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憂鬱な魔女  作者: 土方ラムウ
第零章
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0.1 乏薬島

「今日も無駄に天気がいいなあ……」


 代わり映えのない空に、そう独り言を漏らした斗愛(とあ)の額には、大粒の汗がにじんでいた。


乏薬島(ぼうやくじま)の夏は、何年住んでいようが信じられないくらい暑い!)


 人口わずか五十人足らずの小さな島。広がるのは畑と田んぼ、それにほぼ野放し同然の家畜たち。見上げるような高い建物もなく、外から新しい人が移り住んでくることもない。きっと、「田舎」という言葉はこの島のためにあるのだろう。


「働かざる者、食うべからずだよ!」

「いってえな、ばばあ!」


 噂をしたわけでもないのに、どこからともなく蹴りをかましてくるこのばあさんは、斗愛の祖母だ。物心ついた頃にはもう親がいなかった斗愛には、武道の師匠でもあるこの脳筋祖母と、尻に敷かれた祖父しか家族がいない。両親については何度聴いても曖昧な返答なため、どこにいるかも生死もわからない。それでも、なんの不便もなく生きてきた。


 俺の一日は、ほぼ祖母と畑仕事をし、夕刻には収穫した野菜を近所に配るだけで終わる。自給自足のこの島では、そうして物々交換で生活が成り立っている。


「そうだ、明日は鉄鋼島に行くから。寝坊すんなよ。」


 夕食を食べ終わった後に吐き捨てられた祖母の言葉は、俺の返事など必要としていない。


 代わり映えのない日常に、一年ほど前から新しい作業が加わった。『鉄鋼島(てっこうじま)』という名前の通り、石炭などが採れる鉱山へ出向く。それは月に三回ほど。船の都合上、天気に左右されるため、日程は不定期だ。乏薬島とは別の方向からやってきた船に、ほぼ丸一日かけて荷物を積み込み、送り返す。年配者がほとんどを占めるこの島では、他に適任者がいないのだろう。


「つっかれたあ……」


 夕食後は、祖父の晩酌に付き合わされた。明日は朝早いといくら伝えても、祖父はいつもの言葉で俺を縛る。


―――『斗愛は、真面目に生きるな。』


 祖父も祖母も、超がつくほど真面目で世話焼きな性格だということを、斗愛は十分に理解している。年の功故の本当の教えなのか、はたまた若者へただなにか言ってみたいだけの戯言なのか。酔った祖父の表情を見て、今日は後者だと受け取ることにした。だが毎度のことながら返答に悩み、斗愛は二人へと視線を揺らす。


 日の光を吸収し続け、しわの増えた祖母の肌。腰をさすりながら歩く祖父の背中。いくら普段、くそばばあなどと罵っていようとも、育ての親だ。弱っていく姿は、目を背けたくなる。

 鍛冶屋を営んでいた祖父は跡継ぎもおらず、腰を悪くしてからはここ数年、昔を懐かしむように酒を浴びるようになった。自分が器用だったら、祖父は自分に継がせたかっただろうか。


(……早く寝なきゃ。)


 祖父の戯言(たわごと)のせいか、それとも酒のせいか。

 珍しくこき使われた頭はひたすらに休息を求めた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌朝は、当然のように祖母の投げ技で起こされた。

 酒を飲むと、どうも自力じゃ起きられない。


「責めるなら、じいちゃんを責めてくれ。」

「んじゃ、行ってくるよ。」


 斗愛の言葉は誰に拾われることもなく、祖父への挨拶にかき消された。

 祖父は、この仕事をよく思っていないのだろう。俺の両親は、船で島を出てから音信不通になったらしい。何かと理由をつけて足止めしようとするものの、祖母には敵わず、せめてもの抵抗として俺だけを晩酌に誘うのだ。


「行ってきます。」


 祖父は今日も「行ってらっしゃい」とは言わず、複雑な表情で頷きだけ送ってくれた。確かに自分も両親のように外の街には興味がある。自分が小さかったころ、先生がよく絵に描いていた空想世界が好きだった。高い建物に囲まれて、人がたくさんいて。そんな世界が、この地平線の先にあったら夢のようではないか。だが同時に、祖父母を置いてこの島を離れるつもりもない。自分が年老いたときに、ちょっとだけ外の世界を若者に説いてみたい。その程度のものである。


(まあ、俺の世代でこの島途絶えそうだけど。)


 本来この年齢なら恋の一つや二つを経験しているはずだろう。本を読むくらいしか暇のつぶし方を知らないので、惚れた腫れたがいかにこの島に存在していないかは理解している。それに、畜産をしていれば命のつなぎ方だって知っている。自分には縁のない話だ、と首を横に振ると祖母の後を追った。


 しかし祖母が向かっている方向は、いつもと違った。


玲奈(れな)が、あんたと話したいんだと。あたしは先に船乗り場に行ってるから、話が終わったら来るんだよ。」


 そう言った矢先、玲奈が向かいから歩いてきた。

 玲奈と斗愛は幼馴染で、この乏薬島で家族のように育てられてきた。この島には若者なんて二人しかいないのだから、浮ついた恋愛の話なんて縁がない。本当に、「田舎」という言葉はこんな島のためにあるのだと思う。


 ―――そう思っていたのだが、どうやら浮ついた話が舞い込んだらしい。

 それも、玲奈のもとへ。


「どんな奴?」

「……あんたと違って、優しくて思慮深い人だよ。」


 素っ気なく答える玲奈の横顔を見て、斗愛はなんとなく胸の奥にチクリとするものを感じた。

 だが、それを表に出すほど器用でもない。玲奈は家族同然の幼馴染だからだ。


「そっか、もうお前もそんな歳か。」

「は?同い年じゃん。」


 そう返した彼女の表情は、いつもより少し控えめな笑顔だった。


「今度さ、小さい頃よく遊んだ(ほこら)のあたりいかない?」

「祠?そんなとここの島にあったっけ。」


 散々遊んだはずの祠を忘れるなんてなんてやつなんだと思いつつ、きっとこんな何気ない会話も今日が最後かもしれない。後日会う約束をした後に斗愛は玲奈と別れ、鉄鋼島へと向かった。

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