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52 断罪

「……どういう意味かな?」


 ジークベルトがわずかに眉を寄せる。


 「おい、黙りなさい」と伯爵がベリンダの腕を引くが、ベリンダは口を閉じなかった。


「ソフィのその火傷痕は、元々わたくしの顔にあったものなのです! 事情があってソフィに引き受けて貰っていましたが……そうよね、ソフィ? 本当のことをおっしゃい!」

「……っ!」


 ベリンダが叫ぶと同時に、長年ソフィの喉にまとわりついていた重苦しいものが、すっと消える感覚があった。


「……そうです」


 ソフィはおそるおそる言葉を紡ぐ。この九年間、どうしても口にできなかった言葉を。


「この火傷痕は元々、ベリンダ様の顔にあったものです」


 周囲の人々がざわめきながら顔を見合わせる。


「ほら! ソフィも認めましたわ! ジークベルト様の運命の相手はわたくしなのです! だって、その火傷痕は、本当はわたくしのものなんだもの!」


 その刹那。

 激しい風と共にどす黒い靄が涌き起こり、ソフィとベリンダを取り囲んだ。


「きゃあ!」


 視界が闇に覆われ、ソフィは咄嗟に目をつむる。縋るようにジークベルトの手を握ると、それ以上の力で握り返された。


「大丈夫だ」


 耳元でジークベルトの声が囁く。薄く目を開けて隣を見上げると、暗い靄の中、紫色の瞳が道しるべのように煌めいていた。


「なによ!? なんなの!?」


 黒い靄の中でベリンダが狼狽えた声を上げる。

 国王も王妃も衛兵も、誰もが呆然と立ち竦み、身動きできないでいる。

 黒い靄は嵐のようにソフィとベリンダの周囲を駆け巡る。それから渦を巻いて上昇し、唐突に搔き消えた。


 次の瞬間、「ぎゃあああああ!」と女の悲鳴が上がった。

 頭を抱えてよろめき、その場にうずくまったのはベリンダだった。


「痛い痛い痛い! 顔が……顔がぁぁぁ……!」


 ベリンダの顔を見やり、ソフィは目を見開いた。

 乱れた金の髪がかかる顔の左側。そこに、ソフィの顔にあったはずの大きな火傷痕がくっきりと浮かんでいたのだ。

 その一方で、ソフィの顔からは火傷痕と、わずかに引き攣るような痛みが完全に消えていた。

 ベリンダの母親が甲高い悲鳴をあげ、会場が騒然とする。


「ベリンダ……お、お前、顔に火傷痕が……」


 伯爵が真っ青な顔でベリンダを指さし、声を震わせる。


「そんな、どうして……」


 伯爵の呟きに応えたのはジークベルトだった。


「ソフィにかけられていた身代わりの魔法が破られたからですよ。身代わりを命じた本人が、身代わりを否定する言葉を口にしたことでね」

「そんな……わたくし、そんなつもりじゃ……」


 顔の左側を手で覆い、ガタガタと震えるベリンダの口から、呆然とした呟きが漏れる。

 だがベリンダは不意にゆらりと立ち上がると、瞳孔の開いた目をジークベルトに向けた。口元に歪な笑みを浮かべ、覚束ない足取りでジークベルトに歩み寄る。


「でも……でも、これでわたくしはジークベルト様の運命の相手になれるのですよね……? この火傷痕も、魔法で消してくれるのでしょう?」


 縋るようにのばされたベリンダの手を、ジークベルトは無表情で振り払った。


「悪いが、私の運命の相手はあなたではない。ソフィ嬢だ。先読みの時点で火傷痕を持っていたのはソフィ嬢なんだからね。そもそも、罪人を運命の相手に選ぶほど、私は落ちぶれてはいない」

「わたくしが罪人ですって……?」

「まだ自分の立場がわかっていないようだね。身代わりの魔法は、我が国においては無許可での使用が禁止されている魔法なのだよ。許可なく使えば重罰が課される。それを依頼した者も同罪だ。そしてこのカナル王国でも、違法な魔法を依頼することは禁じられているはずだよ。そうですよね、王妃殿下」


 同意を求められたイザベル王妃が青い顔でうなずく。


「それから、クラプトン伯爵家の皆さんが愛用しておられた『蠱惑の蜜』。あの秘薬は他人の心を操る危険なもの。我がツァウバルでは他国への流出を禁じています。クラプトン伯爵はこれをどうやって手に入れたのかな?」


 ジークベルトの視線を受けた伯爵が青い顔で黙り込む。


「そうよ、秘薬……昨日確かに飲ませたのに、なぜ……」


 恨めしげにジークベルトを見つめ、ブツブツと呟くベリンダに、ジークベルトは哀れむような目で見た。


「あなたは存外に愚かなのだな。私より魔力で劣る魔法使いが作った秘薬で、私をどうこうできるはずがないというのに。あなたに心を奪われたような演技を続けるのは思いの外苦痛でしたよ。でもあなたが愚かだったおかげで、あなた方が『蠱惑の蜜』を使っているという証拠を押さえることができました」


 ベリンダが唇を噛む。会場からざわめきが起きる。


「魔力を持つ我々魔法使いならいざ知らず、魔力を持たない者は『蠱惑の蜜』への耐性がない。このカナル王国で使えば効果は抜群だったことでしょう。クラプトン伯爵家の人々は、社交界で確固たる地位を得るために、密かに『蠱惑の蜜』を使っていたようです。不審を抱かれないよう、ごく少量ずつ。おそらくイザベル王妃殿下にも。殿下、クラプトン家の者から贈られた食べ物か飲み物を口にしたことはありませんか?」

「……そ、そういえば、ベリンダから貰った薔薇ジャムを……」


 イザベル王妃殿下が口に手を当てて声を震わせた。


「後ほど解毒薬をお渡ししますのでご安心を。念のため、ここにいる皆様は全員解毒薬をお飲みになった方がよろしいでしょう」


 ジークベルトが会場を見渡しそう言うと、会場に安堵の空気が漂った。


「クラプトン伯爵は、我々が追う犯罪者、『灰色の魔法使い』クヴァルムと通じているようです。ソフィ嬢の火傷痕からも『蠱惑の蜜』からも、クヴァルムの魔力が感じられました。我々の調査にご協力いただけますね? 国王陛下、王妃殿下」


 ジークベルトが壇上の国王夫妻に強い視線を送る。呆然としたままのイザベル王妃の隣で、国王が口を開いた。


「……クラプトン伯爵夫妻とベリンダ嬢からは、詳しい話を聞く必要があるようだ。衛兵、三人を別室に連れて行きなさい」


 国王の言葉に衛兵達が動き出す。クラプトン伯爵はがっくりと肩を落とし、夫人は泣きわめきながら、衛兵に両脇を抱えられた。


「いや! 離しなさいよ! ソフィ、あんたのせいよ! 本当は全部わたくしのものだったのに! 美しさも……ジークベルト様も! あんたなんか、あんたなんかぁぁぁ!」


 衛兵の手を振りほどこうと暴れながら、ベリンダが血走った目でソフィを睨み付ける。その顔には、九年ものあいだ見続けた炎のような火傷痕。

 ソフィは口を開きかけ、けれど何も言葉にすることなく口を閉じた。ベリンダに言いたいことはたくさんあったが、どんな言葉も今のベリンダには届くまい。

 ただ目を逸らすことなく、衛兵に引きずられていくベリンダの後ろ姿を見つめ続けたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、イザベラ王妃も一杯食わされてしまったということか。 前のあの台詞も洗脳されてしまったが故にだったのか? これはとんだ筋違いなことを思ってしまったな・・
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