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憂鬱な魔女  作者: 土方ラムウ
第一章
11/17

1.7 由宇

 日は完全に落ち、街のあちこちが眩い光を放ち始める。騒がしい笑い声、酔った大人たちのざわめき。昼間とは違う、華やかでどこか妖しい雰囲気が街を包んでいた。斗愛は相変わらず目的もなく歩き続けていた。


 昨夜は運よく事務所に泊まれたが、今日はそんなあてもない。どこか適当な場所を見つけて眠るしかないのか——そう思いながら、公園へ向かおうとしたそのとき。


 「ねえ。」


 突然、背後から肩をぽんぽんと叩かれた。振り返ると、そこには金髪の女性——由宇が立っていた。昨日とは打って変わり、パーカーにラフなボトムス。まるで別人のような装いだった。


 「……由宇、さん?」


 斗愛が驚いていると、由宇は腕を組み、じろりと睨んできた。


 「ウチの子たちが怖がってるんだけど。」

 「え?」

 「夜の街で、無表情でフラフラ歩いてる男がいたら、そりゃ警戒されるでしょ?」


 斗愛ははっとする。確かに、夜の街を目的もなくうろついていれば、不審者扱いされても仕方がない。


 「ご、ごめんなさい……。」

 「で、何があったの?」


 由宇はため息をつき、斗愛の顔を覗き込んだ。その瞬間——その表情から、すべてを察したように視線を細める。


 「……ちょっと来なよ。」

 「え?」


 由宇は「ここじゃなんだし」と一言付け加えると、斗愛の腕を引いた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 「……で、何があったの?」


 人通りの少ない路地裏。斗愛は戸惑いながらも、素直に事情を話した。


 ──仕事をしようにも、身分証がないせいで雇ってもらえなかったこと。

 ──住民票を取ろうとするも、「乏薬島」という地名が記録にないと言われたこと。


 由宇はじっと話を聞いていたが、斗愛が話し終えると、静かに息を吐いた。


 「……やっぱりか。」


 ぼそりと呟き、腕を組む。そして、斗愛の目を真っ直ぐ見据えた。


 「ねえ斗愛、その島の名前は、私の前以外ではもう出さない方がいい。」


 由宇の目は鋭く、その言葉に冗談めいた軽さはなかった。


 (なんで由宇さんは“乏薬島”に対して、知らないそぶりをしないんだろう?)


 思えば、初めて出身を伝えたときも、食堂や役所の人たちのような反応ではなかった。まるで最初から知っていたかのような——そんな態度だった。


 「由宇さんは……乏薬島を知っているんですか?」


 由宇は小さく笑うと、手慣れた仕草で髪を縛り上げ、顔周りの髪を少しだけ垂らす。そのままフードを被りながら、肩をすくめた。


 「やっぱこれでも気づかない? 気味の悪い祠でよく遊んだのに。」


 (祠……?)


 その言葉に、斗愛の脳裏に古い記憶が蘇る。幼いころ、祠で一緒に遊んでいたのは——玲奈ではなかったのか?

 思い返してみると、その相手は玲奈より少しやんちゃで、身のこなしが軽かったような気がする。


 まさか——


 「由……宇、くん……?」


 ようやく絞り出した言葉に、由宇はニヤリと口元を緩めた。


 「お、まさか思い出せるとは。」

 「……あれ、でも、由宇くんって可愛かったけど、男の子だった気が……。」

 「だから、男だってば。」

 「え!!??」


 斗愛は思わず後ずさった。


 「ま、まあ確かに、あの頃から可愛かったし、中性的な顔立ちだったけど……!」

 「うんうん、褒めてくれてありがと。」

 「ちょ、ちょっと待ってください! じゃあ、昨日の……あれも……!?」

 「うん? ああ、女の格好?」


 由宇はあっさりと頷く。


 「仕事の都合上ね。かわいい服も好きだけど。」

 「えええ……。」


 斗愛は完全に混乱していた。だが、由宇はそんな彼の反応を楽しむように肩をすくめ、ポケットに手を突っ込んだ。


 「さて、昔話はこれくらいにして……」


 ポケットから取り出した光る板を弄びながら、由宇はちらりと斗愛を見た。


 「困ったね、斗愛。仕事がないんじゃ、生きていけないでしょ?」

 「そ、それは……そうですね。」

 「武術の心得は?」

 「え?」

 「何か戦えるスキルとか、持ってる?」

 「ええと……柔道と、剣術を少し。」

 「剣術?」


 由宇は少し驚いた表情で、首を傾げた。


 「じいちゃんに、幼い頃ちょっとだけ教わりました。でも、本当に基本的なことだけで……。」

 「なるほどね。」


 由宇は何か考えるように一瞬視線を逸らし、それから不意に微笑んだ。


 「なら、仕事を紹介できるかも。危険な仕事でもよければ。」


 斗愛が頷くと、画面を再び操作する。数秒の沈黙の後——軽快なコール音が響いた。


 「……もしもし? あっこママ? ちょっと相談があるんだけど。」


 斗愛は、まだ由宇が"男"であるという事実を完全に受け止めきれず、ただぼんやりとその横顔を見つめていた。


 (だから、こんなにも親切だったのかな。)


 この街で、偶然出会った親切な"女性"が、まさか幼少期の知り合いだったなんて——。移り変わる人波の中で、こんな奇跡みたいな再会があるなんて、思いもしなかった。


 斗愛が物思いに耽る一方で、由宇は何事もなかったかのように、電話の向こうの相手と会話を続けていた。


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