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憂鬱な魔女  作者: 土方ラムウ
第一章
12/17

1.8  あっこママ

 由宇の電話が終わったのは、それから数分後だった。スマホをポケットにしまうと、斗愛の方をちらりと見て、不敵に笑う。


 「今からうちのママに会いに行くよ。」

 「ママ……?」


 斗愛は一瞬、母親のことかと思ったが、由宇の口ぶりから察するに、そういう意味ではなさそうだった。


 「スナックのママ。私の育ての親みたいな人。」

 「スナック……?」

 「飲み屋だよ。」


 斗愛は島にいた頃、お酒を飲む大人たちを見たことはあるが、「スナック」とは何なのかいまいちピンとこない。それでも、由宇が自分を連れて行く場所なのだから、今はただついて行くしかなかった。


 夜の街の明かりが灯る中、由宇は慣れた足取りで裏路地へと進んでいく。斗愛は少し緊張しながら、その背中を追った。


 やがて、控えめに光る小さな店の前で立ち止まる。看板には『スナック あっこ』と書かれていた。


 「ここ?」

 「そう、ここがママの店。」


 由宇が扉を押し開けると、店内にはほんのり甘い香りが漂っていた。赤いソファとカウンター席、小さなステージらしきものもある。想像していたよりも落ち着いた雰囲気だ。


 「いらっしゃいませ……って、由宇じゃないの。早かったわね。」


 低くて響くような声が、奥から聞こえた。


 カウンターの奥にいたのは、ベリーショートヘアの筋肉質な女性——いや、姉御肌の人物だった。身長は斗愛よりも少し高い。シックなシャツの袖をまくり上げた太い腕は、一見すると男性のもののようにも見えるが、仕草はどこか優雅で洗練されていた。


 由宇は気軽に手を挙げ、「やっほー、ママ」と言ってカウンターに腰掛ける。


 「さっきの電話の件、急でごめん。もう営業って終わってる?」

 「あら、大丈夫よ。さっきちょうど終わったわ。そちらの可愛い子ちゃんは?」


 あっこママが斗愛をじろりと見た。圧のある視線に思わず背筋が伸びる。


 「あ、えっと……天宮斗愛です。」

 「あなたが斗愛くんね。事情はなんとなく聴かせてもらったわよ。」


 あっこママは満足そうに頷くと、カウンターの中から出てきて、斗愛の肩を軽く叩いた。その手は驚くほどがっしりしていて、力強い。


 「あなた、仕事探してるんだって?」

 「はい……でも、身分証がなくて……。」

 「この子もそうだったから、なんだか懐かしいわね。」


 ママの一言で、そうか!と由宇へと視線を移すと、由宇は複雑そうな顔をした。その様子を見たあっこママは顎に手を当て、何か考えるような仕草を見せる。


 「身分証がないってことは、まともな仕事は無理ね。でも、グレーな世界には身分証がなくてもできる仕事があるの。その中で私が紹介できるのは、少々危険なお仕事だけどね。」


 斗愛はごくりと唾を飲んだ。


 「……どういう仕事ですか?」

 「護衛。いわゆるボディーガードってやつよ。」


 斗愛は思わず由宇の方を見る。由宇は「ほらね?」とでも言いたげに肩をすくめた。


 「お偉いさんが公にできない商談だったりで、ちょっと危ない橋を渡る時とかね。現役の警察やSPには頼めないから、裏で護衛を雇う時があるのよ。」

 「それって……危なくないんですか?」

 「リスクがない仕事なんて、この世にはないわよ。」


 あっこママはにっこりと微笑んだが、その目は笑っていなかった。


 「あなた、武術の心得があるんだって?」


 斗愛は少し考えてから頷く。


 「柔道と、剣術を少しだけ。」

 「剣道ではなくて剣術? へえ、珍しいわね。」


 あっこママは腕を組み、斗愛を上から下までじっくりと眺めた。


 「いいわね。ちょっと試させてね。」

 「……試す?」


 次の瞬間——バッ!


 あっこママの手が鋭く伸び、斗愛の肩を掴もうとする。その動きは想像以上に素早かった。


 (速い——!)


 斗愛は反射的に身を引き、掴まれる直前で体を捻る。肩にかすかに指が触れたが、完全には捕まらなかった。


 「ほほう?」


 あっこママの目は、鋭く細められ口角が上がる。


 「やるじゃない。ちょっとした動きだけど、ちゃんと鍛えられてるみたいね。」


 斗愛は息を整えながら、背筋を伸ばした。


 「鍛えてたというほどじゃ……ただ、祖母に無理くり叩き込まれただけです...。」

 「いいわねえ、素直な動きしてるわ。体格のわりに無駄がないし、ちゃんと足運びもできてる。これは期待できるわ。」


 あっこママは満足そうに頷くと、斗愛の肩を軽く叩いた。


 「よし、採用!」

 「えっ、もうですか!?」


 斗愛が思わず驚くと、あっこママはウィンクをした。


 「人手不足なのよ。それに、由宇の知り合いってだけで信用できるわ。由宇のツテで来た子は、みんな根性あるからね。」


 由宇は「まあね」と得意げに笑う。


 「とりあえず、明日から仕事入れるわ。詳しい話はまた後で。明日の朝9時にここに来てちょうだい。」


 斗愛は自分があまりにもあっさりと採用されたことに、まだ実感が湧いていなかった。


 (……他にも護衛の人はいるのかな?)


 不安を抱えながらも、斗愛はあっこママと由宇の笑顔を見て、なんとなく流れに身を任せることにした。

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