知らない人ばかりで……怖くて、泣きながら歩いてたら、ママが声をかけてくれた。『どうしたの?』ってね。」


 斗愛は静かに聞きながら、幼少期の由宇を想像した。


 「ママは、身寄りのない子供に甘いんだ。俺もそうだったし、ほかにも何人か世話になった人がいるよ。」

 「すごい方ですね。……俺だったら、見知らぬ子を助けられる自信ないです。」


 由宇は小さく頷き、「だからかな」と言葉を続けた。


 「斗愛を見た時、なんだか放っておけなかったんだよね。」

 「……。」

 「俺も、あの時は何も持ってなかった。何も知らなかった。ただ島を追い出されて、気づいたら知らない街を歩いてて——」


 由宇は懐かしむように笑う。


 「だからかな、斗愛を見た時に放っておけないって思ったのは。」


 斗愛は驚きつつも、どこか納得していた。由宇のあの親切さは、過去の自分と重ねていたからなのかもしれない。


 「……由宇さんも、島を出た理由は、俺と同じなんですか?」


 由宇は一瞬だけ斗愛の顔を見た後、あえて軽い調子で答えた。


 「おおかた一緒だと思うよ。」

 「……。」

 「見ちゃったんでしょ?」


 その言葉に、斗愛の心臓が跳ねた。


 「……。」

 「いいよ、誰がとか言わなくても。大体想像つくから。」


 斗愛は無意識に唇を噛んだ。玲奈のこと、そして、あの"出来事"を思い出しそうになったが、無理やり意識をそらした。


 「由宇さんはどうやって島を出たんですか?」

 「俺の場合は、源次郎さんが途中まで面倒を見てくれてた気がするけど、なんせ幼かったから記憶が確かじゃないんだよね。」


 同じような状況を自分よりももっと幼い頃に経験した由宇の苦労は、想像することすら難しい。


 「そういえば、島を出る前から、俺もゆえ子ばあちゃんに柔道を習ってたんだ。」

 「ばあちゃんに?」

 「そう。体が小さいぶん、力で負けない技を身につけておけってね。でも、島を出てからは、ママにも色々教わった。護身術とか、立ち回りとか。」

 「だから、そんなに隙がないんですね。」

 「そんな風に見てたの?」


 由宇は困ったように笑う。


 「ということは護衛もやっているんですか?」

 「うん。でも今は別にやることがあるからほとんど出れてないかな。」

 「....夜のお店、ですか?」


 斗愛は由宇の横顔を見た。由宇はそれ以上、詳しくは語らなかった。


 「……斗愛も、何か探してるんでしょ?」


 不意に問いかけられ、斗愛は少し目を泳がせる。斗愛も、という言葉で由宇が何かを探していることを悟る。


 「……俺は、何を探してるんだろう。」


 (今自分にとって、島の手がかりは一ノ瀬昌だけ——。)


 「知りたいんでしょ? 島で何があったのか。自分の両親のことも。」

 「……。」

 「だったら、諦めないことだね。....後悔をこれ以上増やさないために。」


 由宇の言葉は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


 「由宇さんは、島のことどこまで知っているんですか?」


 斗愛はしばらく夜の街を眺め、ゆっくりと息を吐いた。


 「なにも。捨てられたって気持ちが強すぎて、今まで考えないようにしてたから。」


 小さな笑い声が混じるが、それはどこか虚勢を張っているようにも見えた。


 「でももう、目逸らすのやめた。もう1人じゃないし。」


 斗愛は黙って由宇を見つめた。その言葉は、ただの独り言のようでいて、どこか斗愛に向けられている気がした。


 「——俺、諦めません。」


 その言葉に、由宇は満足そうに微笑んだ。


 「それとさ。」


 由宇は立ち止まり、斗愛を振り返った。


 「由宇でいいよ。敬語もいらない。俺の方が年下だし。」

 「え、でも……」

 「俺、斗愛の一個下だから。」


 (自分よりもずっと達観した人に見えるんだよな。)

 

 「……そっか。じゃあ、由宇。」

 「うん、それでいい。」


 二人は夜の街を並んで歩き出した。

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